165:危険な場所には、危険な男がいるって話


「これで三つ目の廃墟か」


 俺たちは、誰もいない滅んだ都市国家を歩いていた。

 最初に見つけた廃墟を含め、これで三カ所の都市国家が滅んでいるのを確認したことになる。

 周囲を探っていた、カミーユとジタローが戻ってきた。


「滅んだ時期が、少しずつ、最近になってる」

「最初の町が、たぶん三ヶ月前くらいに滅んでて、ここは二ヶ月前ってところっすかね」


 いつも明るいジタローですら、少しばかり声が暗い。そりゃそうだろう、行く先々が全部こんな感じじゃな。

 カイルは人間の骨をじっと見つめていたが、気持ちを切り替えるように、明るく宣言する。


「僕たちの最終目的地はミズホ神国です。気を抜かないで進みましょう!」

「「「おう!!!」」」


 俺たちは歩みを止めない。

 幸いなことに、都市国家間は、獣道レベルではあるが、いちおう道があったのだ。おかげで、最初の都市国家からの歩みは早い。それでも山や谷を避けた、複雑なルートなので、直進よりは遅いが、町を見落とすより遙かにいいだろう。

 ジタローのおかげで、見失いそうな獣道も、間違わずに進んだことで、次の都市国家が見えてきた。


 ◆


「なんか様子が変っすね」

「魔物が……いない?」


 カミーユも目を細め、注意深く城壁を見つめる。


「じゃあ住人が残ってるのか!」


 俺が喜びの声を上げるが、カミーユは首を横に振った。


「たぶん……いない。ここからじゃよくわからないけど……。少なくとも人が大勢暮らしている気配は感じない」

「そうか」


 まぁ、遠目に見ても、城壁が崩れてるしな。


「ん……あれを見るっすよ!」

「煙」


 ジタローとカミーユが同時に同じ場所を指さした。

 遠見の魔法を使うと、青空に向かって、頼りなさげな一筋の白煙がのぼっている。

 さっきまで見えなかったのだ。誰かが火を使っている可能性が高い。


「よし、レイドック。誰かを先行させて状況を――」

「だめ!」


 俺の言葉を遮ったのは、なんとマイナだった。驚く俺たちを無視して、マイナが悲痛な表情で訴える。


「魔物に……襲われてる人がいるかも。助けて……あげないと」


 その目は真剣だった。もしかしたら、ヒュドラから逃げ回っていた記憶がよぎっているのかもしれない。


「しかし……」


 レイドックが躊躇するも、カイルが意を決する。


「いえ……マイナの言うとおりです。それに生き残りがいたら詳しい話も聞けるでしょう。考えているあいだに、その人が魔物に襲われないとも言えません。レイドックさん」


 レイドックは強く眉根を寄せるが、すぐに表情を引き締める。


「わかりました。俺とカミーユが先行する! 残りのやつはカイル様とマイナ様を中心に防御態勢のまま、少しだけ距離を空けてついてこい!」

「「「了解!!!」」」


 一度決めたら、行動は即座に。俺たちは戸惑うことなく連携を取る。

 レイドックが蒼い稲妻のごとく、一気に走り抜ける。それに負けぬスピードで、カミーユが影のようについて行った。


 俺たちは二人を見失わないよう、カイルとマイナを囲む形で追う。

 数匹くらい魔物がうろついてるかと思ったが、ゴブリンの一匹すらいなかった。

 邪魔する物は瓦礫だけで、すぐに白煙の元へとたどり着く。


 予想通り、それはたき火だった。

 その横で、一人の男が肉を焼いている姿が見える。

 そいつは、目を丸くしながら、爆走する俺たちに釘付けになっていた。

 先頭を突っ走っていたレイドックが急停止し、辺りを警戒する。


「おい、お前! 大丈夫か!?」

「あ、ああ」


 すぐに追いついた俺たちも、周囲を警戒するが、男以外に気配は感じられない。

 男は俺と似たような年齢に見える若者で、高級そうな軽装備をしている。そして貴族のように左手に手袋をしていて、紋章の有無は不明。

 あと、イケメンだった。

 その若いイケメンが、驚いたように口を開く。


「あんたらは? ミズホの武士……じゃないよな?」

「武士?」

「知らないのか? ミズホ神国の兵士のことだよ」


 会話が通じる相手だと安心したのか、男の口調が次第に軽くなっていく。

 肩を竦める仕草が様になりすぎていて、なんかむかつくな!


「俺たちは、そのミズホ神国に向かっている、マウガリア王国の使節団だよ。俺はクラフト・ウォーケン。この使節団の……交渉役みたいなもんだ」


 レイドックの野郎、こういうときには、さらっと全部を俺に押しつけるしな!

 最初からカイルを前に出すわけにもいかんし、結局、俺がこの手の交渉をすることになっている。


「それはそれは。俺はルーカス・リンドブルムだ。帝国の冒険者をやってる。そんなことより……」

「なんだ?」

「どうせなら、そっちの美人さんがたと、お話させてくれよ!」

「……は?」

「いやー! こんな場所で、これほどの綺麗どころが揃うなんて運命だと思わないか! そちらのお嬢さん! ぜひお名前を!」


 イケメンのルーカスが片膝をついたのは、マリリンだった。

 その視線は、たわわに実った双丘に釘付けである。

 なんと危険な男なのだ! 気持ちはわかるけど!


「……クラフトさん?」


 なぜかエヴァから冷たい視線が飛んでくる。

 ちょっと待って!? 今、睨む相手は俺じゃないよね!?


「あー、ルーカスさん。おふざけはやめてくれませんかね?」

「ふざけたつもりはないぞ?」

「なお悪いわ!」


 こうして俺たちは、冒険者ルーカスと出会うことになった。

 いや、こいつダメ男だろ!


 ◆


 その後、俺たちはルーカスから話を聞いていた。

 すでに全員の自己紹介は済ませてある。カイルが領主だと知ったときの表情は見物だった。ざまぁみろ。

 今は俺たちが用意したテーブルで、ルーカスが食事をがっついているところだ。


「それにしても、飯が美味い! リュウコさん! 俺のために毎朝スープを作ってください!」

「それはご主人様にのみ許された権利なので、お断り申し上げます。ご主人様の命令がない限り」


 慇懃に一礼したあと、彼女が俺に視線を向ける。


「ご主人……様? カイル様のメイドじゃないのかよ!」

「あー。リュウコは俺のメイドだよ。一人で何でもこなせる優秀なメイドなんで、今回は彼女を連れてきてる」

「てめぇ! いったいどんな悪行を積めば、こんな綺麗なメイドを手に入れられるってんだよ!」


 どうでもいいが、リュウコの目が猫のような縦長の瞳孔をしてるのは気にならんのか? ならないんだろうね。うん。


「ああもう、すぐに脱線するな! 今までの話をまとめると、ルーカスは帝国から出稼ぎにやってきた冒険者のレンジャーで、ようやく小国家群にたどり着くも、滞在した都市が、ことごとくスタンピードで滅んでいった、運の悪い野郎ってことで合ってるな」


 どうも、俺たちがたどったルートと都市を、ルーカスが先行していたようなのだ。

 都市間の細道が草で覆われなかったのは、わずかに逃げ延びた人間が踏みしめて固まっていたからかもしれない。


「そうそう。心機一転、帝国からこっちで旗をあげてやるって意気込んでやって来たってのに、その先々で魔物の大群に襲われたんだぜ! 俺ってなんて不幸! マリリンちゃん! 俺をその胸で慰めて!」

「お断りしますぅー」

「はぁん! いけずな君も素敵だよ!」


 脳天かち割ってやろうか、こいつ。


「そんで、今いるこの国は一週間ほどまえに滅んで、逃げ出していたが、訳あって戻ってきたところ……だったよな」

「おう! そんで一休憩しようとしたら、お前たちが砂嵐を上げて突っ込んでくるもんだから慌てたぜ」

「ま、生き残って良かったな」


 魔物が去るまで、近くの森に隠れていたらしい。レンジャーとしての能力は高そうだ。


「そんで?」


 俺が続きを促すも、ルーカスには意味がわからなかったようだ。


「そんでって、それで終わりだよ。ああ。このあとはミズホ神国に行くつもりなんだが――」

「そうじゃねぇよ。なんで滅んだ国に戻ってきたんだ?」

「あー……それはその……」


 爽やかな笑みを浮かべながら、頭を掻く。


「ほら、俺って、ずっと逃げてばっかだったろ? そろそろ路銀が怪しくてな」

「火事場泥棒かよ!」

「ははは! まぁそう褒めるな!」

「褒めてねぇよ!」


 どうやら、抜け目のない男のようだった。



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