207:頑張りは、まわりにも伝染するよなって話


 カイル学園の体育は、子供たちが辺境でも生き残れるよう、剣の扱い方などを教えている。


 教師として経験豊富な冒険者が呼ばれ、実践的な訓練が行われる。


 やる気を見せたマイナとフェイダールだったが、彼女はグラウンドの走り込みを命じられた。

 どちらも魔法ならば少しは使えるので、不満の声を上げる。


 すると教師役の冒険者は、額に青筋を立てた。


「お前らは基礎体力がなさ過ぎる! せめてグラウンド一周を息切れなく走れるようになってからじゃなきゃ、実戦訓練などさせられん!」


 ごくまっとうな指摘に、二人は泣く泣く走り出したが、マイナは数歩走っては息切れし、また数歩走っては息を荒げることを繰り返す。おそらく普通に歩いた方が速い。


 さすがにフェイダールはそこまで酷くないが、カイル学園の広いグラウンドを一周走れば、倒れ込むほど息切れを起こしていた。


 もちろん二人ともスタミナポーションを飲んではいるが、ポーションの特性上、一定以上に力を使えば疲労もする。二人にとって全速力で走ることは、今の彼らにとって全力を出し続けることになるので、あっという間に疲労するのだ。


 だからこそ、マイナは歩く方が疲労せず長距離を歩けるのである。


 そんな二人とは対照的に、ケンダール兄妹はグラウンドの中央で、激しい模擬戦を繰り広げていた。


 冒険者たちが、舌打ちしながら叫ぶ。


「ちくしょう! どうして今まで学園にランクの高い冒険者しか呼ばれなかった理解したぜ!」


 冒険者のリーダーがエドの剣を跳ね上げ、後衛を狙おうとするが、即座にサイカの矢で牽制され、ケンダール兄妹の陣形を崩せないでいた。


 この冒険者グループは比較的最近ゴールデンドーンにやってきたチームである。


 古くからいる冒険者のほとんどが、義勇兵として参加を表明したため、学園に来られる冒険者が激減した。そこでゴールデンドーンに来て日の浅いパーティーにその仕事が振り分けられた訳だが、彼らは内心で悪態を吐きたい気分である。


 この街に来てから、数多くの常識外を見てきたが、目の前の子供たちはその筆頭であろう。

 なんせ紋章もないのに、剣技や魔法を絶え間なく放ってくるのだ。異常すぎる。


 冒険者ギルドで将来有望な子供たちがいるとは聞いていたが、その強さは想定の埒外であった。


「なんだよ、兄ちゃんたち手加減はいらないぜ!? ここにはたっぷりヒールポーションもあるからな!」


 エドの叫びにワミカが続く。


「私の治癒魔法もあるよ~」

「ああ! 頼りにしてるぜ!」


 怪我を全く恐れず、全員が真剣で襲ってくるのだ。木刀で軽く揉んでやればいいだろうと考えていた冒険者たちは、開始してすぐに自前の獲物に持ち替え応戦するしかない。


 それに、本気で斬りかかっても、子供たちの着ている服がまた厄介なのだ。

 一見普通の服なのだが、いったいなにで出来ているのか、刃が全然通らない。


「打撲は覚悟しろよ!」


 冒険者が負け惜しみを叫ぶ。


「望むところだ!」


 獣人特有の素早さとパワー。なによりタフネスさを発揮し襲ってくるエドをかろじて捌く。もはや子供だからと手加減している余裕など一切ない。


(ありゃあ、この街でしか売られてない、強化糸の服か! まじでなんなんだよこの街は!?)


 結局、訓練を超越した死闘を繰り返すのであった。


 さて。

 もちろん子供たちが戦争に出ることはなかったのだが、ゴールデンドーンにそこまで思い入れがなく義勇兵として参加しなかった冒険者たちに多大な影響を与えていた。


 戦争準備となれば、薬草や魔石などいくらあっても足りない。それらの調達依頼が冒険者ギルドに殺到する。

 義勇兵にならない冒険者たちにその負担がのしかかるのだが、彼らの大半がゴールデンドーンに来て日の浅い者ばかり。


 街の中が平和なので忘れがちだが、この一帯は超絶危険な辺境なのだ。薬草を見つけに行くだけでもそれ相応の実力が要求される。


 そんななか、子供たちとの訓練は、ポーション類などが支給されながら、特訓できると人気になり、参加したパーティーは軒並みその実力を増していった。


 おかげで、生産ギルドや領地が要求する素材集めや、街道の魔物退治など、冒険者ギルドはなんとかこなすことが出来たのである。


 ケンダール兄妹たちの行動は一見無駄なように思えて、実は領地に多大な貢献をしていたのであった。


 もちろん。

 その当人たちはそんなことを知らず、開戦してから孤児院で信者相手に腐っていたという。


 ◆


 その戦争が大きく動いたのは、ミズホ神国御三家の一つである、マサムネ・セントクレアの裏切りからであった。


 マサムネと数人の武士によって、橋の上に多くの帝国軍が上陸することに成功。マサムネのとなりにいるのは、謎の蜂型亜人である。


「まったく、飛べないってのは不便でしょうがねえな」


 蜂男が背後に整列する帝国軍を一瞥する。


「おい人間。この橋を進めば、ゴールデンドーンなんだな?」

「ああ」

「しかし、気にくわねぇ橋だぜ」

「それよりも、我が家のことを――」

「大丈夫だって。ちゃーんと帝国の貴族家として取り立ててやるさ」

「了解した」

「んじゃ、こんなところで突っ立っててもしょうがねえ。進軍するぞ」


 こうして帝国軍の大部隊が、ドーン大橋を大挙して進むのであった。

 これはドーン大橋が巨大すぎる弊害でもあっただろう。

 普通の石橋であれば、万を超える兵士が橋の上に上陸などあり得なかったのだから。


 それから二日をかけて、帝国軍はようやくゴールデンドーンへとたどり着くのだが、兵士たちはその威容に度肝を抜かれていた。


「な、なんて馬鹿でかい街なんだ」

「橋の手前にあった砦が犬小屋に見えるってどういうことだよ!」

「あの城壁はなんなんだよ! 高すぎる!」

「見ろ! かなり上流に巨大な水車がある! あれを壊せばやつら水がなくなって干上がるぞ!」

「お前は馬鹿か? 城に蓄えがあるだろうし、橋の反対側に門だってあるだろ。完全に包囲してるならまだしも、補給なんていくらでもできる。それ以前に俺たちが持ってきた食料の量を考えたら、先に干上がるのはこっちだ」


 まるで山のようにそびえるゴールデンドーンの市壁と城壁に、兵士たちのざわめきが止まらない。


 飛び道具や魔法が届かない位置に布陣しているにも関わらず、敵の城の全容がまったく把握できないのだ。その恐ろしさは想像を絶する。


 橋の先は大きな広場のようになっていた。そこだけで帝国軍がすっぽりと収まるほど広い。

 その広場の三方が壁に阻まれている。正面は巨大な門になっているが、当然堅く閉じられていた。


 なにより、帝国軍の恐怖を煽るのは、その静けさである。これだけの大軍が目の前まで来ているというのに、ゴールデンドーンの城はなんの反応も見せないのだから。


 そんな兵士の不安を無視した声が掛かる。もちろん、蜂男だ。


「よーし。それじゃまぁ、人間どもを皆殺しにするぞー」


 途端にピリッとした空気が帝国軍を満たす。長い時間をかけてここまで進軍してきたのだ。手ぶらでは帰れない。その思いが辛うじて士気を維持させている。なにより、勝てば略奪し放題である。相手の規模から考えても、末端の兵士まで美味しい思いができるであろう。


 もちろん。勝てばであるが。

 もちろん。勝てる道理など、欠片もなかったわけだが。



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