171:大海は、刺激に満ちているって話


鳳凰爪烈破ほうおうそうれっぱ!」


 ソラルが裂帛の気合いで技を放つ。

 オリハルコンの弓から放たれた矢は、嵐のような暴風を纏い、波を切り裂き、海を巻き上げ、クラーケンの本体を二つにちぎるような大穴を空けた。

 それだけでは技の威力が収まらず、嵐の矢は、そのまま水平線の彼方に飛んでいく。


 ちょ。

 俺が今まで、レンジャーなどの弓士に対するイメージを、ぶち壊す威力である。

 弓はサポート武器という固定観念が、その矢のように、水平線の彼方へとぶっ飛んでいくに十分だった。

 レイドックはすでに慣れてるのか、ひゅうと軽く口笛を鳴らすだけだが、奴らのパーティーメンバー以外は、唖然呆然騒然である。


 それでも、俺たちはまだいい。ソラルが弓女神アルテミスの紋章を手に入れているのを知っているし、その前からの実力も知っていた。

 だが、ノブナやカネツグといった、ミズホ神国の連中の驚き様は尋常ではない。


「なっ!? なんなのあれは!? ちょっと尋常じゃないのよ!」

「魔術師じゃ……ないんだな。弓の攻撃だったんだな……」

「わかってるわよ! でもいくらなんでもおかしくない!?」

「この目で見ても、ちょっと信じられないんだな」


 最後に残っていたクラーケンに向かっていた、ノブナたちが、あまりの出来事に、足を止めて、騒然と見入ってしまったのはしょうがないと思う。レイドックたちの非常識さを知ってる俺たちですら、思考が止まったからな。


「貴方も大概、人のことを言えませんからね?」


 なぜかエヴァに突っ込まれた。

 あいつらほどじゃないと思うんだけどな?


 そんな感じで、ノブナたちが足踏みしていたら、新たな鳥騎兵の集団がやってくるのに気づく。

 五十名ほどの規模で、全員が鎧姿の武士のようだ。

 ノブナ隊に追いつくと、先頭の男が、ひらりと二足鳥から飛び降り……こけた。

 だが、男は起き上がると、何事もなかったかのように埃を払う。


「ふふふ。ノブナ! このカゲタカが来たからには、安心するがいい! そして、私の雄姿をその目に焼き付けるのだ!」


 ばっと前髪を払う武士の青年。

 ノブナより年上に見えるので、俺と同じくらいの年齢だろう。


「はあ……なにが勇姿なのよ。御三家のくせに、到着が遅すぎるのよ。貴方の屋形の方が、港に近いのに」

「う……そ、それは、クラーケンと聞いたから、確実に倒せる戦力を抽出していたからで……」

「武士の……サムライの名が泣くのよ」

「ぬぐ……」


 話の細かい部分はわからないが、二人は知り合いのようだ。

 そして、初見でもわかるほど、カゲタカはノブナを意識していて、ノブナはカゲタカを煙たがっている。

 どう見ても脈はない。


「ま、まぁとにかく! ここは私に任せたまへ! 行くぞ! 続け!」


 カゲタカは、部下らしき武士を引き連れ、手近な触手へと突撃していく。

 最後に残ったクラーケンの足が数本、彼らに気づき攻撃を開始する。武士たちは連携して触手を避けながら反撃するのだが、見ていて危なっかしい。そのうち潰されそうだ。


旋風サイクロン! 斬撃スラッシュ


 カゲタカが、名前だけは格好いい技を繰り出すも、そこまでダメージを与えている様子がない。むしろ彼らの部下が繰り出す同じ技の方が、なんぼか威力が高いようにすら見えた。


 さすがに放置するのもあれなので、俺は通信の魔導具を起動して、レイドックに繋げる。


「おい、レイドック。放っておくつもりか?」

『さすがに、他国の軍が戦っているところにしゃしゃり出るのもな……』

「そりゃそうなんだが」


 さっきは、ノブナたちの手が足りないのが明白だったから、放置されていたイカをやっつけただけだが、さすがに交戦中に割り込むのは不味いかもしれない。


『それに、心配はなさそうだぞ?』

「え?」


 レイドックが指さした先には、ノブナがいた。

 彼女は一度呆れたようにため息をついたあと、懐から呪符を取り出す。


「我は願い奉る。冥府よりおいでませ! 海座頭童子!」


 なんと!

 ノブナはサムライ……剣士や戦士系の職業かと思ったら、妙な魔物を呼び出す魔術も使えるのか!


 ノブナの手から離れた呪符が、ひらりと海に落ちると、ずずっと、水面に一人の老人が浮かび上がってくる。

 背中にリュートを背負い、細い杖をついている、小柄な老人。

 そして、当たり前のように水面に立っていた。

 見た目は老人だが、魔物の類いだろう。


 それにしても、さっきカネツグの出していた魔物と比べると、えらい弱そうなんだが。


 そんなことを思っていた時期が、俺にもありました。

 老人が杖を小さく振ると、クラーケンの回りが波立つ。

 そして大きく、ゆっくりと海面に渦を描き出し、瞬きの間に、巨大な渦巻きとなって、クラーケンの巨体を飲み込んでいく。


 いやいや、水中の敵に、その攻撃は意味ないんじゃないか?


 そんなことを思っていた時期が、俺にもありました(二度目)。

 巨大で強力な渦は、その場を離れようとするクラーケンを逃がさない。すさまじい水圧が巨大イカを海水の檻へと閉じ込め、さらにはその巨体を徐々に捻っていくのだ。

 まるでぞうきんを絞るように、そのままクラーケンの巨体を、捻りきってしまう。


 ……すまん。弱そうとか思って。


 さすがに大技だったのか、ノブナは額から大量の汗を流し、その場に片膝をつく。

 それと同時に、触手……巨大な足も力尽き崩れ落ちた

 本体やられたのだから、触手も動かなくなるのは当然なのだが、なぜかカゲタカが、動かぬ触手に片足を乗せ、剣を掲げている。


 いやいや!

 あんたが倒したんじゃねーから!


 触手に苦戦してたカゲタカが、妙に胸を張って、ノブナの横に立ち、手を差し伸べる。


「ふふふ。大人しく見ているだけで良かったのだがね」


 ぅおーい! マジでこいつ、状況が見えてないぞ!?


 ノブナが、それはそれは冷たい視線をカゲタカに投げつけるも、まるで気がついていない。

 目の前の手を無視して、ノブナは起き上がる。

 カゲタカをスルーして、少し離れて様子を窺っていたレイドックの方へと、歩み始めた。


「ん? ノブナ?」


 声をかけるカゲタカを完全に無視して、ノブナはレイドックに声をかけた。


「助かったのよ。お礼を言うのね。貴方たちのおかげで、体力も魔力も使う大技を使うことができたのよ」


 レイドックは軽く肩を竦めた。


「それは良かった。俺たちが手伝わなくても、大丈夫そうだったけどな」

「確かに、私たちだけでも撃退はできるのよ。でも、時間がかかったと思うし、犠牲者も出たはずなのよ。だから、改めて感謝するのよ」

「お役に立てたのなら何よりだ」

「帝国の冒険者もやるものよね」


 また帝国か。


「いや、俺は南のマウガリア王国から来た冒険者だ」

「南!? 今、南はかなり危険なのよ!? 魔物の数が異常に増えているのよ! 良く無事だったのね」

「ま、腕っ節には、少しばかり自信があるからな」


 レイドックが剣の柄を叩くと、ノブナは納得の表情になった。


「たしかに貴方たちなら、抜けてくるくらいなら簡単なのね。南の様子を知ってるなら教えて欲しいのだけれど、今は事後処理で忙しいのよね……」

「俺たちは大通りの旅籠? 宿に泊まってる。予定は未定だが、しばらくは滞在するつもりだ。もし用事があるなら、声を掛けてくれ」

「そうなのね。わかったわ。近いうちに行くのよ」

「了解だ」


 レイドックは軽く手を挙げながら、こちらに戻ってきた。


「聞いての通りだ」


 今までの会話は、通信の魔導具で全部聞いていた。

 ほんと便利だなこれ。

 魔力消費がでかいのだけが難点だが。


「あの女武士、かなりのやり手だな」

「ああ。俺の紋章が剣士だった頃の強さと変わらんぞ。変な召喚術を含めての話だが」


 つまり、あのノブナという女武士は、Bランク冒険者相当の実力者ってことだ。


「飯にしても、魔物にしても、戦士にしても、飽きない国だぜ」

「全くだ」


 俺とレイドックがお互いに肩を竦めていると、マイナが指をくわえていた。


「イカ焼き……」


 なんかもの凄く、食いしん坊キャラになってらっしゃるー!?

 こうして俺たちは、海の見物を終えたのであった。

 ……先が思いやられるぜ。



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