164:誰だって、失敗はするよなって話
結局、俺たち使節団は、十二人の大所帯となった。
いや、使節団としては普通か。道もないような危険地帯を進むことを考えたら、むしろ少なすぎるとも言える。
改めて、メンバーを記しておこう。
俺、カイル、マイナ、ペルシア、リーファン、リュウコ、レイドック、ソラル、エヴァ、カミーユ、マリリン、ジタローの十二人パーティーである。
しかも、そのうち八人が色つきの上位紋章というのだから、ちょっと洒落にならない。
もしかしたら、王都の聖騎士隊と同等くらいの戦力なんじゃね、これ?
……深く考えたら負けだな。
俺が今いるのは、馬車の中で、カイルとマイナとエヴァも一緒だ。エヴァは休憩と護衛を兼ねている。
マイナは相変わらず俺の膝の上だ。席は空いてるんだけどね。
絶え間ない揺れに、少しばかり馬車酔いしたのか、ずっと俺にしがみついている。
酔い止め薬でも錬金しようかと、ぼんやり考えていると、マイナがこちらに顔を上げた。
「クラフト兄様……いつ、着くの?」
「最終目的地は、最北にあるミズホ神国って言われてる国なんだが、そこまではまだかなりかかるな」
距離はもちろんなのだが、それ以上に街道がないのが、歩みが遅い最大の理由だ。
ジタローの冴え渡るカンのおかげで、ほぼほぼ真っ直ぐ北には向かっているのだが、そのルートはかなり過酷になっている。
「それにしても、ミズホ神国以外に、小国が乱立してるって聞いてたんだが、全然見つからないな」
「え?」
俺のつぶやきに、エヴァが不思議そうに顔を上げる。
「最短でミズホ神国に行くという話ではないんですか?」
「え?」
今度は俺が、驚く番だった。
「いや、むしろ小国家の現状を確認するためにも、いろいろ寄っていきたいんだが……カイル、そうだよな?」
「はい。それが好ましいと思ってます」
エヴァは、わずかに考え込む。
「でしたら、人が寄りつくのも困難な地形を爆走するのではなく、少しでも人が住めそうだったり、移動出来そうな地形を優先して進むべきなのではないでしょうか?」
「「あ」」
俺とカイルが思わず顔を見合わせた。そして思いっきり苦笑する。
「僕の判断ミスでした」
「俺も気がついてなかった。悪かったな」
珍しいカイルの失敗だが、それを補佐する俺やリーファンが気がつかなかったほうが悪い。
俺は馬車の窓から顔を出し、”拡声”の魔法を使って叫ぶ。
「いったん停止! いったん停止だ!」
こうして全員が一度集まり、ルートの再検討を行う。
エヴァに指摘されたことを、ジタローに伝えると、こいつは胸をどんと叩いた。
「任せてくだせぇ! 実は迂回した山の反対側に、それっぽい地形があったんでさあ!」
「なら言えよ!」
「でも、こっちのルートの方が早く北に行けるっすよ?」
「さっきも説明したとおり、今後は人の住んでそうな地形を優先してくれ!」
「了解っす!」
指示してなかった俺が悪いが、ジタローも報告くらいしろ!
「ただのカンっすからねぇ」
「それは……確かに」
なんとなく、あっちのほうが人が住んでそう。なんて報告は出来ないか。
「今度からは教えてくれ」
「了解っす!」
ジタローは頼りになるのか、ならんのか、相変わらずわからんやつだぜ。
その後、ジタローのカンに従って、今までのルートを直角に曲がって、山を一つ越えると、見事に町らしき人工物が、見えるのであった。
「今までの苦労は……」
「考えちゃだめっすよ!」
お前に言われると、なんか腹が立つわ!
とにかく、山頂から町を見下ろす。”遠見”の魔法を使うと、町はぼろぼろ。
戦争で滅んだ町の様相に酷似していた。
俺たちの空気が、一瞬で引き締まる。
「レイドック、斥候を出せるか?」
「ああ。ジタロー、カミーユ頼む」
「任せるっすよ!」
「……了解」
マタギの紋章持ちと、くのいちの紋章持ちのタッグだ。任せて大丈夫だろう。
数時間で、二人が戻ってくる。
カミーユがぼそりと報告してくれた。
「誰も、いない」
「やはりか」
遠見で予想はしていたが、人っ子一人いないとはな。
「滅んでから、そんなに、日はたってないと思う」
「え?」
それは以外だった。てっきり昔に放棄された町だと思ったんだが。
「たぶん、二~三ヶ月ってところ」
ジタローも同意して頷いている。この二人がそう判断するなら、間違いないだろう。
「原因は、おそらく魔物の襲撃。だいぶ食い荒らされてるけど、死骸がたくさんあった」
「それと、廃墟には、まだ結構な数の魔物が残ってるっすよ。たぶん、死骸目当てっすね」
隠密に長けた二人だから、見つからずに調査出来たんだろうな。
「カイル、どうする?」
話を振ると、カイルはちらりとマイナに視線をやった。
「この町は避けましょう」
調査はしたいが、たしかにマイナをそんなところに連れて行きたくはないわな。
するとマイナが、カイルの服を引っ張る。
「私……大丈夫」
おお。ここ数日、マイナはしっかり自己主張するようになってるな。
カイルが、今度は俺に視線を向ける。
「いいんじゃないか? だめそうなら離れりゃいいだけだし」
「そう……ですね。わかりました。それではレイドックさん。廃墟に残る魔物の掃討をお願いしたいのですが、可能ですか?」
話を振られたレイドックは、ニヤリと口角を持ち上げた。
「楽勝ですよ」
こうして、夕方までには、廃墟に残っていたすべての魔物が討伐されたのである。
……うん。早すぎだろ。
◆
「どうやら、城壁都市だったようですね」
カイルは崩れた城壁の前に立つ。おそらく大型の魔物に攻撃されたのだろう。もしくは魔法を使う魔物にやられたか。
「スタンピードが起きたのかもしれませんね」
カイルの言葉に、リーファンがわずかに眉をしかめる。故郷を思い出したのかもしれない。
幸いというかなんというか、魔物の死骸のほとんどは、他の魔物の胃袋に収まったらしく、積み上がった死骸などは見られない。
ジタローが残っていた骨を調べていた。
「うーん。ちょっとおかしいっすねぇ」
「気になることがあったら、なんでも教えてくれ」
「普通、スタンピードって同じ種族の魔物が一斉にとち狂うんすが、なんかいろんな種類の魔物がいたっぽいんすよね」
それは変だな。たしかにコカトリス騒ぎの時も、別の魔物が混じっていた記憶はない。
エヴァが少し考え込む。
「死骸を求めて、周囲から集まった魔物が、他の魔物にやられたんじゃないですか?」
「なるほど。それは納得だな」
「んー」
理論的だと思うのだが、どうもジタローは納得いかない様子である。
「確認出来ないことを考えてもしゃーないな。まずは状況の情報だけ集めようぜ」
「そうですね」
「了解っす!」
比較的無事に残っていた王城跡に、俺たちは泊まることにした。
王城と言い切ったのは、残っていた書類などから、ここが都市国家だったことを確認したからである。
そして、それらの資料から、どうやらこの周辺の国家は、すべて都市国家だということが判明した。
つまり、国=城壁都市ってこと。
さらに、貴重な地図が見つかった。
もともと先行して冒険者に下調べをしてもらっていたが、その地図は非常に荒い物で、方角の確認くらいにしか使えなかったのだが、これで、他の都市国家に寄っていくことが出来るだろう。
「これで方針は決まりましたね。ミズホ神国に向かいつつ、途中にある小国に可能な限り立ち寄って行きましょう」
「了解だ」
話が一区切りしたので、ちらりとマイナに視線をやった。
マイナは少し離れたところで、リュウコからマナーを教わっている。
自分の責任を果たせなければ、即帰還という脅しが効いているのか、マイナは勉強も、貴族教育も頑張っているようだ。
カイルがうっすらと口元を歪める。
「ふふ。良い機会ですので、この旅の間に、マイナの学力とマナーを、一気にランクアップさせましょう」
黒い!
思ってたよりカイルが黒い!
カイル……恐ろしい子!
こうして廃墟の夜が過ぎていくのであった。
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