205:戦局が変わるのは、裏切りだよなって話


 ノブナは戦場で、巨大な魔力が集約されているのを感じた。


「なにかとんでもないのが来るのよ!」


 弟のカネツグも、膨大な魔力を感知し、空を見上げる。


「なななな、なんか凄い魔法がくるんだな」

「間違いないわね。カネツグ! 防御に特化した式神を呼ぶわよ!」

「りょりょりょ、了解なんだな!」


 ノブナとカネツグが、それぞれの部下に指示を飛ばす。カネツグはおどおどとした性格だが、意外と部隊指揮には優れているのだ。


「「「我は願い奉る。冥府よりおいでませ! からかさ童子!!!」」」


 呼び出されたのは傘の姿に一本足の式神たちである。大量のからかさ童子がミズホ武士たちを覆うように浮く。


 式神が武士たちの頭上に展開したのとほぼ同時に、敵の魔法が発動する。それは太古に魔法が魔術と呼ばれていたことを彷彿とさせる、凶悪極まりない魔法であった。


 水銀を煮詰めたような、灼熱の赤い雨が、豪雨となって降り注ぐ。それは生きとし生けるもの全てを焦土と変える、人の手に余る禁呪であった。


 ミズホで防衛戦をしていたときのノブナたちだったら、耐えきれなかっただろう。だが、今の彼らはあのときと大きく変わっていた。


 ノブナがゴールデンドーンでたまたま見たのは、ケンダール兄妹の訓練である。

 冒険者に混じって、毎日大けがを負う訓練を繰り返していたのだから、その驚きは理解してもらえるだろう。


 もちろん子供が戦場に出るわけではないが、本人たちのやる気が止まらないのと、冒険者たちにとっても良い訓練になるため、実行されていたらしい。


 ノブナが注目したのは、その訓練方法だ。前衛はヒールポーションを潤沢に使うことで、訓練では決して出来ない真剣でのガチ斬り合い。それは剣技の訓練だけでなく、ポーションを使う訓練にもなっていた。


 だが、最も注目したのは後衛の魔法を使う者たちの方である。彼らは普段なら絶対にやってはいけない、魔力が枯渇するまで魔法を使うのである。そしてそれをマナポーションで無理矢理回復しては、倒れるまで魔法を放つ。

 日に日に魔法の威力が増し、魔力が増強されているのを見れば、自分たちがやらない手はない。


 ノブナはすぐに祖父であるシンゲンに頼み込み、マナポーションの購入予算をもぎ取り、それから毎日ぶっ倒れるまでカネツグの部隊と共に死ぬような特訓を繰り返したのである。


 もはや、ミズホ防衛戦時とは別人となっていた。

 だからこそ、過去の魔法文明を思わせる強大な魔術を、辛うじて抑えきることができたのだ。


 もっとも、無傷というわけにはいかない。魔力を限界まで注ぎこんだ式神は、灼熱の雨の威力を大きくそぎ落としたが、全てが燃え尽きた。

 耐えられたのは、たまたまだが式神と敵の攻撃方法との相性が良かったこともあっただろう。

 威力の弱まった、灼熱がミズホ兵を襲ったことには変わりがない。


「全軍停止! 即座に治療せよ! 幸い周囲の魔物は魔法に巻き込まれて近くにはおらん!」


 シンゲンが声を張り上げる。言葉通り、彼らの周囲の魔物も魔法に巻き込まれ、彼らの周囲はぽっかりと開いていた。


 ポーションを使ったあと、ミズホ武士は一人の脱落者も出さず、鮮やかに砦に撤退したのだ。


 デュバッテン皇帝とマウガリア王国の初戦は、こうして王国側の大勝利で終わったのである。


 ◆


 それからしばらくは、膠着状態が続く。

 魔物が砦を包囲し、離れた位置から帝国軍がカタパルトや魔法などで攻撃するのを、式神や魔法で防ぐという戦いだ。

 魔物は数が半減していたが、それでも数万を超える数が残っているのだから、すでに王国側が打って出る戦いは出来ない。


 そんななか、事態を打破すべく帝国が動いた。川沿いに続く城壁よりさらに外側から、浅瀬を伝っての急襲である。


 だが……。


「待っていたぞ帝国軍! 我らの槍をくらえ!」


 叫んだのはリザードマンの戦士で村長であるジュララである。

 水に潜り、敵を引き込んでから、一気に浅瀬に飛び出したのだ。


「クラフト様に、私の強さを認めてもらって、番いになるんだからね!」

「シュルル! 言葉遣い!」


 同時に飛び出したリザードマン部隊の中には、リザードマンだが人の形に近いシュルルも参戦していたらしい。


 もともと、人間より遙かに水中行動の得意なリザードマンが、水中呼吸薬まで使っているのだ。水辺での戦いになれば、彼らに敵う者などいない。


 帝国軍は、陸上だけでなく水辺での戦いも出来る魔物を同時に投入していたが、その大半がヒュドラだったため、戦い慣れているリザードマンからしたら格好の餌食となっていた。

 もちろん水中呼吸薬がなければ、相当苦戦していただろうが。


 帝国軍は悲惨であった。

 浅瀬を進軍しようとしたら、深みよりリザードマンが突如現われ、混乱しつつも反撃に転じると、すぐさま深みに戻っていくのだから。追う手段のない帝国は、ただただ、波状攻撃をしてくるリザードマンに数を減らしていくしかないのであった。


 アルファードがクラフトに内密で運ばせた、魔物ほいほい一式と、水中呼吸薬を使いこなし、リザードマンたちはドーン砦の防衛を見事にこなしたのである。


 さらに活躍した人物がいる。それはなんとジタローだった。

 彼は志願兵として、蒸気船で弓兵をやっている。


 浅瀬に帝国軍が攻めてきたとき、リザードマンの後方に蒸気船を配置し、支援をしていた。

 基本的に浅瀬での戦闘は乱戦であり、蒸気船の役割は負傷者の救出と治療である。だが、ジタローを含めた腕のある弓兵……志願した冒険者の中で、遠距離攻撃が得意な者たちは、援護攻撃をすることになった。


「いくっすよ!」


 ジタローは猟師である。だから、命を奪うことにためらいはない。特に大好きなゴールデンドーンに攻め入るような奴に慈悲などなかった。

 もっとも、浅瀬で脅威なのはヒュドラなどの水陸で活躍出来る魔物だったため、弓攻撃の大半はそちらにしていたが。


 とにかく、こうしてジタローも大活躍だったのである。


「……え? おいらの出番ってこれだけっすか?」


 ◆


 戦いの流れが変わったのは、半月ほどがたった頃だろうか。

 突如、ドーン大河の上流から、大量のいかだが流れてきて、橋脚の一つに取り付いたのだ。


 砦の位置からは見えないくらい離れた場所で、それはおこなわれる。

 なぜかその橋脚にだけ、たくさんのロープが結付けられていて、筏の帝国兵はそれを掴んでは繋いでいく。彼らの位置からは霞むような距離にある砦を確認するも、動きがない様子から気づかれてはいないようだと、兵士たちは安堵する。


 異常なのは橋脚のロープだけではない。橋上からも何本ものロープが垂れ下がっていたのだ。

 兵士たちは訓練通りに、そのロープを登っていく。だが、そのまえに、蜂男がぶーんと橋上に飛んでいったのである。


 橋の上には、少人数のミズホ兵が待機していた。


「よう、約束は守ってくれたみてーだな?」

「ミズホ武士は約束を破らぬ。それより――」

「おっと、皆まで言うなよ」

「……」


 なにかを言いかけたミズホ武士だったが、蜂男の制止に言葉を止める。


「ま、良くやってくれたよ。約束は守ってやるさ。面倒だがな」

「……」

「それにしても、とんでもない規模の橋だなぁ。昔を思い出すぜ」


 蜂男が意味不明な呟きを漏らすが、武士は黙って聞いていた。


「まあいいさ。それで橋にはどれくらいの兵力がいるんだ?」

「橋上の防衛は我が部隊に任されている。今は大半をドーン砦側に集めている」

「つまり、ゴールデンドーンとかいう街まで、橋の上に敵はいないんだな?」

「ああ。色々と小細工してそうしている」

「結構結構! それじゃ、全員上がって、進軍するぞ!」


 こうして今までほとんど数を減らしていなかった帝国軍の多くが、ドーン大橋上に整列したのである。


 これまで動きのなかった御三家最後の一つ、マサムネ・セントクレアの裏切りであった。



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