192:人に教えるって、難しいよねって話


 俺はエヴァに、俺と同じ通信の魔導具を渡し、古い魔導具を返してもらう。


「新しいやつは、今までのと違って、魔導具の指輪を持つ相手に、視覚と聴覚を中心とした精神感応の許可を求めることができるようになる。相手の了承意思を確認したら、相互の感覚が共有される」


 俺は状況に応じた魔術式を見せながら、通信方法をエヴァに教えていく。


「今までと違って、この上位の魔導具を持つ側が魔力を消費するんですね」

「そうそう。飲み込みが早いな」


 テーブルの上に広げた、理論や魔術式の書かれた紙をのぞき込んでいるエヴァが、無意識に俺に近寄ってきている。

 俺は座って、図を示しているため、移動出来ない。今立ち上がるのも不自然だよな。


「複数と同時接続するときは、視覚と聴覚を提供するのが一人で、言語思考による会話を全員が共有することになる。そのときの魔術式はこれと、これ」

「なるほど。複数の場合、相互の視覚共有は無理ですものね」


 俺が式を指さすと、それに釣られてエヴァの顔がまた近くなる。もう吐息を感じられるくらいの距離だ。


「あ、ああ。擬似的にやる方法もあるけど、魔力消費がエグい」

「こちらの魔術式を使うんですね」


 エヴァが指を指したのは、俺を挟んだ一番遠い所に書かれた式。

 つまり、エヴァの身体がぐっと俺に寄る。


「お、おおおう。そ、その通りだ」

「なるほど、これは魔力消費が激増しますね」

「おおおおお、おう」


 上半身をぐいと伸ばすエヴァが、テーブルの上で俺の正面を塞ぐように、小刻みに動いている。

 つまり、目の前でおっぱ……胸部が揺れているのだ。


 おかしい、目を逸らそうとしているのに、呪われているかのように目が離せない!


「では、この魔術式を組み合わせると……クラフトさん?」


 もう、エヴァのおっぱ……えっと……先端が鼻にくっつきそうで、挙動不審になっている俺の様子に、エヴァが不思議そうに顔をのぞき込んでくる。


「具合でも悪いんです……ああ!」


 どうやらエヴァも、自分の体勢に気づいたようで、慌てて俺から離れた。


「ちょっ!? 近い、近いですよ!?」

「べべべべべ別に、俺から近づいた訳じゃないだろ!?」


 顔を真っ赤にして、自分の胸を隠そうとするエヴァの動きがエロ……、いや艶めか……、いや面白い。

 このときの俺は、つい、反論してしまったが、世の男性に聞いて欲しい。


 いいか。

 例え真実だろうと、男は女性の恥ずかしい場面に遭遇してしまった場合、謝らなければならないのだ!

 自分が悪くなくともだ!

 俺はそれをペルシアのシャワー事件のときに知ったはずなのに、またもや同じ失敗を繰り返してしまう。


「だ、だったら離れるなり、注意するなりすればいいじゃないですか!?」

「い、いや、説明するにはこの位置が一番良くて……」

「立って、棒でもなんでも使えばいいでしょう!?」


 な、なるほど!

 それは思いつかなかった!


「お前も少し、男に対して無防備過ぎるんだよ!」

「私は昔から、男性に対する自己防衛を欠かしませんよ!」

「それじゃあまるで、俺とレイドックにだけ、油断してるみたいじゃないか」

「……え?」

「……え?」


 俺の指摘に、エヴァが顔を真っ赤にして動きを止めた。

 ……え、え?


「……クラフトさん」

「は、はい」


 エヴァにめっちゃ睨まれる。顔は耳まで真っ赤である。


「ま、真面目に説明してくださぁい! ”空爆烈”!」

「ほぎゃああああああ!」


 強烈な風魔法を喰らったりもしたが、概ね順調に説明を終えたのであった。

 とほほ……。


 ◆


「クラフト兄様」


 俺が自宅の錬金部屋で、転移門の大型化による魔力消費の増大を抑える研究をしているところに、カイルがやってきた。

 マイナとペルシアも一緒にいる。

 護衛の聖騎士の人たちは廊下で待機しているようだ。


「どうした、カイル?」

「はい。しばらくのあいだ、マイナとペルシアをこちらの屋敷で預かってくれませんか?」

「二人を?」

「はい。こちらには兄様とジャビールさん。それにリュウコさんもいますから」

「ああ、つまり護衛対象をまとめておきたいってことか」

「はい。お願いできますか?」


 なぜか妙に目を輝かせながら、マイナが俺を見上げている。

 特に断る理由はない。もともと俺の屋敷はカイルの屋敷と一緒に聖騎士隊が巡回してくれてるので、安全だろう。

 だが、逆に心配になる奴が出てくる。


「それだと、カイルが一人になるんじゃないのか? アルファードもいないし」

「僕はしばらくのあいだ、城の部屋に寝泊まりします」

「ああ、なるほど」


 ゴールデンドーンにおいて、城ほど安全な場所はないからな。


「なら、マイナも城に連れて行けばいいんじゃないか?」

「マイナが兄様の邪魔になるようなら、そうします。マイナがザイードお兄様と一緒の城に住むのを嫌がって……」


 俺の許可次第ってことか。


「構わないぞ。部屋ならいっぱい余ってるからな」


 領主であるカイルの屋敷と、俺の屋敷の造りはほとんど同じなのだ。部屋数も多いし、格も高いので、マイナを受け入れるのに問題はない。

 メイドはリュウコがいるし、マイナが来るなら専属も連れてくるだろう。


「ありがとうございます。……マイナ、兄様はお忙しいから、邪魔したらいけないよ?」

「ん。大丈夫」


 力強く頷くマイナ。

 最近は言葉数も増えてて、いい傾向だな。


「それではお願いします」


 カイルはそのまま聖騎士を引き連れ、城に移動するのだが、そのとき彼はこのように独り言を零していた。

 もちろん俺はそれを知らないのだが。


「リュウコさんは護衛対象じゃなく、むしろ護衛の一人なんですけどね。それにしてもレイドックさんやジタローさんも、兄様が気づくまで言わない方が面白いからって……」


 カイルはいたずらっ子のように、クスリと笑う。


「リーファンさんも、いまいちわかってないようなんですよね。リュウコさんから提出されている、兄様の屋敷に侵入しようとした族を捕らえたという報告も、聖騎士や冒険者が捉えたと勘違いしてるみたいですし」


 同じ報告書を受け取っているのに、人によって捉え方が違う場合があるというのを、カイルは学んだ。


「二人がいつ気づくのか、ちょっと楽しみですね」


 クスクスと笑いながら、カイルは城へと入っていったらしい。


 それはそれとして、俺がマイナたちに滞在許可を出すと、マイナとペルシア。それに彼女たちの専属メイドたちの荷物が屋敷に運び込まれた。

 リュウコの指示で、部屋の用意はすぐに終わる。


「マイナは自分の家だと思ってくつろいでくれ。俺は仕事があるから自由にしてくれていいぞ。わからないことはリュウコに聞いてくれ」


 俺より詳しいしね!


「ペルシア、マイナのこと頼むぞ」

「貴様に言われるまでもない。この身命に賭してお守りする!」


 ペルシアが噛みつくように宣言したが、マイナがぽつりと呟やく。


「ペルシア……堅い……」

「……え!? マイナ様!?」

「わはは! マイナも言うようになったな! 肩の力を抜けってことだよ、ペルシア!」

「な、なんだと!? 護衛というのはいついかなる時も緊張感を身にまとい――」

「それが堅いって言ってんだよ! せめてこの家にいるときくらい力を抜け!」


 聖騎士の皆さんが、屋敷の外を守ってくれてるんだ、ペルシアもちっとは柔軟に対応しろっての。

 あのマイナにまで突っ込まれてるんだぞ。


「ぬぐぐぐ」

「まあいいや。俺は仕事に戻るぞ」


 錬金部屋に戻った俺は、研究を再開するのだが。


「……あの、マイナさん? そこは椅子じゃないですよ?」


 なぜか膝の上にマイナがいた。

 むふーっと鼻息を荒くして、妙に楽しそうである。

 しかたない。危険な薬剤を使うときだけ離れてもらうか。

 こうして俺は研究を再開した。

 ごきげんなマイナを膝に乗せながら。


 次の日からも、マイナは学校が終わると直帰して俺の膝に乗るようになる。

 ケンダール兄妹たちから、文句を言われたが、そこまではしらん。


「マイナが遊んでくれなくてつまらない!」


 って言われてもな。

 そして、この日からアルファードの見聞きした映像が、カイルの指示で俺たちにも共有されることになった。

 エヴァの準備が出来たのだろう。マイナとシュルルとプラムを除く指輪持ち全員が、詳細を知ることを許される。


 プラムは生産ギルドのいち職員だからな。除外されるのは当然だ。

 ……あれ?

 俺もギルドのいち職員じゃね?

 いや、俺はカイルの兄貴分だから問題ない。リーファンはギルド長だし。

 ジタローは……ジタローだからしょうがない。


 とにかく、毎日定期的な精神感応共有で、ミズホ神国と魔物の戦争の様子がわかるようになったのであった。


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