166:長旅は、到着してからが本番だよなって話


 帝国から出稼ぎに来たのに、行く先々の小国が、魔物によって滅んでしまった、運の悪い冒険者ルーカス・リンドブルムの案内で、ようやくまともな都市国家へと到着した。

 もっとも、ルーカスがたき火をしていた都市から、逃げ出した住人の足跡がまだ残っていたので、こいつがいなくても、普通にたどり着いただろうが。


 今までの都市と同じように、石造りの城壁の内側に、町と城のあるタイプだ。さすがに畑は城壁の外だが、すぐに避難できるような城門も見える。

 王国でも辺境にこのタイプは多い。極論を言えば、ゴールデンドーンも同じだ。もっとも規模が違いすぎて、比較もできんが。

 ヴァンが必死こいて、乱立している砦も同じはず。もっとも、城壁は錬金硬化岩で作られるのだが。


 都市間の行き来はあまりされていないのか、入国するのに、門前で待たされることはなかった。

 城壁の大きな門の前には、変わった武装の門番が警戒している。


「あの鎧姿は……」


 レイドックが呟くと、ルーカスが続く。


「ありゃあ、ミズホの武士だな。この国はミズホに近いからなぁ」

「ここは独立した国なんだろ? 防衛を他国の兵士に任せてるのか?」

「小国家群じゃ普通らしいぜ?」


 独特な作りの鎧姿は、冒険者時代に時々見たことがある。

 レイドックが言いかけたのも同じだろう。

 ミズホの戦士だったのは知ってるが、彼らのほとんどはどうして王国に来て、冒険者になったのかを、話したがらなかった。過去を詮索しないのが、冒険者の暗黙の了解だったので、詳しくは知らないのだが、ニュアンス的には国に居づらかった感じだったな。


 俺たちが門に近づくと、勇壮な鎧姿の兵士……武士が誰何すいかしてきた。


「止まれ! お前たちは何者だ? 避難民にしては、小綺麗な格好だが……」


 まず、俺が先に立つ。

 ……ほんとに交渉ごとに出る気がないな、レイドックの野郎。


「どうも。俺たちは遙か南の大河の向こう、マウガリア王国より、ヴァインデック・ミッドライツ・フォン・マウガリー陛下よりの親書を携えた、カイル・ゴールデンドーン・フォン・エリクシル開拓伯率いる使節団です。入国の許可と、この国の統治者への面会を求めます」


 しまった。どうもとか言っちゃったよ。聞き流して欲しい。


「なに? マウガリア王国だと? 三大国の一つではないか!」

「そう呼ばれることは、私たちの誇りです」


 武士たちがガシャガシャと鎧を鳴らして集まり、相談を始めるが、隠し事をする気もないのか、内容はすべて聞こえていた。


「どうする?」

「南から来たとは信じられんぞ。この先の国家は、ことごとく魔物に滅ぼされているのだぞ?」

「それに、我がミズホ神国を差し置いて、こちらの国を優遇するというのも失礼な話だろう!」

「たしかに。まずは我がムテン様に挨拶をするのが先だろう!」


 なんか興奮し始めたので、慌てて口を挟む。


「失礼! 私たちはこちらの風習をあまり良く知りません! この地域にいくつかの国があることは伝わっているのですが、それらの関係などを調べるのも、私たち使節団の仕事なのです! もし、ミズホ神国への挨拶が優先すべきことであれば、私たちは先にミズホ神国へと足を運びます!」


 俺がまくし立てると、武士たちの興奮が収まる。


「ふむ……確かに。では教えよう。我がミズホ神国はこの一帯にある、都市国家の宗主国のようなものだ。なので、最初に挨拶に行くべきは、ミズホ神国の現人神ムテン・イングラム様である!」


 そんなわけで、俺たちは半ば無理矢理、追い出されてしまった。

 物資には困ってないけど、普通は補給くらいさせてくれるもんじゃないのか?

 俺が頭をひねっていると、ルーカスが肩を竦めた。


「武士どもは強いが、現人神に対する忠義が高い。高すぎる。他のことならまだしも、国の……つまりムテンの威厳に関することには融通がきかねーんだよ。あいつら」

「なるほど。そのムテンって言うのが王様なのか」

「いや、現人神は国を見守るだけで、執務は全部、将軍が取り仕切ってたはずだ」

「軍人が政治をやるのか?」

「そういう国なんだよ」

「なるほど」


 なんとなく、小国家群の構造が見えてきた。

 独立した小国家が乱立しているというより、実質的にミズホ神国が武力で押さえ込んでるのだろう。じゃなきゃ、他国の門番に立ち、一介の兵士が、他国の使節の予定を変更させるなどありえない。


 馬車に乗り込んだあと、カイルに予想を告げる。相談役としてエヴァにも同乗してもらったが、彼女も概ね同じ意見のようだ。


「そうですね。僕も同じ印象です。ですので、寄り道せずにミズホ神国へと向かいましょう」

「ああ。……それにしても、そこの都市国家の名前くらいは知っておきたかったぜ」

「あはは……」


 少しばかり、予定と変わってしまったが、俺たちはミズホ神国へと向かうことになった。


「小国家群が全滅している可能性も考えていたので、しっかりした国家が残っていて助かりました」


 カイルのつぶやきに、その可能性もあったんだなと、少しばかり青ざめる。

 ……ヴァンの野郎が、無理をしてでも、街道整備を進める理由がわかった気がするぜ。


 こうして俺たちは、ようやく目的地に到着するのだった。


 ◆


 視界に入ったミズホ神国は、俺たちの想像を超える国だった。

 まず、左右に広がる城壁なのだが、隙間のない石組みで、壁の上には多数の櫓を備えている。

 城壁の前には深い堀があり、水がたたえられていた。あとで知ったことだが、この堀は海に繋がっていて、海水らしい。

 その堀も、石組みなのだが、王国で主流だった、同じ大きさに切りそろえて積み上げているのではなく、自然の形のまま、組み合わせて積んであるのだ。


「凄い技術力だよ。これ」


 もっともリーファンに教えてもらわなかったら、そのことにも気づかなかったのだが。

 国の大きさとしては、都市国家と考えたらかなり巨大だが、一つの国と考えるなら小さいと言うべきか。

 それでも長大な城壁を備えた、巨大都市だったのだ。

 まぁ、ゴールデンドーンと比べると、失礼ながらずいぶん小さいのだが、それは比較対象が間違ってるからな。

 王都より、一回り小さいくらいか。


 城門は跳ね橋になっていて、今は降りているようだ。

 ある程度の行き来はあるのか、ちらほらと馬車や荷車が城門を通過していた。

 もちろん、門番に立っているのは武士である。


「止まれ!」


 当然、彼らからしたら怪しい俺たちは止められた。


「貴様らは商人ではないな? このミズホ神国に何用か!」


 武士の誰何に対して、俺は追い出された小国家と同じ説明を告げる。


「なに? マウガリア王国だと? 南の大国ではないか」

「はい。ミズホ神国の代表者とお目にかかりたく存じます。失礼にならないのであれば、現人神ムテン・イングラム様に拝謁の栄誉をいただきたく存じます」


 何度も練習したので、口調に失礼はない。……と思いたい!


「ふむ。ムテン様にご挨拶したいという心意気は受け取った。まずは将軍であるシンゲン様にお伺いを立ててみよう」

「ありがとうございます」

「返答にどの程度時間がかかるかは約束しかねる。まずは旅籠で滞在していかれよ。近いうちに使者を出す」

「お心遣い感謝いたします」


 俺はあらかじめ用意していた賄賂を手渡す。

 王国では常識だ。


 すると、武士が手の上に乗せられた小袋を、忌々しく見下ろす。


「不要だ。私は門番なので、商人や他国のやり方を知っているから、一度だけ忠告しておく。我ら武士にこのような行為は、無礼にあたる。気をつけよ」


 そう言って、銀貨の詰まった小袋を突っ返された。


「これは大変失礼しました。またご忠告ありがとうございます」

「うむ。まぁ、武士以外にはうるさく言わんがな」


 始めて仏頂面の武士が、口元を歪めた。

 思ってたよりお茶目だったらしい。


 こうして、無事にミズホ神国へと入国した。

 そして二度驚くことになる。

 人の多さと、活気あふれる町並みに。



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