167:お仕事は、異文化交流って話


 ミズホ神国は、朱色と木目と黄金が混在する、美しい都市だった。

 独特な形状の建物が並び、通りは活気で満ちあふれている。


 前合わせの服装も独特で、女性は色鮮やかな装束を身にまとっていた。

 貧富の差はあるのだろう、華やかな女性もいれば、つぎはぎだらけで、ネズミ色のみすぼらしい服しか纏ってない者もたくさんいる。

 だが、不思議と皆笑顔で、悲壮感は感じられない。


 俺は興奮しながら、周囲を見渡す。キョロキョロしてる自覚も、お上りさんになってる自覚もあるが、止められない。

 なんで冒険者になったのかを思い出す。孤児院で育った俺の世界は、孤児院のあった町だけで完結していた。

 小さい頃は、それが全てだと思っていたし、それで満足していた。


 だが、孤児院出身の冒険者から話を聞き、孤児院の……町の外にも世界が広がっていることを知って、俺は行ってみたいと思ったんだ。

 冒険者の魔術師に、お前は魔力が大きいなとも言われていたし、気がついたら冒険者になることが目標になっていた。


 冒険者になったあと、王国中を回ろうと思っていたが、現実は甘くなく、生きるのに精一杯。とても旅して歩き回れる金など手に入れられなかった。

 それでも、時々拠点を変えたりして、一般的な領民よりは、遙かに世界が広かったろう。

 だから、それで満足していた。


 だが。

 俺は今、こうして、遙か北の果ての異国に立っている。

 少しばっかり、昔の夢を思い出して、感傷に浸ったっていいだろ?


「とりあえず宿をとりましょうか」


 カイルも、街の様子に驚いていたが、気を引き締めて音頭を取る。


「いや、その前に両替だな」

「宿で聞けばいいんじゃないですか?」


 俺の言葉に、エヴァが意見をくれる。


「それもそうか。門番の武士は、すぐ見つけられるように、大通りの旅籠に泊まってくれって話だったな。宿に言付けしてくれるから、出歩いてもいいって話だったし」

「はい。あまり都市間の移動はないように見えましたが、宿は結構あるんですね」

「言われてみるとそうだな」


 街の中では、荷車がたくさん行き交っているが、王国の都市と違って、街道を行き来する商人の数は少なかった。


「ああ、季節の問題だろ。収穫時期なんかは、結構な数の商人が行き交うぞ。もっともミズホ周辺だけだがな。つっても、こっちに来たのは昔の話だから、詳しくは知らねーけど」

「なるほどな」


 旅路で出会った冒険者のルーカスが、俺たちの疑問に答えてくれる。


「……っておい。なにさらっと一緒に行動してんだよ」

「んあ?」

「お前、もう目的のミズホ神国に来たんだから、どっかいけ」

「酷くね!?」

「半分冗談だが、マジでなんで一緒にいるんだよ」

「半分は本気かよ!? もともと出稼ぎに来ただけだから、明確な目標もねーしな。とりあえず、同じ宿でも取ろうかと」

「さいですか」


 俺は匙を投げると、ルーカスはひょいと、向かいを歩いていた、美しい模様の服を着た、妖艶な美女に飛び出していく。


「おっと、そこの着物美人さん! 今から俺の部屋に来ませんか! え? 衛兵を呼ぶ? あはは! ちょっとした冗談じゃないですかー!」


 このタイミングでナンパを始めるかね!?

 もういいや、放っておこう。

 俺たちは、一番大きそうな宿屋……旅籠に入っていった。


 宿に入ると、年配の女性が笑顔を向ける。


「いらっしゃい! おっと、珍しい格好だね。帝国の人かい?」

「いや、南の王国からだ」

「へえ! そりゃ珍しい! 南じゃ魔物が暴れてるって聞いたけど、大丈夫だったのかい?」

「ええ。それなりの数の魔物には遭遇したけど、うちには頼りになる護衛がいるからな」


 俺はレイドックに視線を投げる。


「はー! イイ男で腕っ節もいいのか! 素敵だねぇ!」

「はは……」


 レイドックが苦笑していた。こいつはおばちゃんにまでモテるのか!

 マダムキラーの異名を進呈差し上げよう!


「いらねーよ」

「ま、冗談はさておき、男四人に女八人なんだが、いい部屋はあるかい? あ、そっちのチャラいのは別な」

「酷い!」


 女将はすぐに状況を察したようで、空き部屋を確認してくれる。


「じゃあ、女は大部屋でどうだい? 男は二人部屋を二つか、ちょっともったいないけど、もう一つ大部屋を取るか」


 なるほど。俺的には大部屋二つの方が護衛の面でもありがたい。


「王国の通貨は使えるか? 無理なら両替できる場所を教えて欲しいんだが」

「帝国の通貨なら使えるんだけどねぇ。両替商はすぐ隣だよ」

「ありがとう。じゃあ俺が両替してくるんで、みんなは先に部屋に行っててくれ」

「いえ、僕も行きます」


 一番休ませたかったカイルが、同行宣言してきた。

 すると、マイナも当たり前のように、俺の腰にしがみついてくる。

 レイドックが苦笑しながら、指示を出した。


「エヴァとカミーユ、護衛についてくれ。俺たちは荷物と馬車を片付ける」

「わかりました」

「ん」


 まぁ、荷物と言っても、個々が念のため手持ちしている分くらいしかないけど。

 馬車なんかは任せて、俺たちは隣の両替商に入る。

 こぢんまりとした建物で、カウンターが一つあるだけだ。

 そこで帳簿をめくっていた、狸みたいなおっさんが顔をあげる。


「ん? 帝国……いや、王国か連合の人かね」


 さすが両替商。他国人には敏感らしい。


「ああ。南のマウガリア王国から来たんだ。王国の通貨を両替したいんだ。隣の宿の勧めでね」


 相場がわからんので、ぼられるかもしれないが、宿からの紹介と言っておけば、少しは牽制になるだろう。


「ははは。用心深いことだ。手数料はいただくが、ちゃんと相場で両替してやるよ」

「そりゃありがたい」


 まぁ、商人の言うことなんて話半分に聞いとくべきだが。


「ただ、王国の人だと、ちょっと驚くかもね」

「何でだ?」

「そうさね……金貨の両替は必要かい?」

「もちろん。あと、使いやすい銀貨と銅貨もあれば」


 俺は懐から、金貨を十枚ばかり取り出す。この人数でも、当面は困らない金額だろう。

 すると男は、妙に平べったい金貨を四枚ほど取り出した。


「金貨はこれ。小判って言った方が、この国じゃ通りはいいね」

「四枚? さすがにボリすぎじゃないか?」


 金の使用量は、小判も金貨もたいして変わらないように見える。


「この国じゃ、金の価値があんたらの国の半分くらいしかないんだよ」

「なん、だと?」

「嘘だと思うなら、自分たちで調べりゃいいさ。この国にゃ、でかい金鉱があるからね」


 俺はカイルに無言で視線を投げる。


「信じるしかないでしょうね」

「……わかった」


 男は頷くと、じゃらりと銀貨を取り出す。小さくて四角い。


「こいつが銀貨だ。ここらじゃ一分銀って呼ばれてる。それと……」


 今度は、ひもで束ねられた銅貨が出てくる。

 銅貨の中央には、四角い穴が空いていて、そこにひもが通されているのだ。


「こいつが銅貨の一文銭だ。さっきの金貨で、この小判と一分銀と一文銭だ。手数料は引いてあるよ。どうする?」

「お願いします」


 俺たちはミズホの通貨を手に入れ、宿に戻り、ついでに支払いをしておく。

 とりあえず五日ほど、部屋を確保した。


 部屋に戻ると、カイルは銅貨……一文銭をまじまじと手に取って見つめている。


「どうした?」

「いえ。どの硬貨も歪みがなく、真ん中に穴を空けるなんて、凄い鋳造技術だと思いまして」

「凄いのか?」

「はい」


 あとでリーファンに聞いてみよう。


「なにより、民が一番使う銅貨が、このようにひもでまとめられるのは非常に便利です。陛下には確実にお伝えしなければなりませんね」

「たしかに、これ便利だよな」


 レイドックが自分のベルトに、ひもを結びつけたりしていた。


「こうすれば、武器にもなりそうだ」


 ひもを引っ張って、硬貨を棍棒に見立てるレイドック。

 戦うことしか頭にないんかい、こいつは。

 剣聖だから、こんな武器でも、使いこなしそうではあるが。


「さて、これからどう動く?」

「そうですね……」


 カイルは俺の膝の上に座っているマイナに目をやって、お茶目に答えた。


「連絡があるまで、観光しましょう」

「ん!」


 喜ぶマイナ。

 たしかに、やることねーしな。


 ほら、観光って文化を知ることだからね。遊びじゃないからね?


「美味いもん探すっす!」


 うん。そうだねジタロー。



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