206:決意があるから、成長するよねって話


 ゴールデンドーンには、巨大な教会がある。

 クラフトの幼なじみで獣人のアズールが、亜人として初めての神官として任命され、しばらくは責任者として運営していたが、現在は教会より神官長が派遣され、アズールは一神官として活動していた。


 マウガリア王国の国教であるルインセント教は、女神ルインセントを崇める宗派である。

 ルインセント教は亜人差別を否定していたのだが、一部の根強い亜人差別派閥に配慮していたため、なかなか差別の緩和に動けなかった。


 そんな中、キツネの獣人でありながら、神官の紋章を刻んだ人物がいたのだ。もちろんアズールである。


 当然教会には、職業としての神官はたくさんいるが、神官の紋章を持つ者は少ない。教会においても貴重な紋章持ちが獣人となったのだ。これは獣人差別に対する強力なくさびとなる。


 適切な訓練と生活。それにきちんと成人の儀に参加出来れば、獣人も人間と同じように紋章を得らるのだから、やはりそこに差はないのだ。と、信徒たちに教えることで広くその常識が広まっていく。


 そういうこともあり、カイルが新しく作った開拓地であるゴールデンドーンでは、今までとは比べものにならないレベルで共栄共存が進んでいる。


 そんなルインセント教が望んでいた理想の教会で、今日もアズールは忙しくしていた。

 帝国が進軍してきているという情報が発表されてから、不安を抱えた者が後を絶たないのである。


「大丈夫ですよ。領主であるカイル様はお若いですが、とても優秀ですから」


 お祈りに来て、神官であるアズールに不安を明かした老婆を、アズールは肩を触りながら安心させようとする。


「もちろん、カイル様が優秀なのは知っていますとも神官様。ですけれど今回は戦争になるのでしょう? 開拓や政治に優秀なのは良くわかっておりますが、戦の采配となると、お若いカイル様には難しいのではと……」


 教会に来る住民のほとんどが、同じ不安を感じているようで、大抵の相談はこれだ。


「ふふ。大丈夫ですよ。思い出してください。これまでにゴールデンドーンに何度もやってきた魔物の群れを。普通より規模の大きいスタンピードでも、カイル様は住民の一人にすら犠牲者を出さなかったでしょう?」


 すると老婆は目を丸める。


「そう……そうだわね……。市壁が完成してなかった時でさえ、カイル様は私たちをお守りくださったのよね」

「はい。それだけではありません。国王陛下より王国軍の派遣も決まっているのですよ。ヴァインデック陛下は歴代の国王の中でも、特に武勇に優れているそうです。その騎士団が来てくれるのですから、心配することなんてなにもないですよ」

「そうね。カイル様は国王陛下にも気に入られているのですものね。心配することなんてなにもなかったわ」

「はい」


 こうしてアズールは、日々住民の不満を解消しているのであった。

 一見すると小さなことだが、シビリアンコントロールという面で考えると、不安から生まれる軍に対する不満で、軍事行動を否定するものが出ていてもおかしくないところを、大きく押さえ込んでいるという、非常に重要な意味を持つ。


 もちろん、アズールはそんなつもりで行動しているわけではなく、ただただ人を救いたい一心なのだが、結果として、彼女の行動はエリクシル領にとって大変重要なものになっていたのである。


 さて、そんなアズールが責任者となっている孤児院の子供たちはというと、全員が元気に過ごしていた。


 移民が増大したことで孤児も増えているのだが、それでもやはり中心人物はケンダール兄妹たちである。


 彼らは他国が攻めてくることを知ると、それはもう憤慨した。


「アズ姉ぇがいるゴールデンドーンに攻め込むとか、なんとか帝国ぜってーゆるさねー!」


 叫んだのは狼の獣人で、ケンダール四兄妹の長男、エド・ケンダールだ。彼らはケンダール冒険団を名乗っている。


 四人はもともと孤児で血はつながっていないが、カイルによってケンダールの苗字をもらい、義理の兄妹となったのだ。


 それに突っ込みを入れるのは、レッサーパンダ獣人のカイ・ケンダール。


「デュバッテン帝国だよ、エド」

「わかってるっての! カイ!」

「ほんとかしら? エドはいつも適当だし」

「サイカ……」


 エドに文句を言うのが兎獣人のサイカ・ケンダール。この辺はもはやお約束である。


 それに続くのが、猫獣人のワミカ・ケンダールだ。彼女は眠くなるような口調が特徴である。


「授業で他国の名前もならったけど~。よく覚えてない~」

「だよなだよな! ワミカ!」

「カイ、それって覚えてないのを自白してるよ……」

「え!?」

「ほんとエドは馬鹿なんだから」

「お、覚えてるっての! それよりイバッテラ帝国を倒すために特訓するぞ!」

「え? 私たちが戦場に行くわけないじゃない」

「エド、デュバッテン帝国だからね?」

「どっちもうるさい! レイドックの兄ちゃんがいるんだから、負けたりしないのはわかってるけどさ、もしかしたら一人か二人くらい、教会まで来ちゃう敵がいるかもしれないだろ!?」


 エドはレイドックに憧れているので、ひいき目が強い。

 それを聞いてサイカも少し首を傾げる。


「あのソラルさんの弓を突破出来る人なんて想像もつかないけど……」


 エドとは違い、サイカはソラルに強い憧れを持っている。ひいき目を差し引いても、サイカには弓女神が敵を取りこぼす所を想像出来ないのだ。


 今度はカイも頷く。


「そうだね。ワイズマンのエヴァさんが敵の侵入をここまで許すとは思えないけど……」


 カイは憧れのエヴァが、敵を焼き尽くすのは想像出来ても、負けるところなど全く思いつかない。


 最後にマリリンを尊敬しているワミカが、まったりと付け加える。


「油断~大敵~? ゴールデンドーンは~広いから~」


 マリリンは大神官の紋章持ちなので、直接戦いに参加するイメージがないため、逆に冷静な意見なようだ。


「いいこと言った! 油断はダメだ! だから鍛えるぞ!」

「そうね。学園の授業で頑張りましょう」


 そう、帝国軍が来るまで、学園は平常運転なのであった。


 ◆


「おはよう! マイナ! フェイダール! ペルシアの姉ちゃん!」


 カイル学園に登校したケンダール兄妹たちは、さっそく学友に声を掛ける。


 エドに答えたのは、カイルの双子の妹であるマイナだった。

 開拓地に来た頃の彼女は引っ込み思案で、いつもカイルかクラフトの影に隠れていたが、今では物怖じしない性格になっていた。


 それまでの反動か、お淑やかとはかけ離れ、好奇心旺盛になりすぎてはいたが。


「ん、おはよ」


 マイナの後ろに控えているペルシアは、笑顔で軽く会釈を返すにとどめた。

 あくまで護衛という立場だからである。


 続いて返事をしたのは、紋章官の孫であるフェイダールだ。

 彼はこの領地に来てからやや日が浅いので、大規模なスタンピードなどはほとんど経験がない。


「エド……お前なんでそんな元気なんだよ」


 フェイダールは少しやつれた顔で首を横に振る。


「もうすぐ帝国が攻めてくるんだぞ!? 緊張感とかないのかよ!」

「あるに決まってんだろ! お前こそ、そうやってうじうじしてるだけかよ!」

「な、なんだと!? 戦争なんだぞ! 俺たち子供になにが出来るってんだよ!」


 売り言葉に買い言葉。

 フェイダールは反射的に声を荒げてしまう。


「おう。それなんだけどさ、考えてることがあるんだ。せっかくだからフェイダールとマイナも一緒にやらないか?」


 エドが鼻息荒く、先ほどの持論を展開し、特訓しようと語り出した。


 その様子を横目で窺いながら、カイがため息を吐く。


「フェイダール君はまだしも、マイナちゃんは体力的に立場的にも無理じゃないかな」


 サイカも半目でエドを見る。


「大丈夫よ。ペルシアさんがなにも言ってないし。実際にフェイダール君の言うとおり、私たちになにかできるわけないじゃない」

「それもそうだね」


 むしろ、マイナの護衛であるペルシアは、微笑ましいものを見る目つきだった。

 ペルシアはマイナに、もう少し運動をしましょうと助言しているので、その一環だと思っているのかもしれない。


 それに、護衛が学園の授業に口を出すことは禁止されている。基本的に主に危険がないかぎり、学園内では手出し無用なのだ。


 熱く語るエドに感化されたのか、マイナとフェイダールの鼻息が荒くなっている。

 どうやらエドの熱気に感染したらしい。


「じゃあ、冒険者が来てくれる体育で特訓だぞ!」

「おー」

「マイナちゃんが頑張るなら、僕だって!」


 こうして妙にやる気を出した、ケンダール冒険団とサブメンバー(とエドが勝手に決めている)で、すちゃらかな特訓が始まるのであった。


「止めてよ、ペルシアさん……」


 エドは暖かく見守るだけのポンコツ騎士をチラリと見やってから、深いため息を吐くのである。



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