168:美味いものは、誰でも幸せになれるって話


「う! 美味い! 美味すぎるっすぅぅうううう!」


 ジタローが天に向かって叫んだ。

 その気持ちは良くわかる。この国に来てからというもの、食べるもの食べるもの、全てが美味いのだ。

 好き嫌いはあれど、美味しくないものが一つもない。


「あっちにも、なんかあるっすよ!」


 ジタローが俺たちの返事を待たず、次の料理屋へと特攻する。


「今度はなんのお店でしょう?」

「さっきの天ぷらってのは美味かったよなぁ」

「俺は牛丼だな。牛と米の料理なんて珍しくないのに、妙に美味いんだよな」


 カイル、レイドック、俺と感想を言い合う。

 するとレイドックの横に張り付いていたエヴァが指を立てた。


「おそらく、調味料が違うのでしょう。庶民が気軽に使える、旨味の強い調味料が普及している事実には驚きますが」

「普通、調味料って言ったら塩だもんな」

「はい」

「ねぇ、エヴァ。偉そうに解説してるところ悪いんだけど、さすがに私の彼氏・・・・にくっつき過ぎじゃないかしら?」


 レイドックを挟んで、エヴァの反対側の腕に抱きついていたソラルが、剣呑に牙をむく。


「初めての土地なので、か弱い女性が、強い男性のそばにいるのがそんなに不思議ですか?」

「あんたのどこが、か弱いってのよ! 森一つ焼き払う爆撃女が!」

「貴女だって、弓の一本で城壁に大穴空けられるんじゃないですか? 弓女神さん?」

「ちょっ! それ言わないで!」


 いつものやつが始まってしまった。

 二人はレイドックに任せて、俺はカイルに向き直る。

 一瞬、レイドックが「俺を見捨てるな!」って顔をしていたが、知るか! イケメンに呪いあれ!


 さて、俺たちはミズホのお偉いさん方から連絡が来るまでやることがない。そこで、他国の文化を知るという名目の元、街中を探索しているのだ。

 活気あふれるミズホ神国の街並みは、俺たちの気分も盛り上げてくれる。

 まぁ、つまり、お上りさん集団の出来上がりだ。カイルですら、興奮を隠し切れていないんだからしょうがないわな。


 しかも、先頭を張り切って進むのは、ジタローだ。調子に乗らないわけがない。

 鼻をひくつかせては「この店が気になるっす!」とか、「あの屋台は絶対に当たりっす!」と根拠なく叫んで、止める間もなく突撃していくのだから、俺たちとしてはついて行くしかない。


「あいつが興味を持つ店が、全部飲食店ってのはあれだが、マジでなに食っても美味いな」

「はい。驚いています」


 ジタローが次に飛び込んだのは、今までより少しばかり高級そうな店だった。

 店に入ると、すぐに人数を見て、大部屋に案内してくれる。店員対応もフレンドリーで礼儀正しく、好感が持てる。

 カイルがメニューも見ずに、注文を述べた。


「すみません。私たちはこの国が始めてなので、どんな料理があるかわかりません。いろんな味を楽しめるコースをお願いできますか?」

「あいよ!」


 なるほど。この店は他の店と違って、一つの人気商品を売るのと違い、様々なメニューがあるようだ。なら、おすすめを色々持ってきてもらうのがいいだろう。

 それにしても……。


「マイナ。まだ食べれるのか?」

「ん。食べる」


 マイナはふんすと鼻息を鳴らす。

 ここまでにも、結構食べたと思うんだが……。

 俺やレイドックなんかの冒険者は、大食いが多いので不思議じゃないんだけど、マイナの小さな身体のどこにそんなに入るのか。

 リーファンならわかるんだけどな。


「……クラフト君。なんかものすごく失礼な視線を向けられてる気がするよ?」

「滅相もない!」


 リーファンって食いしん坊のイメージがあるなんて、口が裂けても言えない!

 俺は両手で口を塞いでいるというのに、リーファンの目が冷たい。おかしい。口にはしてないはずなんだが……。


「貴様は感情が表情に出過ぎなのだ」


 ペルシアが呆れながら、肩を竦める。

 ポンコツにだけは言われたくねぇー!


「……たたっ切ってやろうか?」

「なんでよ!?」

「全部顔に出てる」

「馬鹿な!?」


 こんな感じで、わいわいがやがやと、観光を楽しんでいた。

 いや、視察だからね? 視察。


 大量の料理が運ばれてくると、俺たちは目を点にすることになった。

 巨大な船の模型の上に、これでもかとおかずが並んでいるのだが……。


「なぁ、これは生の魚を切っただけじゃないのか?」


 俺は恐る恐る、店員に聞いてみた。


「切っただけ……なんて言われると手を抜いてるように聞こえるけど、美味しく切るには技術がいるんだよ」


 生魚なのは否定されなかった。

 なにより……。


 びちびち。

 身体はすでに骨だけになってる、頭だけの魚が、ぴくぴくと動いているのだから、生なのは間違いないだろう。


「こっちのショーユをつけて食べてみな! 美味いから!」


 いや、美味いけどって言うけど、今まさに、自分の身体を食べられる様を、ご本人様に見られながら食すってのはいささか……。

 だが、俺の戸惑いをよそに、マイナはフォークで切り身をぷすりと刺し、黒いソースにつけてから、口に運ぶ。

 もぐもぐと咀嚼し、こくりと飲み込む。

 すると、先ほどより動きを速くして、次から次に、切り身をフォークで刺しては食べていく。


「マ、マイナ?」

「これ、美味しい」


 ひょいぱく、ひょいぱくと手の進むマイナ。それに比例して減っていく切り身。

 その瞬間、恐怖より食欲が勝った。

 思い切って、マイナのまねをして口に運ぶ。

 みずみずしくしゃっきりとしていながら、淡泊だが、旨味のにじむ切り身と、塩気が強いのに、塩と違い不思議な風味のあるソースが絡まって、今までに食べたことのない、新しい味覚が口いっぱいに広がった。


「これ……美味いぞ!? 嘘だろ!?」


 俺の叫びに、同じく手を伸ばしかねていたやつらも、恐る恐る口にし始めると、全員が目を丸くする。

 もともと冒険者なんて、食えるだけでも幸せって時代を、多かれ少なかれ過ごしてるやつばっかりだしな。


「驚きました。これは、今までに味わったことのない美味しさです」

「お姉、これ好き」


 カイルも口にして、驚いていた。


「これは、凄いですね。ゴールデンドーンの魚でも試してみましょうか」


 給仕をしていた店員が、それを耳に挟んで忠告してくれる。


「あんたがどこに住んでるのか知らないけど、生で食べれる魚は、基本的に海にしかいないよ! 川魚だったらやめときな!」

「そうなのですか……残念です」


 海か。そういえば、王国の南にも海はあったはずだが。

 そのことをカイルに聞いてみる。


「海は強力な魔物の巣ですから。漁は難しいんですよ。釣りくらいなら出来るらしいですが、船は絶望的です」

「そうなのか。知らなかったぜ」


 そういえば、海上を使った輸送とか、他国への連絡とか聞いたことないもんな。

 ほんと、この世界は魔物で埋め尽くされてる。忘れそうになるときもあるけどよ。


「あれ? それじゃあこの国はどうやって海の魚をこんな大量に仕入れてるんだ?」


 すると店員がにやりと笑う。


「そりゃあ、猟師と武士様が、海の魔物を蹴散らしてくれるからさ」


 どうやら、この国の戦士は、想像以上の実力らしい。


「食べ終わったら、海を見に行ってみましょうか」

「そうだな。それよりも」


 俺は、哀れ頭と尻尾以外、骨だけになってしまった魚クンとにらみ合っているペルシアの肩を叩く。


「護衛が主より先に、食事を口にしないってのは怠慢だよなー」

「う! うるさい!」


 先日の意趣返しに、ちょっとばかりイジると、顔を真っ赤にしてペルシアが怒鳴った。

 うん。誰だって苦手なもんはあるよな。


 もっとも、どんな毒や食中毒になったとしても、俺が即座に治せるっていう、信頼の上でだろうけどね。


 だが、ペルシアを凹ますことで、俺の気持ちは少しばっかり晴れた。

 こいつが合流したとき、思いっきりボコられたからな!

 お前が風呂に入ってるタイミングなんぞ、わからんわ!


 その後、思い切って切り身を食べたペルシアが、美味い美味いと次々に食べ尽くし、ドヤ顔で俺を見返してきたのはウザかったけどな!

 なお、実はマイナより先に切り身を食べていたジタローは、全員からスルーされていたのは、別の話である。


「おいらにも驚いて欲しいっすよ!」

「しらんがな」


 満足した俺たちは、港があるという海へと足を運ぶのであった。


「ショーユ……ですか。これを輸入出来るなら、新しい産業が生まれるかもしれませんね」


 ぼそりと、一人カイルだけが、先を見据えた発言を漏らす。

 うん。優秀すぎる弟で、兄ちゃんびっくりするよ。



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