185:思ってたのと、違う使い方があるって話
錬金硬化岩で作られた、巨大プールに引き寄せられるアーマドベアの群れ。
中に満ちているのは泳ぐための水ではなく、魔物を呼び寄せる香りと、毒のガスだ。
ベアたちは、匂いの元を探して、プールの中を右往左往している。
「なにも起きないですね」
「おいら、魔物が中に入った瞬間、身体中から血が溢れながらのたうち回って死に絶えると思ってたっすよ!」
「なにそれ怖い!」
まぁ、そういう毒も作れないこともないが、人間にも影響が出る毒ばかりだったので除外した。なにより怖いじゃん。
それにいきなり死んだら、一緒にいる魔物にも警戒されるからな。
「慌てるな。まぁ、見てろよ」
俺たちは息を潜めて、そのまま慎重に様子を窺う。
アーマドベアたちは、匂いはすれども見つからない美味しい獲物を探して、プールの中をうろうろしている。
うっすら色のついた魔物毒にどっぷり浸かっているので、身体の隅々にまで浸透したことだろう。
次第にアーマドベアたちの動きが緩慢になり、一匹一匹と座り込み、そのまま眠り始める。
まだ起きている魔物も、単純に寝ているだけの魔物に興味を示さず、獲物を探し歩くが、結局他の仲間のように、次第に泥のように眠りへとつく。
もちろん。それは永遠の眠りだ。
「死んだっすね」
「ああ」
「いいっすね! おいらも狩りで使いたいっす!」
「待て待て。お前が狩るのは動物で、魔物じゃないだろ!」
「だめっすかー。おっと、それより今のうちに素材を剥いで来るっす」
ちなみにこれが動物だったら、かわいそうなんかの感情を出てくるが、人間を必ず敵に見る魔物相手だと、誰も慈悲の思いは湧かない。
なので、魔物は倒すべき敵で、魔石で、素材としてしか認識できないのだ。
別にジタローが無慈悲というわけではないのは、はっきりさせておこう。
素材を集めるため、飛び出そうとするジタローを、慌てて手で制した。
「ストップだ! まだ続きがあるから!」
「なんすか?」
ジタローを抑えて、そのまましばらく観察を続けると、突然、魔物の死体がドロリと溶け出す。
「ぅえぇ!?」
叫んだのはエヴァである。
魔物はそのまま肉が溶け、骨になるがそれもすぐに溶け、あっという間に魔石だけを残し、透明な水たまりになった。
さらにその水たまりは、沸騰したお湯のように、みるみると蒸発していく。
その場に残されたのは、キラリと輝く魔石だけだ。
しばし沈黙が支配する。
それを打ち破ったのは、ジタローの呟きだ。
「……なんか逆にエグくないっすか?」
「え!? いや、ゆっくり眠りにつくから、魔物の仲間にも警戒されないし、死骸の処理も必要ないだろ!? 魔石以外の素材は取れないけど、管理が楽だと思って!」
言い訳する俺を、全員が半目で見つめていた。
リーファンとエヴァが深いため息を、鉛のように吐き出す。
「ふう。やっぱりクラフト君はクラフト君だよね」
「相変わらず、自分のしたことの大きさが理解出来ていないようですよ」
「ええ!? リザードマンたちの要求を必要十分に満たしていると抗議します!」
めっちゃ考えての結果なのに!
「満たしすぎなんだよ! これ、下手したら魔石鉱山みたいな使い方も出来ちゃうから!」
リーファンに突っ込まれ、しばらく思考する。
「……あ」
魔物が無限湧きしているとしか思えない辺境で、この罠を仕掛けるってことは……。うん。なるほど。無限魔石収集機になっちゃうね。
「あはは」
「あははじゃなよーーーーーーーー! クラフト君! そこに! 正座!」
「はい!」
俺は光の速さで正座して頭を下げた。
違うんだ。そんなつもりはなかったんだ。
まさか、魔物ホイホイが、魔石ホイホイになるなんてよーーーー!
その場にいる全員が、やれやれと頭を振ったのであった。
◆
俺はカイルに通信で相談し、対魔物毒ガスに関して、当面の間、ジャビール先生以外に秘匿することとなった。
その上で、湿地帯の周辺に、魔物ホイホイを設置していくことに。
リーファンの指揮もあり、数日で湿地帯を囲うように、数十の魔物ホイホイが設置され、すぐさま稼働する。
「今までの魔物たちが嘘のように現れなくなったな」
「さすがクラフト様! 素敵! だめ! 我慢できない! やっぱり私の中に子だぬぇえええ!?」
ジュララが、ズガンと強烈なげんこつを、シュルルの頭に落とした。
「いくらなんでもはしたない! クラフト殿に迷惑をかけるな! それと言葉遣い!」
「兄さんには、最高の勇者の子供を産みたいっていう気持ちがわかんないの!?」
「クラフト殿の子が欲しい気持ちはわかる! が! だから無礼を働いていいという理屈はない! クラフト殿の寵愛を受けたければ女として認めてもらうのが先だ!」
「まてまてまてまてーーーーー! そうじゃない! そうじゃないだろジュララぁ!」
味方だと思っていたジュララの裏切りに、俺は泣きそうになる。
「お前は妹をたしなめなきゃダメだろぅ!?」
「ああ。無理矢理はいかん。あくまで女として認めてらうのだ」
「だああ! この話はおしまい! まだ続けるなら、もう毒ガス造んないからな!」
「ぅぐぅ……」
俺の宣言に、シュルルとジュララが黙り込む。少し強引だったが、不毛な会話をやめさせた。
シュルルは嫌いじゃないけど、こう、なんていうか、ちょっと野生的すぎるの! 気づいて!
見かねたレイドックが俺たちの間に、手をひらひらと振りながら割り込んでくれる。
「話が逸れてるぞ。魔物はもう湿地帯に入り込んでないんだな?」
「ああ、すまない。リザードマンの戦士全員で、見回っているが、周囲の魔物は全て魔物ホイホイに吸い込まれていく。いくつかずっと見張っていたが、変わらない吸引力に脱帽しているところだ。それどころかまだ湿地帯の中に残っていたヒュドラまでもが誘い出されているぞ」
なんと。それは朗報だ。
「いずれ、魔物が好む匂いが警戒される日も来るかもしれないが、その頃には湿地帯を囲む壁も出来てるだろう。あとは定期的にガスの入れ替えと見回りをジュララたちリザードマンに頼むよ」
「うむ。本当に助かった。あとは任せてくれ。魔石は全てカイル様に送ろう」
「全部はさすがにもらいすぎだ、いくつかは――」
「なら、魔石でガスを購入していることにしてくれ。周囲にガスの原価を高いと思わせておけるし、一石二鳥ではないか?」
おおう。
めっちゃ有用な意見が出てきたぞ。割と脳筋だと思っていたので驚いた。すまん。心の中で謝罪しとこう。
「わかった。なら遠慮なくそうさせてもらうが、金とかに困ったらちゃんと言えよ」
「そのときは無理せずに相談させてもらおう」
もしかして、村長になったことで、色々自覚がでてきたからだろうか、凄い有能感が醸し出されてるよ!
頼りになるわ!
あとはシュルルを抑えといてくれれば完璧よ!
「よし。ガスの造り置きはしてあるし、今後しばらくはゴールデンドーンから輸送する手はずも整えた。それじゃあ俺たちは戻るか!」
「「「おう!!!」」」
こうして我が家に戻ったあと、再びミズホ神国との行き来が活発になるのであった。
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