191:時代の変化って、唐突に訪れるよなって話


 ミズホに滞在する王国人は多くない。俺たちはカイルの指示を受け、商人たちを即座に王国に送り返していた。


 いつものメンバーだけになったのを確認して、全員が集合する。

 カイルがこれからの方針を決める間、キビキビと動くミズホの武士を眺めていたら、ノブナがこちらに走り寄ってくるのが見えた。

 女性の武士装束なので、とても目立つ。

 剣と魔法……この国特有のオンミョウ術という特別な符術を使いこなすノブナは、軽装だがフル装備であった。


「王国の人は全員集まってる?」

「ああ。商人なんかは転移門でゴールデンドーンに送り返したから、この国にいる王国人は、全員ここにいる」


 幸い転移門の設置してある広場は、御三家の城壁と市壁の間にあったので、特に苦労なく一般人を全て避難させることができていた。


 街の一番外側の市壁付近だったら、防衛準備に駆け回る武士の邪魔になっていただろう。


「それは良かったの。カイル様はすぐに母国に避難したほうがいいのよ?」

「ああ、カイルはすぐに戻った方がいいな。俺は手伝うつもりだが」


 俺は当然、ミズホ神国に残って手伝うつもりでいたが、カイルが慌てて顔を上げる。


「ダメですよ、クラフト兄様! 内政干渉になりかねません! ノブナさん。ミズホ神国として、正式に応援要請などありますか?」

「いいえ、シンゲン将軍から言いつかったのは、カイル様が無事帰るまで護衛することだけなのよ」


 彼女の祖父であり、この国の軍事最高責任者であるシンゲンは、俺たちを送り返すつもりらしい。

 やる気になっていた俺は、さすがに慌てる。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 噂話だと、かなり大規模な魔物の襲撃なんだろ!? 人手はいくらあっても困らないだろ!」

「気持ちは嬉しいのよ。でも、大丈夫。魔物ごときにミズホの武士は負けないのよ!」

「だけど……」

「クラフト兄様。ダメですよ。正式な要請があるまで、武力の行使は厳禁です。レイドックさんも同じですよ」

「わかってる。冒険者ギルドの規約にも、国家の軍事行動には、依頼がないかぎり関われないからな」


 たしかにそうだが……、国同士の戦争ってわけじゃないんだぞ?


「逆を言えば、ギルドからの緊急依頼でもあれば、即参戦しますがね」

「難しいでしょう。自国の問題なら、領主と連携出来ますが、他国ですからね……」

「特にミズホの冒険者ギルドは、他国とのつながりがほとんどありませんから」


 冒険者ギルドは国家をまたいだ巨大組織だが、実質的にはほぼ国ごとの独立組織と変わらない。

 連携を取りたくても、距離や道中の危険度の問題で、ほとんどやりとりが出来ないからだ。

 これは、冒険者のランク問題にも関わってくるのだが、それはいずれ説明しよう。


「少なくとも、王国からの依頼でギルドに参戦要請でもなきゃ、俺は手出し出来ませんね。残念ながら」


 なら、俺だけでもと口を開きかけたが、それに気づいたのだろう、リーファンが俺の脇腹を肘で突いた。


「クラフト君。もちろん生産ギルドの職員も、国家間のいざこざに手出しするわけにはいかないからね?」

「う……」


 完全に見透かされている。

 だが、俺は友達になったやつを助けたい。


「ノブナさん。僕たちは転移門で戻ろうと思います」

「カイル!?」

「それがいいのよ」

「ですが、国交を樹立したばかりの国の情勢は知りたいと思います。観戦武官の派遣を許可してくださいませんか?」

「観戦武官? 状況把握のために、兵を何人か置いておきたいってことね。許可するのよ」

「それはありがたいのですが、将軍に確認しなくてもよろしいのですか?」

「問題ないのよ。カイル様に関する問題は、あたしの判断に任せるって、委任されてるのよ」

「わかりました。ありがとうございます。……クラフト兄様、アルファードに事情を説明して、観戦武官としてこちらに来るよう連絡をしてください」

「……わかった」


 ノブナたちを手伝ってやりたいという気持ちはあるが、カイルがそう決めたなら、俺はそれを尊重する。


 こうして俺たちは、アルファードと入れ替わるように、ゴールデンドーンへと戻った。


「くそっ……俺に出来ることはなんにもないのかよ」


 つい、小石を蹴っ飛ばしながら、吐き出してしまう。

 するとカイルがこちらに顔を向ける。


「なにを言ってるんですか、クラフト兄様。兄様には今からやってもらうことがありますよ?」


 にこりとカイルが微笑む。

 俺はこのとき、初めてカイルの真の才能を知るのであった。


「なにを思いついた?」

「僕はこれでも領主なので、安全保障の面でも、外交の面でも、いざという時のことを考えなければいけません」


 そりゃそうだな。

 カイルが大変なのは知ってる。だからこそ、俺はこいつのことを助けたいと思っている。


「ですので、いざという時のために、転移門の改修ができるよう、お願いします」

「改修? どんな風にだ?」

「今、ミズホ神国との間に設置してある門は、ちょうど馬車が通れる幅ですが、いざという時に、大量の人間が短時間で移動出来る大きさにして欲しいのです」

「なんだって?」

「もし、正式に援軍要請があれば、軍事同盟は組んでいませんが、僕は派兵するつもりです。そのときに、今の門では狭すぎます。陛下の裁決はこれから確認しますが、否はないと思っています」

「なるほど!」


 さすがカイル!

 見捨てた訳じゃなかったんだな!


「ただ、あくまで正式な要請があれば。ということになりますが」

「そのときに慌てても遅いもんな」

「はい。それに……」


 言い淀むカイル。


「なんだ?」

「いえ、これは考えたくないのですが、万一のときは避難民を受け入れられますから」

「それは……」


 たしかに考えたくもないが、ミズホ神国が落とされる可能性もある。


「どちらにせよ、いざという時に、門を大型のものに切り替える準備をお願いします」

「ああ、任せとけ!」


 俺は握り拳を見せつけた。


「リーファンさんは、大橋の完成を急いでください」

「今、橋ですか?」

「はい。ミズホ神国は大河を渡ったずっと先ですが、転移門が壊されることも考えておかなければなりません」

「あ! そうか! 最悪の場合は、陸路で避難民がくる可能性もあるんですね!」

「はい。それにミズホが窮地になれば、単純に周囲の小国家から避難してくる人も出てくるでしょう。その場合は門を使えません」


 なるほど。

 ミズホの周辺国が、魔物と戦争している状況で、結果を見ずに逃げ出す可能性もあるのか。よくもまぁそこまで考えつくもんだ。

 転移門の存在も知らないんだから、帝国方面か南……つまり王国方面に逃げ出すだろう。


「わかりました。作業ペースを上げます! もともともうすぐ完成予定でしたから、それほど掛からないと思います」

「大橋の完成次第、北側城壁の強化もお願いしますね」


 街の北東側には城があるので、もともと分厚い城壁がある。

 そしてその城壁と大橋の間は区画かされ、市壁で囲われていた。ここを強化しておけば、避難民でなく、魔物が来たときに対処できるように建築が進められている。

 それを優先して進めようって魂胆か。


「レイドックさんのパーティー、特にエヴァさんに依頼があります」

「なんでしょう?」

「クラフト兄様から、完全版のオリハルコン通信具を受け取って、情報のやりとりをお願いします」


 俺はそこで気がついた。

 なぜゴールデンドーンの軍事責任者であるアルファードを観戦武官として送り出したのか。


「そうか。アルファードが見聞きした映像を、全員で共有しようってのか」

「はい。兄様とジャビールさんには錬金をしてもらわなければなりませんので、通信の魔導具を使いこなせるのは、エヴァさんしかいないと思うのです」


 するとエヴァがゆっくりと頷いた。


「たしかに、こんな魔力消費の大きい魔導具を常時使うなら、黄昏の錬金術師の紋章か、私の賢者ワイズマンでもなければ無理でしょう」

「やってもらえますか?」


 エヴァがチラリとレイドックに視線を向ける。


「エヴァ、出来るか? 無理はして欲しくないんだが」

「大丈夫です。ただ、マナポーションはかなり必要になると思います」

「わかった。カイル様、マナポーションの供給をしてもらえるなら、引き受けます」

「もちろんです。リーファンさん、生産ギルドの保有しているマナポーションを全て確保してください。しばらくは販売を控えます」

「わかりました」


 テキパキと指示していくカイル。

 俺の弟、格好ええ!


「それでは、ミッションスタートです!」

「「「おう!!!」」」


 こうして俺たちはそれぞれ走り出したのであった。


「……おいらはなんもないんすか?」


 とりあえず、ジタローの寝言は無視する俺たちである。

 お前は本業の狩りを頑張れよ……。



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