182:開拓は、土と水と石と魔物の戦いって話


 湿地の開拓村に到着したら、巨乳に押し倒された。

 イマココ。


「……」


 ちょっ!?

 なんかエヴァがものすごく冷たい眼で俺を見下すんだけど!?

 それよりシュルルをどかして、俺を起こして!


「羨ましいっす! 羨ましいっす!」

「いいから助けろ! お願いシュルル! 俺の上からどいて!」

「えー? 久々なのにー……」


 俺の腹にまたがったまま、不満顔を見せるシュルル。

 誰も助けてくれない、神は死んだのか!?

 俺が天を仰ごうとすると、誰かの影が横に立つ。


「……シュルル。失礼が過ぎる。降りなさい。それと言葉遣い」


 呆れたような、ため息交じりの声に顔を向けると、そこには一際強そうなリザードマンが額に手を当てて立っていた。


「ジュララ!」


 貴方が救世主か!


「よく来てくれたな、クラフト殿」


 隆々とした筋肉と鱗に覆われた、二足歩行の爬虫類型亜人である、リザードマンのジュララがシュルルを押しのけて、俺を起こしてくれる。

 シュルルの見た目はほとんど人間なのだが、ジュララの見た目はほとんどトカゲだ。トカゲって言うと不機嫌になるから言わないが。


 とにかく、リザードマンの戦士で、シュルルの兄であるジュララに俺は助けられた。

 惚れたぜ! 掘られてもいい! いいわけねぇだろ!


 脳内一人ボケ突っ込みを終わらせ、にこやかにジュララと向き合う。


「久しぶりだな。元気だったか?」

「ああ。体調的には最高だ」


 漢同士の固い握手を交わしていると、シュルルが間に割り込んできた。


「ちょっとぉ! クラフト様ぁ! 私も久しぶりですよぉ!」

「言葉遣い!」

「うひゃい!」


 再びジュララに怒られ、シュルルがぴょんと一歩下がる。兄に睨まれようやく落ち着きを取り戻してくれた。


「早速だが、詳細を教えてくれ。カイルからある程度は聞いているんだが」

「わかった」


 改めて説明を聞いたが、基本的にはカイルに聞いたとおりだった。

 俺は頭の中で、最初から整理していく。


 まず、リザードマン一族がゴールデンドーンへの移住を決めた。

 とはいえ、沼地や湿地を好む種族なので、開墾途中の湿地帯に用心棒をかねた村作りを進める。

 それはリザードマンたちが永住するためでもあるし、カイルに恩を返すためでもある。


 元々この広大な湿地帯は、カイルがヒュドラ天国となっていた一帯を、巨大な稲作地域に開墾すると決めた土地である。

 たくさんのトラブルもあったが、俺たちは湿地帯のヌシを倒し、湿地帯を手に入れた。


 ヌシがいなくなったことで、ある程度の安全が確保出来た。はずだった。

 しかし、湿地帯の開拓は想像より困難を極めることになる。


 まず、その広さだ。地方の領地くらいの面積があることが、作業の障害となる。

 これが草原や森ならば、もっと作業は楽だったのだが、湿地という地形がそれを阻む。

 もっとも、湿地帯だからこそ、水田として開発できるわけだが。


 俺はそこで、リーファンの言葉を思い出し、思考を一度切る。


「そういえば、リーファンが言ってたな。開拓は土と水と石と魔物の戦いだって」


 俺の独り言をエヴァが拾う。


「それは、言い得て妙ですね。たしかに問題が起きるときは必ずそのどれかが関わっていました」

「確かに、最低でもどれか一つは必ず問題に絡んでた」

「今まで全ての問題を解決してきたのですから、これからもなんとかなりますよ」


 俺はチラリとエヴァに視線を向ける。

 どうやら、彼女なりの激励らしいと気づき、俺はニヤリと笑ったが、エヴァは冷たい視線を向けたあと、顔を逸らしてしまった。

 ……嫌われてるわけじゃないよね?


 俺は気を取り直して、思考を再開する。


 ゴールデンドーンにやってくる移住希望者はたくさんいるが、そのほとんどはリーファン町かゴールデンドーンでの仕事を望んでいる。

 そりゃ、主街道から遠く離れた湿地帯の村に来たがるやつは少ない。


 だから、開拓民がなかなか集まらないという問題も発生した。


 リザードマンの村と、湿地の開拓村は別の村である。

 なので、人間側の開拓村には、リザードマンの戦士と冒険者が派遣され、防衛することになった。


 それで安全を確保し、ようやく移住者も増え始めていたのだが、再び湿地帯に魔物が増え、応援を要請したのが、今回の顛末である。


「なるほど」


 ジュララの説明と、カイルに見せてもらった報告書に齟齬はない。リザードマンたちを信用しているからこその確認作業である。


 よく、信用しているなら確認などいらないだろう、とのたまう馬鹿がいるが、それは全く逆だ。信用しているからこそ、安心して調査も確認も出来るのだ。

 どちらかというと、亜人差別をする人間に対する、信用証明を普段から集めておく印象である。


 ゴールデンドーン……エリクシル領内において亜人差別はほとんどなくなっているが、忌避感があるものもまだいるし、新しく移住してくるものの中には、頭ごなしに亜人を差別するものもいるのだ。

 今回の湿地帯開拓の遅れも、そのような者たちの攻撃材料になりかねないことから、カイルは俺たちを派遣している。


 ……まぁ、ゴールデンドーンに半年も暮らせば、そんな考え吹き飛ぶ奴が大半ではあるんだけどな。


 そしてそのことを理解しているリザードマンたちは、開拓に全力を尽くしてくれている。それにも関わらず、問題を解決し切れないのだから、いったいどれだけ大きな問題なのか。


「それで、魔物の量はどのくらい――」


 ジュララに魔物の襲来頻度を聞こうとしたところで、視界の隅に砂埃が舞った。


「ちっ! またか!」


 ジュララが振り向きながら、槍を構える。

 もちろん俺たちも同時に戦闘態勢だ。


「「”遠見”」」


 俺とエヴァが同時に遠見の魔法を発動。

 どうやら、森の中から、ひらけた湿地に、魔物の一団がのそりと出てきたようだ。

 先ほど砂煙が上がったのは、巨大な魔物が、大木をへし折ったかららしい。


 ジュララが舌打ちする。


「ちぃ! また、アーマードベアの集団か!」


 その声に、俺は思わず目を見張り、遠見の精度を上げ、しっかりと魔物の姿を捉える。


「なんだって? 王国にはほとんど生息してないって聞いてるが!?」


 ぱっと見、鎧を着込んだ巨大な熊がいた。

 だが、間違っても野生動物の熊などではない。

 額からは両手剣に似た鋭い角が生え、両手には、爪と言うには凶悪過ぎる、これまた剣の様な営利な爪が生えている。

 冒険者ギルドで昔聞いた話だと、サイクロプスよりもキマイラよりも強く、一匹でも絶望的だが、群れに見つかったら死は免れないらしい。


「ジュララの口ぶりだと、今回が初めてって訳じゃなさそうだな」

「ああ。アーマドベアだけじゃない。オーク、ゴブリン、オーガ、サイクロプス、ヒュドラにキマイラ。魔物の見本市の有様だ。湿地の守護を任されたというのに……不甲斐ない」


 いくらリザードマンが優秀な戦士で、かつスタミナポーションの原液がぶのみで作業と戦闘と訓練をしているとはいえ、まともに相手になる戦力ではない。


「全然不甲斐なくなんてねーよ! むしろよく少人数のリザードマンだけで二つの村を守ってくれた!」

「だが……」


 表情を歪め、言葉を続けようとするジュララの肩を、レイドックがぽんと叩いた。


「あとは俺たちに任せとけ。とりあえずは、あいつらの掃除だな」


 アーマードベアの群れは二十匹ほどか。

 これが熊なら、俺たち人間に気づけばむしろ逃げていくのだろうが、そこは魔物共通の反応。「人間を見つけたら襲いかかってくる」の法則通り、こちらに気づくと、水しぶきを上げながら突進してきた。



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