169:美味しい食材は、見た目は関係ないよねって話


 珍しい絶品グルメを堪能した俺たちは、街の北側にあるという海へと足を運ぶことになった。

 海を見るのは初めてなので、楽しみである。

 これは食事処で聞いた情報だ。

 ミズホ神国の城壁は、北側にも広がっており、ぱっと海は見えない。

 ミズホの街は、ゴールデンドーンと比べると小さいと言ったが、今まで見てきた城塞都市よりは遙かに大きい。王都より少し小さいくらいなのだから、普通に考えたら巨大都市だ。


 結構な距離を歩いて、ようやく北門へと到着する。

 マイナのペースに合わせているので、一般人と同じ徒歩スピードだから、時間がかかっただけかもしれんが。

 すると、城門に立っていた武士がこちらに声をかけてきた。


「あんたら帝国の冒険者か? 今日は冒険者ギルドに討伐依頼は出していないはずだが」


 俺とカイルが顔を見合わせる。


「いえ、私たちは南の王国から、観光でやって来ました。この先に海があると聞いて、見物に来たのです」


 目的は観光ではないが、ここで使節団だなんだと説明するのが面倒だった。


「それは珍しいな。だが、あまりおすすめはできん」


 俺とカイルが顔を見合わせる。


「どうしてでしょう?」


 もしかして、港が軍事機密にでもなっているのか。

 川ならまだしも、海に港を持つ国は、そうとう珍しいらしいからな。


「この先の海は、大きな入り江になっていて、湾内はかなり安全ではあるのだが、それでも時々魔物が迷い込むこともある。観光するなら安全な街中のほうがいいのではないか?」


 どうやらただの親切だったらしい。

 カイルは少し考えたあと、頷いた。このメンバーなら問題ないだろう。


「ご忠告ありがとうございます。こちらには頼もしい護衛もいますから大丈夫です」

「そうか。なら無理には止めぬ。気をつけて行かれよ」

「はい」


 北門を出てしばらく進むと、ようやく眼前に巨大な水たまりが見えてきた。あと、風に乗ってちょっと生臭い匂いが漂ってくる。

 入り江は大きく、水平線ぎりぎりに岬が覆うように伸びている。

 港に近づくと、大小様々な木造船が、大量に浮いていた。

 港の規模は大規模なもので、近づくと巨大な船も多々見受けられる。

 それでも、入り江が巨大なので、遠目にはスカスカに見えたほどだ。巨大な湖がすっぽりと収まる入り江と言えば、なんとなく想像がつくであろうか。


「立派な港ですね。大型船の発着場は特に施設が凄いです。小型船の発着場は雑多な感じですが」

「なんにせよ、活気があるな」

「クラフト君! 見て見て! あそこの船! 凄い量の魚が積んであるよ!」


 船に大きなイケスを内蔵しているのだろう、イケスからいくつもの大樽に、たくさんの魚を移しているのが見えた。

 俺たちは、引っ張られるように近づいていく。


 船員か漁師かわからないが、全員上半身裸で、滝のような汗を流しながら作業を進めている。日に焼けた肌で、浅黒い。

 細身だが屈強そうな男が、こちらに気がつく。


「ん? なんだ?」

「あ、失礼しました。観光であちらこちらを見回ってたんですが、お邪魔でしたか?」

「いや! 構わんよ! 今日は大漁だったから気分もいいしな!」


 快く受け入れてもらったので、俺たちは物珍しげに、荷下ろしの様子を見学させてもらう。


「見たことのない魚ばっかりだな」

「うおっ! あっちの魚、ジタローと同じくらいの大きさがあるぞ!?」

「食いでがありそうっすね!」

「なんか共食いみたいな言い方になってません?」

「刺身、食べれる?」

「マイナ……まだ食べたりないのか?」


 わいわいがやがやと、いろんな魚を見せてもらう。船の男たちも、いちいち驚く俺たちが面白いのか、変わった魚を色々教えてくれた。


「へぇ。蟹ってそんな美味いんだ?」

「おう! 茹でて良し! 焼いて良し! しゃぶしゃぶなんて最高だな!」

「その料理は知らないな」

「なら是非食べてくといい! 美味い店を教えてやるよ!」

「これは鯛! なにより刺身が最高だ!」

「これはタコ! おでんやたこ焼きがおすすめだな!」


 ペルシアがタコを見て叫ぶ。


「ちょっと待て! その触手の悪魔みたいな魔物を食すだと!?」


 たしかに、スライムとローパを足して二で割ったような見た目をしている。


「これは魔物じゃないから、普通に食えるさ! 見た目が一緒の巨大な魔物もいるけどな!」

「それは魔物の子供ってことじゃないのか!?」

「全然違うさ。ならこっちはどうだ? イカって名前なんだが、これも美味いぞ!」

「タコとたいして変わらぬではないか!」


 だいたいこんな感じだ。

 タコとイカってのが、食い物に見えないのは、ペルシアに同意する。

 それはそれとして、海は食材の宝庫らしい。

 安全で巨大な入り江があると、こうも食生活が豊かになるのか。


「なぁカイル。王国にこういう入り江はないのか?」

「どうでしょう? 僕は知りませんが、探したらあるのでしょうか? ただ、海の周辺で人類が住める場所はまだまだ少ないですから、海側の開拓が進めば見つかるかもしれませんね」

「どっちにしろ、王国の海は南側だからな。俺たちが手を出せる場所じゃないか」

「そうですね」


 ゴールデンドーンは、王国の北西なので、南のことには手を出せない。

 逆に国外の小国家群と、交友しようってんだから、いやはや。


 そんな楽しい時間は唐突に終わる。

 近くの大型船が、突然粉々に砕け散ったからだ。

 轟音と水しぶきが同時にあがり、砕けた船体の一部がこちらにすっ飛んでくる。


「「”虹光障壁”!!」」


 俺とエヴァが、同時に防御魔法を張る。

 発動が早く、ほとんどの攻撃に対応できることから、咄嗟に使うことの多い防御魔法だ。

 そのぶん強度が他の防御魔法に劣るのだが、黄昏と賢者の二人が放つこれは、並みの防御力ではない。

 折れたマストの一部を、軽々と跳ね返す。


「カイル様! マイナ様! クラフトのそばに! リュウコさんもだ!」


 間髪入れずにレイドックが指示を飛ばす。

 俺はカイルとマイナの手を引き、近くの漁師小屋の近くに立つ。

 ついでなので、漁師たちを小屋に押し込み、一緒に守ることにした。


「ペルシアとマリリンとジタローは直掩につけ! 残りは……あれを叩くぞ!」


 レイドックが視線を向けた先には、長く巨大で、いくつもの吸盤を持つ謎の触手がうねっていた。

 白い触手が、小型の木造船に巻き付き、バキバキと粉々にしてしまう。

 しかも触手は複数。

 そして、少し離れた海面から顔を出すのは、これまた、白く巨大な二対の三角ヒレを持つ、縦長の胴体。

 俺は思わず叫んだ。


「イカじゃねーか!」

「やはり魔物ではないかぁ!」


 俺だけでなく、ペルシアも叫ぶ。気持ちはわかるぞ!

 マイナを不安にさせないよう、話しかけようとするも、その心配はなかった。


「美味しそう」


 なんかごちそうを見るように、目を輝かせておられる!

 あれ?

 なんかマイナ、性格変わった?


「お前ら……気合いが抜けるだろ」

「そんくらいで、お前らが苦戦すんのか?」

「まだ魔物の強さもわからねーっつの」

「それでも心配してねーけどな」


 俺とレイドックがニヤリと笑う。


「んじゃ、期待に応えますか。よし! 邪魔な触手は俺とカミーユで減らす! あっちの胴体はエヴァとソラルで攻撃!」

「「「了解!!!」」」


 近くに接岸していた船を破壊していた触手に、蒼き剣聖レイドックが肉薄する。もはや木片になった船の残骸の上を走り抜け、オリハルコンの剣を振るう。


「”紅蓮昇竜剣撃”!」


 炎を纏った剣が、大木のように巨大な触手を、ズタズタに引き裂き燃やした。

 おいおいおい。あの技はタメが大きく、連発出来ないんじゃなかったのかよ……。

 八ツ首ヒュドラ戦で、その威力を見せつけた大技を軽々と放つレイドック。どうやら剣聖の紋章を得たヤツの実力は、桁が二つくらい上がっているらしい。


 それとは別の触手に、カミーユが近づく。

 ……今、海の上を走ってなかった?

 その速さは尋常ではない。一瞬で触手に肉薄したと思ったら、とんでもない技を放った。


「……”幻影分身ミラーリングアバター”」


 カミーユがぼそりと呟くと同時に、彼女が突如、何人にも増えたのだ。


「なんだあれ!?」

「分身してるっすよ!?」

「くのいちの紋章の技か!?」

「あんなにいるなら、一人くらいおいらがもらってもいいっすよね!?」


 いいわけあるか!

 だいたいあれは技の効果で、実際に増えてるわけじゃねーだろ!

 それにしても、やたら格好いい技名だな、おい!


 だが、俺たちの驚きはさらに続く。


「「「「”暗踊葬双”」」」」


 なんと、分身した全てのカミーユが、乱舞系の技を繰り出したのだ。

 幻影や錯覚だけの技ではなく、その分身全員が、効力のある技を使ったのだから、呆れるにもほどがある。

 当然、巨大な触手といえど、一瞬で細切れと化す。


「……あの紋章もやばかったわ」

「頼りになるな」

「ああ……一人に戻っちゃったっす……」


 お前はなにを残念がってるだ。


「一口サイズで……串焼きにちょうど良さそう」


 今日一番の驚きは、マイナのその発言だった。

 マイナさーーーーーん!?



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