170:実力は、実際に見なきゃわからないよなって話
さて、船を破壊している触手は、レイドックとエヴァの活躍で、あっという間に撃退。
だが、あの八ツ首ヒュドラのような再生能力がないとは言えない。
巨大イカの本体は、陸から少し離れたところで顔を出し、残った触手をうねうねとさせている。本体の大きさも、大型船を上回るほど巨大なので、泳いで近づけば、こちらが瞬殺されてしまう。
だが、レイドックは困った様子もなく振り返る。そして一言。
「エヴァ」
「任せてください、レイドック様!」
エヴァは、古の魔法使いが良く好んだという、とんがりつば広ハットをくいっと持ち上げ、これまた古風なワンドを構えた。
彼女が小さく息を吸い込むと、不可視の魔術式が展開され、大量の魔力が凝縮されていく。
もともとエヴァは優秀な魔術師だったが、
そして静かに、魔法を発動させる。
「
かつて見た、鋼で出来た荊薔薇の牢獄が、巨大イカを覆うように出現した。
だが、あれは防御魔法だったような?
いや、魔法の名前が違うな。
荊薔薇はイカを守るどころか、巻き付き、締め上げ、その鋼の棘を体中に食い込ませ、さらには蛇のように動き回り、その身体をずたずたにしていくのだ。
……エグい!
ものの数分で、災厄のような巨大イカは、哀れ使い切ったぼろぞうきん以下のイカと成り果て、バラバラと海に沈んでいったのだ。
合掌。
「レイドック様! 見てくださいましたか!? 鋼荊薔薇牢獄を改良した、オリジナルの魔法なんです!」
「お……おう。なんというか、凄い魔法だったな」
「頑張りました!」
褒められて興奮しているエヴァには悪いが、レイドックの野郎、どっちかっていうと引いてるからな。
エヴァにしてきしてやったほうがいいのだろうか?
それまで、呆然と成り行きを見守っていた漁師たちが、ようやく我に返る。
「あ、あんたら凄いな! 帝国の冒険者はたいして役に立たないと思ってたが、あんたらみたいなのもいるんだな!」
この国に来てからちょいちょい耳にする、帝国の冒険者。
どうやら、東の帝国とは、それなりに交流があるようだ。王国の人間だと訂正するべきか悩んでいると、再び轟音が響き渡る。
再び巨大な水柱が上がり、さらに三体の巨大イカが、港のすぐ近くに顔を出したのだ。
「なんで入り江に、こんなにクラーケンが出るんだよ!?」
「冗談じゃないぞ! 海軍はなにをしてるんだ!」
「あんたらも逃げた方がいい!」
漁師や船員たちが、慌てて逃げだそうと、北門に続く街道に走り出すと、その先に砂煙が上がっていた。
それは鳥騎兵の軍団のようで、おそらく一〇〇騎ほどがこちらに爆走している。
ミズホの武士が乗るのは、二足鳥が標準らしい。ペルシアとお揃いだな。残念ながら、愛鳥テバサキは宿に置いてきているが。
先頭の鳥騎兵が到着すると、武士が俺たちや漁師を見渡す。
「クラーケンが出たと聞いて駆けつけたのよ。だけれど皆、無事でよかったのよ」
なんと、その武士は女だった。
しかも、結構な美人だ。この国に多い黒髪で、気の強そうな顔つきをしている。
見た感じ、俺より年下かな。
他の武士と違って、この女武士の鎧は、かなり軽装だ。
彼女は指揮官で前線に立つタイプじゃないのかもしれない。
「ノブナ様! クラーケンが! クラーケンが四匹も港に現れまして!」
「大変じゃないのよ! ……三匹しかいないようよ?」
港で暴れている巨大イカに目をやり、ノブナと呼ばれた女武士が首を傾げた。
「それはこの人たちが退治してくれたんですよ!」
「ええ! それは見事な剣術と魔法で!」
「あんな凄いのは初めて見たな!」
興奮する漁師たちに、複雑な表情を見せるノブナ。
「それは私たちよりも凄いってことなの?」
「え!? いや、それは……」
「ノブナ様の剣術やオンミョウ術と比べたら……」
口淀む男たちに、機嫌を悪くするノブナに、ようやく追いついてきた武士の一人が声をかける。
いや、武士ではなさそうだ。この男は白いひらひらとした服を着ている。
その後ろに同じ装束の騎馬が少数続いているので、魔術師部隊かなにかだろう。
「ノブナ……それより、クラーケンをどうにかするんだな。みんな困ってるんだな」
今まで見てきた武士は、どいつも強者のオーラを滲ませていたが、こいつはなんというか、妙に腰が低い。
服装も相まって、なんか弱そうに見えると言ったら失礼か。
「はやく指揮をとってくれないと、攻撃できないんだな」
「わかってるのよ、カネツグ」
どうやら、このおどおどした男はカネツグと言うらしい。
「武士は全員抜刀! 陸に取り付いてる足を攻撃! 陰陽師は本体を攻撃! まずは一番近いあれを狙い撃つのよ!」
「「「はっ!!!」」」
鎧を着た武士たちが、船を沈めている触手に攻撃を始める。驚いたことにノブナは先頭で突っ込んでいた。
「
俺よりも年下に見える少女が、高威力の技を放つ。
「なんだあれ!? 格好いいぞ!?」
「ずるいっす! おいらもあんな技名叫びたいっす!」
なんか妙に格好いい技に、俺たちが見とれていると、レイドックが「ふむ」と、軽く剣を振った。
そして、ニヤリと微笑む。
「ちょっと加勢してくる。お前たちはカイル様の護衛を」
「私も行くわ!」
「なら、俺とソラルだ。他は待機」
「なら私も……」
「いや、連携訓練をしてない魔術師だと、彼らの邪魔になるかもしれん」
「そう、ですか」
ソラルがこれ見よがしにエヴァを見下ろし、それに対してエヴァが怖い顔を向ける。
お願い、やめて。
「行くぞソラル! 武士たちの邪魔にならんよう、手空きの一匹をやるぞ!」
「うん!」
一〇〇人近いミズホ神国の兵は、戦力分散の愚を犯すことなく、一匹に戦力を集中し、残りには牽制のみ行っていたので、レイドックとソラルはその手の回ってない一匹へと駆け寄る。
「……こうか?
軽く片手で振るった剣技は、まさに先ほどノブナが放った一撃と同じ技だったが、威力は目に見えてこちらの方が高い。
その一撃で触手の一本が七つに分断され、陸地にぼとぼとと落ちる。
それに驚いたのは俺たちだけじゃない、武士たち……特にノブナとカネツグが驚いていた。
そして、ノブナがちょっとむっとする。
「なかなかの使い手ね……でもこれは無理でしょう!
ノブナの持つ、片刃の大剣に、吹雪の幻覚が見えた。
魔法とは少し違う、意志力の強さに応じて、超常の現象が発現。
神秘的なまで美しいその一撃が、とうとう触手を砕く。
武士たちによってだいぶダメージを受けていたとはいえ、見事な剣技だった。
それにしても……。
「なんかこの国の剣技、格好良すぎないっすか!?」
「同意するわ」
エヴァも激しく首を縦に振る。
なんなのあれ。ずるい。
だが、もっとずるいヤツがいた。
「……
それは猛吹雪。
海の一角が凍り付くんじゃないかと錯覚するほどの冷気が、触手の一本にまとわりつき、次の瞬間、粉々に砕け散った。まるで氷をハンマーで砕いたかのように。
もちろん。レイドックの野郎だ。
くっそ!
ノブナたちは、口を開いたまま、唖然とレイドックに釘付けになっていた。気持ちはわかる。
だが、そんな彼らを無視して、白装束の男たちが、呪符らしきものを掲げた。
カネツグの部隊である。
「「「我は願い奉る。冥府よりおいでませ!
男たちが宙に投げた呪符が、形を変え、見たこともない魔物へと変化する。
その姿は一見大きな鳥なのだが、上半身が女の身体をした、不気味な生き物だったのだ。
「うおっ!?」
俺は思わず身構えたが、その魔物たちは羽を広げ、海上のクラーケン本体へと殺到する。
白装束が召喚(?)した魔物たちが、一匹のクラーケンをどうにか倒し終えると、同時に魔物は呪符へと戻ってしまったのだ。
「見たこともない魔法ですね。召喚術の一種でしょうか」
エヴァが興味深げに、呟いた。
「ああ。世の中は広いな。だが、紋章持ちなのは間違いなさそうだ」
「ええ。ゲネリスさんが知ったら喜びそうですよね」
紋章官の名前を聞いて、俺は口元を歪めてしまう。
「そうだな。きっと大騒ぎしてたに違いない」
思わず顔を合わせて笑ってしまう。
「残りは二匹ですね」
ま、大丈夫だろ。
だってほら、今まさに、ソラルが大技をぶっ放そうとしてるところだからな。
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