184:新しいアイテムは、わくわくするよなって話
周囲で採れる材料集めは、リザードマンたちに任せた。
この辺りで集められない物に関しては、リーファン村から送ってもらう。アキンドー商会が張り切っているらしい。
さらに緊急ということで、ゴールデンドーンに救援も頼んだ。
「これらの素材を集めれば、魔物を倒せる毒が作れるのだな?」
「そのはずだ。まずは作ってテストしてみないとな」
「わかった、こちらは任せてくれ。……少々やっかいな魔物の部位などもあるから、少し時間をもらいたい」
「もちろんだ」
リザードマンの戦士たちは、彼らの集落を守る最低限の人数を残して、森や湿地を駆け回り、薬草や鉱物や魔物の素材を集めることになった。
そのあいだ無防備になる湿地開拓村の防衛は、レイドックたちが引き受ける。
俺は村の空き家を借り、臨時の錬金部屋を設置した。
リュウコを連れてきたのは大正解だ。錬金釜と素材を、空間収納から取り出せば、あっという間にいつもの見慣れた配置で並べてくれる。
細かい素材を加工するための道具……例えばランビキやアルコールランプなどはないが、そのあたりはなんとでもなる。
「さて、やるか」
俺は紋章から流れる知識を使って、できるだけ現地の材料で作れるよう、錬金製法を確立するため、片っ端から代用錬金を試すことにした。
もちろん、黄昏の錬金術師の紋章でなくとも錬金出来るようにも改変していかなければならない。今までこの作業はほとんどジャビール先生に任せてしまっていたが、そろそろ自分で出来るようになりたい。
「黒色紋章の錬金術師でも扱えるレシピと製法で、かつ魔力が常識に収まるように……」
今まで紋章の囁きと、魔力でごり押ししていた時と違い、悪戦苦闘の日々が始まる。
中間薬Aの代用品を求め、錬金試薬A、B、C、D、Eと作っては破棄し、別の試薬と混合し、失敗し、くじけそうになっては、仲間たちに励まされ、またチャレンジを繰り返す。
……というの三日ほど繰り返した。
「なんか数年分の回想みたいっすよ?」
人の心を読むなジタロー。
とにかくそんな努力の末、錬金術師の紋章持ちなら、誰でも出来る製法で作られた、魔物毒が完成した。
「お待たせみんな!」
まるで完成を見計らったように馬車でやって来たのは、もちろんリーファンだ。
「待ってたぞ!」
「通信で頼まれた資材も持ってきたんだけど、今度はなにする気なの? クラフト君」
「いつも通りの錬金だが?」
「つまり、また無茶をするんだね……はぁ」
ため息を吐くリーファン。ぬう。解せぬ。
「それは現物を見てから言ってくれ! とりあえず、テスト用の
俺は大型の樽……タンクの仕様を記した紙を渡した。
「えっと、一つは大樽の素材を金属にしただけだけど……」
仕様を流し読みしていたリーファンの視線がこちらに上がる。
「もう一つの、完全気密に腐食耐性と高圧力耐性ってなにかな?」
にっこりと笑っているが、笑ってない。
なにを言っているかわからないと思うが、俺もわからない。
「あー。一応人間には無害にするつもりだけど、念のため……な?」
「クラフト君! なにを作るのか! 今すぐ! 全部教えて!」
俺は無意識に正座して、これから錬金するものを丁寧に説明するのであった。
◆
次の日には、金属製のタンクが二機並んでいた。
さすが鍛冶王アンドヴァリの紋章持ちである。
「……うん。お試しってことで、全力で丈夫に作ったから、なにか起きても大丈夫だよ」
「信用なさ過ぎない?」
「調子に乗ってるときのクラフト君への信用はゼロだからね?」
「ぬう」
「緊急時には全バルブを一瞬で止められるようにしてあるから、これで実験してみようね」
「はい。感謝しております」
おかしい。鑑定もしてもらって、人間には無害って確認してもらったはずなのに、この厳重さはなんだろう。
「まぁいいや。それじゃ実験を始めるか。ジタロー。頼んでおいた大穴は掘っておいてくれたか?」
「もちろんっすよ。しっかり硬化岩で固めてもありやすぜ」
「助かる」
開拓村から見えないほどの距離に掘られた大穴。ちょっとした二階建ての家がすっぽり入るくらいと言えばわかってもらえるか。
そこを硬化岩で固めてあるので、見た目は巨大な風呂だな。
そこから二つの太いパイプが伸び、ちょっとした
「よし、タンクは二つとも櫓の上に設置して、パイプと繋げてくれ」
「うん。了解だよ」
リーファンが手際よくタンクを設置していく。
……見た目お子様のリーファンが、身長の何倍ものタンクを持ち上げて歩くのは、相変わらず違和感の塊だな。
「クラフト君。なんか失礼なことを考えてないかな?」
「まったくもってリーファンの気のせいであります! マム!」
なんだろう?
俺、一生リーファンの尻に敷かれる気がするんだが。
とにかく、タンクが地面から少し高い位置に設置され、準備が完了する。
「さて、今からまず、毒の気体……ガスっていうんだが、霧のようなものを流して、この穴を満たす」
人体に影響はないはずだが、念のため、全員にガスを吸わないよう注意する。
「この穴はガスを溜める……プールするからプールと呼ぶぞ」
毎回言い方が変わると誤解されるかもなので、巨大風呂もどきに名前をつけた。
「よしリーファン。バルブを開けてくれ」
「うん。いくよ」
タンクとパイプを繋ぐバルブが開かれると、プールの縁に設置されたパイプの出口から、薄紫の霧……ガスがもうもうとあふれ出てくる。
それを見て、エヴァが首をひねった。
「……毒って液体でしたよね?」
「ああ。空気に触れると気体になるんだ。バルブに仕掛けがあるんだが、そこに興味があるならリーファンに聞いてくれ」
「いえ、興味があるのは毒の方で、機械的な仕組みではないですから」
「そか。液体だと、大量に運べるんだ」
「補給の回数が減る。ということですね」
「ああ」
この実験が成功すれば、同じ施設を湿地帯を囲うようにいくつも設置する予定なので、補充回数を減らすのは重要なことなのだ。
「本来なら、この毒ガスは、無臭無色なんだが、わざと色と匂いをつけてある」
「この不快な匂いはわざとつけてたんですか」
「無害のはずだが、念のためな。それと、ガスがどのように動くか眼で見て欲しくてさ」
「動き?」
「ああ。このガスは空気より重いんだ。だから……」
俺がプールを指さすと、薄い紫の煙がゆっくり沈み、鈍い液体のように底から貯まっていく。
「煙は上にのぼっていくものだと思っていました……」
「俺も錬金術師になって、ジャビール先生の講義を受けるまではそう思ってたよ」
肩をすくめて答える。
プール一杯に魔物毒ガスが貯まったので、リーファンにバルブを閉めてもらう。
「それじゃあ次だ。もう一つのタンクを開けたら、全員隠れてくれ」
リーファンが隣のバルブを開くと、予定通り近くに作った、簡易シェルターに全員が避難する。
「今度のガスが、魔物を集めるやつっすよね?」
「ああ。この辺に住んでいるほとんどの魔物が美味しそうに思う強い香りだ。きっとすぐに……来たな」
言い終わらないうちに、アーマドベアの群れがやってくる。
あとで聞いた話だが、レイドックとソラルとジタローとカミーユは近くに来ていたのに気づいていたらしい。
魔物たちが誘われるようにプールへと降りていき、うっすらと紫の霧に包まれた。
「さて、どうなるか……」
「どーせクラフトさんのことっすから、絶対やり過ぎになってるはずっす」
変なフラグを立てんじゃねぇ!
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