183:自分の常識が、人とずれてたよねって話
たき火がパチパチと炎を上げ、鉄板の上からはじゅうじゅうという音と、肉の焼ける匂いが、俺たちの腹を直撃する。
「もう少々お待ちください」
メイドのリュウコが、手際よくアーマードベアを焼いていた。
「おいらにも活躍させてもらいたかったっすよ。レイドックさんー」
ジタローがちらちらと、カミーユとマリリンを横目で見ながらごちる。
どうやら二人に格好つけたかったらしいが、哀れアーマドベアの群れは、レイドックの大技一発で全滅した。
その様子に、今まで固まっていたジュララが、ようやく再起動する。
「い……いくらなんでも強くなりすぎだろう!」
「まったくだ。さすがにあいつらおかしいよな」
「……いや、クラフト殿も大概だぞ」
「気のせい」
「……」
信じてもらえない。悲しい。
あの腕っ節インチキ男と一緒にされたくはないぞ。
「マスター、焼き上がりました。順次焼いていくので皆様もどうぞ」
「ひゃっほー! ありがたくいただくっすよ!」
「少し癖がありますが、美味しいですね」
「開拓村の皆様もどうぞぉ~」
「そりゃありがたいが……」
「食い切れないほどあるから遠慮はいらないぞ」
「こんな匂いの強いもの食べたら、魔物が寄ってくる!」
「俺たちがいるから大丈夫だ」
「アーマードベアの肉はこんなに美味かったのか?」
「下ごしらえが少々手間なので、知らなければ食さずに破棄した方が良いでしょう」
「それを知ってるこの女は何者なのだ?」
「少々って手間ではなかったよな?」
「ぶー! 私もそのくらい覚えて、クラフト様に作ってあげるんだから!」
「言葉遣い!」
とまぁ、こんな調子で、俺たちだけでなく、残っていた開拓村の作業員なんかと一緒に焼き肉パーリーを始めた訳だが、その間にも魔物の群れがいくつも匂いに釣られてやってくる。
もちろんそんなものは、エヴァの魔法一発で吹っ飛んだり、カミーユの分身でずたずたにされたり、ジタローとソラルの矢で近づくことすらできず眉間に穴が空いて、特に問題はなかった。
「……お前たち、強くなりすぎだろう」
先ほど聞いたのと同じようなセリフがジュララから零れる。
俺はそれを無視して死骸の山を見つめた。
「この頻度で魔物に襲われたら、作業が進まないのも当たり前だな」
「我ながら情けないが、何か知恵を貸してくれないか」
「もちろんと言いたいが、どうすりゃいいか」
まだ肉を食べ続けている男性陣から一歩引いて、すでにデザートを食べ始めていた三姉妹のエヴァが、小首をかしげる。
「先ほどから来ていた魔物ですが、全て湿地の外側、森の中から現れていましたね」
「ああ。ヒュドラの主を倒したことで、湿地帯の魔物はほとんど逃げ出し、わずかにヒュドラが残るくらいだったからな」
「それなら、湿地帯を全て壁で囲ってしまえばいいのでは?」
「もちろんそれも平行作業でやるが、いくらなんでも広すぎる。小領地くらい広いんだ。リーファンの予想だと完成まで早くても数年かかる。それも魔物の脅威がなければの話だ」
「魔物を防ぐための壁を作るのに、魔物が邪魔ですか……」
「俺たちリザードマンが増えれば、少しは無理がきくのだが」
「今はまだ、開拓村周辺だけ守ればいいが、開墾が始まれば、湿地帯全体が田んぼになるんだ。その範囲全部を守れるわけがない」
うーんと
そこでレイドックが気楽にフォークを振った。刺さった焼き肉が揺れる。
「なら、こうやって匂いとかでおびき寄せて、一網打尽にすりゃいい」
「アホ。だから何度も湿地帯の広さが問題だって言ってんだろ。近くの魔物だけ集めたところで……」
そこで俺の動きがピタリと止まる。
いや、待てよ。匂いでおびき寄せるなら、かなりの広範囲をカバーできる。湿地帯を囲うように設置すれば……。
ダメだ。だから湿地帯の広さが問題なんだ。何十箇所も作らなきゃならないから、結局リザードマンだけでは魔物を処理できない。これは冒険者を相当数雇っても無理だろう。
「……魔物をおびき寄せること自体は可能だ。今は焼き肉だけど、もっと強烈な匂いがでる薬を錬金出来ると思う」
「ふむ?」
一人で答えが出ないなら、みんなの力を借りればいい。
「匂いで集めて、そこを冒険者やリザードマンが巡回すれば倒せそうだな」
「レイドック様。さすがに無理です。湿地帯が広すぎます。見回りくらいなら可能ですが、先ほどのような戦力の魔物を倒しながら巡回するのは現実的ではありません」
レイドックの脳筋発言を、エヴァがやんわりとたしなめる。
そう。巡り回るくらいなら、可能なんだ。
問題は、魔物をかき集めてしまえば、それを殲滅するのに手間がかかる。下手に集まる分、リザードマンの戦士総出の作業になるだろう。
それが何十箇所も必要なのだから無理だ。
「罠じゃダメなんすか?」
ジタローが、ごく当たり前のような顔をする。
「うちら狩人が使う、トラバサミとか設置しとけばいいと思うんすけど」
「ジタローさん。さきほど出てきたような、アーマードベアなどを仕留める罠があれば教えてください」
「さすがにあれは無理っすね!」
「ですよね」
エヴァがダメ出しするが、俺の頭でパズルのピースが揃った気がした。
なんだ?
直感が、これなら行けると叫んでいる。
だが、答えが出ない。喉の奥に小骨が引っかかって取れないようなもどかしさ。
考えろ。俺は錬金術師だろ!
エヴァの言った、魔物は外から。
レイドックの言った、匂いで集めればいい。
ジタローの言った、罠で仕留める。
「クラフトさん?」
そのときの俺は、周りの声が聞こえていなかった。とにかく思考に没頭し、歩き回る。
そして無意識に、少し離れた二人の開拓民の近くに来ていた。
彼らは大きく掘られた穴に、魔物の死骸を捨てている最中。
「早く埋めないと、死骸が腐って凄い匂いになるぞ」
村人Aに対して、村人Bが答える。
「うへぇ。数日前に捨てた死骸がすげぇ腐敗臭を放ってるぞ」
「うわぁ。この中にだけは落ちないように気をつけないとな」
「ああ。落ちたら死ぬ。社会的に死ぬ。何日も匂いが取れないだろうからな」
かちり。
頭の中で、全てのピースがはまった音が聞こえた気がした。
「うおおおお! 出来る! 出来るぞ! あんたたちのおかげだ!」
俺は叫ぶなり、二人の開拓民に抱きつく。
「な!? なんだ! 俺にそっちの趣味はないぞ!?」
「うわぁ! いくら命の恩人でも、無理だぁ!」
「アホか! 俺だってそんな趣味はねぇよ! とにかくあんたたちのおかげで方法が見えた! 礼を言うよ!」
唖然とする二人を置いて、仲間たちに振り向いた。
「さて皆の衆、忙しくなるぞ?」
全員が、ニヤリと笑みを返してくれた。
……ここで切ってくれれば格好つくのに、ジタローだけが呆れた顔で。
「クラフトさん。そうやって大事なことを隠して引っ張るのを格好いいと思うの、古いと思うんすよねー。結局どうやるんすか?」
「うぉい!」
いいじゃねーか! ちょっとくらい格好つけたって!
なんか急に、マントひるがえして振り向いたのが恥ずかしくなってきたじゃねーか!
「罠を作るんだよ! それも、魔物をまとめて即死させる!」
すると今度はジタローが眼を剥く。
「出来るんすか? そんなこと?」
「やるから! 手伝え!」
「了解っす!」
はぁー! 締まらねぇな!
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