213:危険がわかっていても、勝負所があるよなって話


 エリクシル領ゴールデンドーンの城にて、国王であるヴァインデック・ミッドライツ・フォン・マウガリーは小さく口元を歪めた。

 彼の正面で戦況に応じた指示を書類に記している、カイルの兄のザイードがそれに気づき顔を上げる。


「陛下、なにか戦況に変化がありましたか?」


 その言葉に、近くに立つ白髭がトレードマークの宮廷錬金術師筆頭バティスタ・フォン・ヘルモンドも興味深げにヴァンに視線を向ける。

 この部屋にいるメンバーの中で、精神感応による通信を使い、現場の映像を確認出来るのが国王だけだからだ。


「いやなに。見事にエサに食いついたと思ってな」

「……来ましたか。自称魔族が」


 ヴァンが体重を背もたれに預け、腕を組む。


「ああ。カイルが外に行くと言い出したときは慌てたが、その真意を聞いてしまってはな」

「自らが囮になれば、魔族と母上……いえ、ベラが姿を現すだろうと」

「あの様子を見ると、カイルがいかなくとも、ひょっこり出てきた可能性もあるがな」

「どうでしょう。遠目にカイルを確認したからこそ、目の前に出てきたのかもしれません」

「確かにな。敵の真意なぞわからんが、魚が釣れたのは事実だ」

「そうですね」


 ザイードは一度目を閉じてから、再び書類を片付けていく。敵の主力がいなくなったので、緊急性のある書類はそれで最後だ。


「ザイード。お前の心配は杞憂だったようだぞ?」


 ザイードは一度落とした視線を、再びヴァンに戻す。


「私は……カイルに代わって敵を殲滅する作戦を提案するつもりでした」

「だが、あいつは言われるまでもなく、作戦を立案し、実行した」

「あれは、もっと甘い人間かと思っていました」

「俺たちが考えていた以上に、領主としての才能があったということだ。味方には優しく、敵には厳しい。理想だな」


 ザイードは手を止め、天井を見上げる。


「もしかしたら、私がカイルにしてやれることなどないのかもしれません」

「いや。あいつにはまだまだ他の貴族相手の交渉は無理だ。お前が手を貸してやれ」

「……賜りました」


 ヴァンがクツクツと笑い声を漏らす。


「安心しろ。誰もお前を不要だとは考えていない」


 するとそれまで黙っていた宮廷錬金術師のバティスタが苦言を呈す。


「その通りじゃ。陛下に臆せず叱りつけられる人物は、ワシだけでは少なすぎるからのう」

「叱るなどと……」

「苦言でも提言でも言葉はなんでもかまわん」


 ザイードは少し照れたように頬を掻く。


「貴様はこれからも自分の役目をこなせ。それにしても、カイルの領主としての才能は想像以上だったな」

「かもしれません」

「くっくっく。その才はオルトロスを超えるかもしれんな。嬉しい誤算だ」

「父上を超えると?」

「オルトロスの才能は我が王国に不可欠なものだ。人類圏の奪取という最優先の仕事を理解している貴族は、今まであいつくらいだったからな」


 ザイードは口を紡ぎ、目を伏せる。


「父上が無謀とも思える辺境開拓を繰り返していたのは、左遷などではなかったのですね」

「お前が呪われていたとき、恐らくベラの誘導で、カイルを辺境に飛ばすよう進言したのだろう?」

「……は」

「落ち込むな。貴様は今のまま贖罪を続けていけばいい。それよりも、オルトロスがその意見を飲んだのは、それだけ辺境開拓に力を入れていたからだ」

「今なら納得できます」

「ああ。オルトロスは課せられた仕事を全うしてくれた。そして……」


 ヴァンが腕を組み、再び口角を持ち上げた。


「今、それ以上の貴族が誕生した。俺はカイルに期待しているんだよ」

「私はそれを少しでも支えましょう」


 ヴァンは満足げに頷くと、姿勢を正す。


「さて、そろそろ最終決戦だな」


 ヴァンはそう呟くと、戦場の様子に集中するのであった。


 ◆


 大橋と大門の間にある巨大な広場に役者が揃う。

 カイルを筆頭にアルファードの聖騎士団。レイドックパーティー。それにおまけの俺。当然市壁上には弓兵や魔術師がずらっと並んでいる。


 縛られた帝国兵は無視して、敵は二人だけだ。

 スズメバチの亜人と、裏切り者のベラ。

 蜂の化け物が、妙に軽い口調で肩を竦めた。(たぶんだが)


「帝国の兵士はどこいったんだよ? まさか全部逃げ出したのか?」


 その視線は縛られている帝国の大将ゼット・オーバールに向けられている。


「……全滅した」

「はあん?」

「全滅したと言っている! 跡形もなく! 炎の渦に消えていった!」

「おいおい、マジかよ。まさかそんな大魔術を使えるやつがいるとはな」


 蜂野郎がエヴァに顔を向け、複眼に彼女の顔が無数に映る。

 後ずさりするエヴァの前に、スッとレイドックが出る。


「おいおい、うちの大事なパーティーメンバーに色目を向けないでくれないかな?」

「レイドックしゃま!」


 あれだ。エヴァはレイドックのこととなると、簡単に壊れるな。目をハートにするのは構わんが、ソラルが凄い形相で睨んでるぞ。

 そんなやり取りを交わしても、周囲の緊張感はほぐれない。


「そんで? あんたはいったいなんなんだ?」

「人間風情に答えてやる義理はねーな。ま、偉大なる魔族グロウティス様の配下ってことは教えてやろう」


 やっぱりマジで魔族なのかこいつ。敵の言うことを鵜呑みにするのはあれだが、もはや間違いないだろう。遥か昔に滅んだはずなんだがな。

 それにしても、グロウティス様の配下? こんなのがまだいるのかよ!


 情報を漏らすってことは、そういうことなんだろうな。

 同じ結論に至ったのか、アルファードと聖騎士隊がカイルの防御をより固めた。


 レイドックが軽い口調で聞く。


「そんで? その魔族さんがなんで帝国と一緒にいるのかね?」

「あん? そんなんどうでもいいだろ? ま、利害が一致したってところだ」

「利害? 王国を攻めるのが、どう魔族の利害になるっていうんだよ」


 ど直球な質問だが、魔族は煽り耐性がないのか、さらっと漏らしてくれた。


「ははは! そんなの人間が苦しみ、大勢死ぬからに決まってんじゃねーか! お前らの悲鳴が! 雄叫びが! 慟哭が! 懇願が! 魔族にとって最高の娯楽だからじゃねーか! それ以外になにがあるってんだ!?」


 絶句。

 俺だけでなく、この場にいる全員が。通信の魔術で様子を見ている全てが絶句した。


「……なるほど。先人たちが魔族を必死になって滅ぼした理由がわかったよ」

「はっ! 滅んでなんてねーよ! 時間は掛かったが、これから再び魔族の時代がやってくるんだよ! また人間どもの悲鳴が溢れる素晴らしき世界がな!」


 ああ。こりゃあダメだ。

 魔族が特殊な亜人的存在だったのなら、共存の道もあっただろうが、人とは相容れない生き物だわ、こいつら。

 本能が理解する。こいつらは一匹たりとも残してはならないと。


「まったく……。人間に化けてまで情報を集めてやったってーのによ。帝国軍は情けねぇ」


 そこに、アルファードが厳しい声を向ける。


「人に化ける……やはりそうだったのか。貴様、ルーカス・リンドブルムだな?」


 え!? ルーカス!?

 ミズホで会った、帝国の冒険者で、女好きのあいつ!?


「へぇ……良くわかったな?」

「気づくのが遅すぎたと反省しているが、貴様の言動からな」

「なら、少しばかり文句を言わせろよ。お前らに聞いた戦い方は、一つも役に立たなかったぜ?」


 お前らに聞いた戦い方?

 あ! レイドックと一緒に話したあれか!

 同じ答えにたどり着いたのか、レイドックが肩を竦める。


「ああ。もしかして俺の言葉か。籠城戦とかな」

「そうそう。それだ。まさかあの時から俺の正体がわかってたなんて抜かさねーよな?」

「残念ながら違う。普通に答えただけだ。単純にミズホ神国とカイル様が上手だっただけさ」

「けっ! やっぱりカイルとか言うガキのせいか! ベラのお願いなんて聞かずに先に殺しておくべきだったぜ!」


 よし。お前が死ね。

 俺が内心で決意していると、突然上がるヒステリックな声。頭を掻きむしりながら叫んだのは、カイルの継母ベラである。


「話が違うではありませんか! このゴールデンドーンを落とし、いずれ王国を崩壊させると! カイルの収める地を焦土に化すと!」


 蜂魔族が面倒くさそうに昆虫の手を振る。


「まさか帝国兵がここまで弱いとは思ってなかったからな」

「なんですって!?」

「キーキー騒ぐなよ。兵をやったのは、そこの魔術師と……まぁここにいるやつらだろ」

「どうしてそんなことがわかるのですか?」

「むかつく印を持つ奴らがそろってるからな」


 魔族が見ているのは、恐らく俺たちの紋章だろう。


「昔の人間どもが、俺たちの力を盗んだ証拠さ」


 どういう意味だ?


「そんなことはどうでもいいさ。俺としても予定を狂わされてむかついてる。俺がこいつらを皆殺しにすればいいだけの話だろ?」

「まあ、そうですね。……ああ、カイルだけは殺さずに。あの者には死よりも恐ろしい目に遭ってもらわなければ困りますから」

「はいはい」


 やはり、最初からこちらを殺すつもりか。

 そりゃあ、口も軽くなる。それにしても、帝国軍をほぼ壊滅させたのが俺たちと理解して、それでも可能だと考えているなら、こいつ、相当腕に自信があるわけだ。


「ずいぶんと簡単に俺たちを皆殺しとか言ってくれるな」

「はん! 泥棒の印を持った程度で、崇高なる魔族様に勝てるとでも思ってんのか!? おめでたいなレイドック!」


 叫びとともに、魔族が地を蹴った。


「死んどけ!」

「お前がな!」


 魔族のパンチを、レイドックがオリハルコンの剣で受け止め火花が散る。あの虫の腕はどんだけ堅いんだよ!?


「レイドック!」


 すぐさまソラルが矢を乱射し援護するが、なんと蜂野郎は長い尻から針を飛ばして全ての矢を打ち落とす。


「うそ!?」


 それだけではなく、針がそのままソラルに向かっていった。

 俺は虹光障壁を貼ろうとしたが、それより先にマリリンが動く。


「”神息聖界”!」


 ソラルやマリリンを中心とした後衛組の足下に、巨大な魔法陣が現れる。その外周に沿って、魔力の壁が出現し、魔族の針を跳ね返した。

 その結界の中から、エヴァが腕を魔族に向ける。


「”白凍刃閃烈斬”!」


 身長の倍くらいありそうな巨大な氷の刃が飛ぶ。


「ちっ!」


 魔族が舌打ちして、レイドックから離れ、刃を躱した。

 すげ。あの結界魔法、味方の攻撃は通すんかよ。

 後衛だから目立たないが、マリリンもえらいことパワーアップしてたんだな。


 再び魔族とレイドックたちが睨み合う。

 俺は心底思った。ここにジタローがいなくて良かったと。あいつなら絶対にこう言ったはずだ。「勝ったな」とね。

 今は変なフラグはいらないんですよ!



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