211:完全勝利は、目前だよなって話
「クラフトよ、あのレイドックという男、強すぎるのじゃなかろーか?」
オリハルコンの精神感応を利用した、通信の魔導具を使って状況を確認していたジャビール先生が、呆れるような声を漏らす。
俺も同意だとばかりに頷いて返す。
「まったくもって同意見ですよ、先生。あいつ剣聖の紋章を得てから、ちょっと人類の枠を超えちゃってる気がします」
「貴様も大概なのじゃが……」
「え?」
「んむ! なんでもないのじゃ! それより術に集中するのじゃ!」
ここで、話を振ってきたのは先生じゃないですかと言わない程度には、俺は成長している。成長しているったらしている!
俺がいる場所は自宅である。
ここでジャビール先生と一緒に、通信の魔導具を持つ仲間たちとの情報共有を担当しているのだ。
錬金薬の大量追加を寄越したと思ったら、次は通信だよ!
魔力がいくらあっても足らねぇっての!
俺とジャビール先生のまわりには、空になったマナポーションの瓶が散乱している。さすがに水っ腹で苦しい……。
「今までは、俺と先生が交代で通信してましたが、一緒にやれってことは、もう終わるって確信してるんでしょうねぇ」
「うむ。いいかげん、ポーションを作り飽きてたからの。ようやく解放されるのじゃ」
「それにしても、通信の魔導具は想像以上に戦争に有用ですね」
「ふん。頭の良い奴なら、最初から気づいとるのじゃよ」
総指揮官であるアルファードを中心に、カイルと国王のヴァンにも適宜映像や音声を送ることで、驚くほど効果的に敵の動きを封殺している。
ヴァンが一度「戦争に役に立つだろうとは思っていたが、これはもはや神の視点だな。敵の動きをほぼリアルタイムで確認出来る上、効果的な指示を即座に発せられるなど、他国が知ったら気がおかしくなるぞ」と呟いたのが印象的だった。
もちろん俺も、有用性はわかっていたつもりだったが、ここまで劇的な変化だとは想像しきれていなかった。
だが、カイルとアルファードは最初から気づいていたらしく、通信の魔導具を使った前提の作戦を構築していたのだから、二人の頭脳に感嘆するしかない。
欠点としては、通信の魔導具を持った人間が、現地にいなければならないことだ。これがあるから俺はここまで使えると思ってなかったのだが、ミズホの優秀なくのいちのおかげで、敵の動きが丸見えになったのである。
さて、俺がカイルを改めて凄い奴だと実感しているのだ。当然、そばに立つ女騎士がそれ以上に感銘し、感涙していてとてもウザかったりする。
「帝国の動きを、ここまで読まれるとはさすがカイル様!」
「自領民には優しく、敵には厳しく。まさに統治者の鑑!」
「圧倒的な兵力差にも関わらず、ほぼ損害なしとはまさに神のごとき采配!」
「まぁ、アルファードも良くやっているな」
「それでもやはりカイル様の決断があってこそ!」
気持ちはわかるが、ペルシア。マイナの後ろで泣きながら「さすカイル!」を呪文みたいに繰り返すんじゃねぇよ!
ペルシアは気づいていないようだが、さすがのマイナも時々振り返って眉をしかめてるんだぞ!
双子の兄を褒めているからこそ、文句を言ってないだけだぞ、それ。気づいてやれよ。
……まるで弟の成長を喜ぶようなペルシアの気持ちはわからんでもないが、さすがに少し黙ってくれないかな!?
それにしても、城門前広場で実行された大規模な焼き討ちだが、結構残酷な光景だと思って、マイナに対して、映像共有を辞めようと思ったのだが、鼻息を荒くして、味方の活躍に興奮していた。
意外と逞しいのね、マイナ。
燃焼薬と風系の魔法を組み合わせることによって、火災旋風を擬似的に起こしたので、大半の一般兵は一瞬で消し炭と化した。
……長く苦しまなかったのだけは、わずかな救いであったろう。
しかし、あの骨すら燃え尽きる高温でも、平気で生き残る奴がいたのは驚きだ。
ドラゴンのファイアーブレス並みの熱量だぞ!?
人類の枠を逸脱した奴ってのは、やはり何人かはいるんだなと、思い知らされた。
だが、それ以上に驚かされたのは、もちろんレイドックである。
エヴァやソラルたちの援護があったとはいえ、帝国の超人たちを軽く手玉に取ったんだから洒落にならん。
生き残りの全員が、色つきの紋章持ちだったんだぞ!?
ほんと、剣聖になったレイドックの強さは常軌を逸してるな。
帝国の生き残りを、カミーユが手際良く縛り上げていく様子を、壁上にいるアルファードの視界を通して、カイルやヴァンなどの後方組が注視していた。
「これで、終わったのか?」
俺は無意識に呟いてしまう。
正面にいた、ジャビール先生が肩の力を抜いていく。
「砦の方でまだ少し小競り合いがあるようじゃが、大勢は決したのじゃ」
「最前線の砦を守り抜いた、ミズホ神国の武士たちに感謝ですね」
するとペルシアも頷く。
「ああ。彼らの戦いぶりは尊敬に値するな。武力だけでなく、式神とかいう召喚術も見事だったし、忍者と呼ばれる情報収集部隊の活躍も感嘆する」
「そうだな」
なかでも、くのいちの紋章を持つチヨメの活躍は特筆に値する。通信の魔導具を持つ彼女からもたらされた情報で、敵の動きが丸見えだった訳だからな。
そういう意味では、ジタローが船上からもたらす情報も役に立ったのだが、それを言ったら調子に乗るのは間違いないので、胸に秘めておこう。うん、そうしよう。
少し弛緩した空気が流れ始めたとき、カイルから連絡が来た。
「どうした、カイル?」
尋ねると、通信の魔導具を通して、声だけが聞こえる。
『ゴールデンドーンに直接攻めてきた兵力は完全に沈黙しました。生き残りの方と、降伏した方々に話をするため、外にでますね』
「え? さすがに危ないだろ!」
「アルファードと聖騎士隊が一緒にいますし、外にはレイドックさんたちもいますから大丈夫ですよ」
たしかに場外の敵は全滅。生き残った数名もがんじがらめにはなってるが……。
俺はアルファードに音声をつなぐ。
「おいアルファード! なんで止めないんだ!?」
「もちろん止めたとも。だが、帝国の生き残りには、領主自らが話をしなければ、矛を収めることもできないだろうと」
「話なんてせずに、そのまま捕虜にすりゃいいだろ」
「その提案は蹴られた。話をした上で、捕虜にするのか決めると」
「気持ちはわかるけどさ……」
カイルとしては、兵士はあくまで国の方針に則っているだけと考えているのだろう。きっとそれを直接確認したいに違いない。
すでに敵も壊滅しているのだから、問題はないと思うのだが。
「城の部屋に連れてきたらどうだ?」
「国王陛下のおられる城内に入れたくないのが一つ。さらに話を聞いた上で相手の待遇を決めたいとおっしゃられてな」
なるほど。捕虜にするなら牢に直行だろうし、相手の出方次第では、ある程度立場を考えた部屋などに通すつもりか。
「カイルの言い分はわかった。念のため俺もいく」
「……そうだな、すでに過剰戦力なほどだが、一緒に来てくれ」
「わかった。任せろ」
さすがにこの状況で帝国がなにかをしでかすとは思わないが、念のための戦力は多い方がいいだろう。
「ジャビール先生。聞いての通り、俺はカイルのところに行きます。あとをお願いしますね」
「私一人で複数人の精神感応は魔力的に厳しいんじゃが……」
「俺と一緒に行動する分は、切っちゃって構いませんよ」
「それならなんとかなるのじゃ。いざというときはマナポーションをがぶ飲みなのじゃ。……一気に飲むとお腹がたぷたぷになるんじゃがの」
先生がすでに何本か空になったポーション瓶を睨む。
精神感応を使った通信の魔導具を使うには、魔力を大量に消費するため、俺と先生の二人で運用していたのだが、それでも定期的にマナポーションを摂取するしかなかったからな。
品質の高いポーションなので、中毒や副作用はないのだが、単純に水っ腹になって、量を飲めなくなってくる。
俺より身体が小さいのに、先生はすでに俺の倍くらい飲んでるので、空瓶を睨むのもわかるってもんだ。
「ペルシア。マイナを頼んだぞ」
「ああ、任せておけ」
ここで「私もカイル様の活躍を拝見したいとか言い出さなくて良かった」と内心ほっとしていたのだが。
「カイル様の横で凜々しいお姿を拝見したいところだが、そうするとマイナ様まで市壁の外に出ることになってしまうからな」
「間違っても外に来るなよ!?」
不安になるようなこと言い出すな! このポンコツ騎士が!
俺は、一抹の不安を抱えつつも、城でカイルたちと合流してから、レイドックたちの待つ市壁外へと向かった。
もちろん。
なんの問題もないわけがなかったのであるが。
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