161:たまの休みに、少しくらい期待したっていいよなって話
「マイナ様!?」
「マリリン! こっちに来て! カイル様もお願いします!」
リーファンが悲鳴のような声を上げるのと、エヴァが鋭く周囲に指示を出すのは同時。
理由は不明だが、目の前の大きな箱に、マイナがぐったりと横たわっているだ。俺が慌ててマイナを抱きかかえようとするのを、エヴァに止められる。
「先にマリリンに診せてください!」
「お、おう」
伸ばした手を、慌てて引っ込める。
すぐにマリリンとカイル。それにレイドックがついてきた。
ジタローとソラルも、騒ぎを聞きつけ戻ってくるが、そのまま周囲の警戒にあたってくれる。
「マイナ!?」
「失礼しますね、マイナ様」
顔を青くしたマリリンが、マイナの脈や瞳孔を慎重に確認したあと、”身体診断”と魔法を唱える。
緊張した時間がわずかに過ぎたあと、マリリンが安堵の息とともに顔を上げた。
「どうやら、ただ目を回しているだけのようですー。運んであげてくださいー」
「状況はまったくわからんが、とりあえず良かった」
俺はマイナを抱き上げ、すでにリュウコが準備を終えていた女性用宿泊荷馬車に連れて行こうとするが、カイルは表情を厳しく引き締める。
「マイナ。起きなさい」
「ちょっ。さすがに寝かしておこうぜ」
さすがにカイルを止めようとするが、カイルは影の深い笑みを浮かべた。
「マリリンさん。マイナに問題はないんですよね?」
「は、はいですー」
カイルが、マイナを揺すると、「う?」と呟きながら、目の焦点が戻っていく。
マイナも状況が理解出来ないのか、抱き上げている俺の顔と、マイナを笑顔で睨んでいるカイルの顔を、何度も往復させたあと、はっと気がつく。
「さあマイナ。説明してくださいね」
カイルが、ニコリと怒りを隠していない笑みを、マイナに向ける。俺はカイルのこんな怖い顔を始めて見た!
なんか、俺が怒られてる気分になってくる!
マイナがガクガクと震え、そして半泣きになりながら、全力で俺にしがみついてきた。
◆アルファード・プロミス
私の名は、アルファード・プロミス。
誇り高き、カイル・ゴールデンドーン・フォン・エリクシル開拓伯……カイル様の聖騎士隊隊長をしている。
もともと、辺境開拓の責任者として赴任された、カイル様とマイナ様の護衛として選ばれたのだが、現在カイル様は領主となり、私はこのように聖騎士隊を任されることになった。
聖騎士隊とは、裁判権を与えられた、領地の守護者であり、領主の直轄部隊である。さらに有事の際には、軍を率いる立場となるのだ。
当然、領主の護衛も、聖騎士の仕事だが、最近の私は忙しく、カイル様の護衛を、部下の聖騎士に任せることも多い。
そんな忙しい中、カイル様は陛下より大事な任務を賜り、本日から領地を離れている。
護衛任務がなくなったおかげで、私も少し休養がとれるようになった。
そして、明日は久々の休みなので、部下の聖騎士たちに告げる。
「私は明日一日、休養日となる! 諸君らも気を抜かず、職務に励むように!」
すると、ビシリと敬礼していた、腹心のデガード・ビスマックがニヤリと笑う。
「確かペルシアの姉さんも明日は休養日でしたよね?」
私は思わず息が止まる。
「そ、そのようだな。それがどうした?」
「いやー。別にー、何でもないですぜ?」
言葉とは裏腹に、デガードの顔には、面白がるような笑みが張り付いていた。
「とにかく! 明日は任せたからな! デガード!」
「へいへい」
こうして久々の休みを取ることになったのだが、特にやることを思いつかない。
たまたま、明日の休みが一緒の同僚と、一緒に食事に行くくらい、問題ないんじゃないかと愚考するがいかがか?
うん。他意はないんだ。他意は。
私は、脳内のオーディエンスに言い訳をしながら、どうやって誘い出せばいいのか、持てるすべての知識と経験を総動員するのであった。
◆ペルシア・フォーマルハウト
私の名前はペルシア・フォーマルハウト。
誇り高き、カイル・ゴールデンドーン・フォン・エリクシル開拓伯と、マイナ・ベイルロード様の護衛である。
最近は、カイル様の護衛に聖騎士がついているので、私の仕事はもっぱらマイナ様の護衛が多い。
何度も言うが、誇り高き仕事だ。
さて、私は今、現在進行形で困っている。
マイナ様とカイル様が喧嘩をしているからだ。喧嘩と言っても、マイナ様がむくれているだけなのが、可愛い。
今日はカイル様が小国家群に出立する日だと言うのに、マイナ様が部屋から出てきてくださらないのだ。
私は何度目かのノックをする。
「マイナ様、そろそろお着替えをしないと、式典に間に合いませんよ?」
マイナ様は領主の血族なので、早朝から準備をしておかねばならない。立場的には、辺境伯のご息女として、この領地に滞在しているのだが、カイル様と双子であられるマイナ様は、基本的に領主一族としての行動が求められる。
しかし、部屋の中から返ってきた声は。
「や!」
の一言だった。
駄々っ子になってるマイナ様、可愛い。
いやいや!
それはそれでいいのだが、立場というものがあるのだ。
私だけでなく、部屋に入る許可をもらえないメイドも、私と一緒に廊下でおろおろとするしかない。
困ったぞ。誰か助けてくれ!
内心で叫んでいたら、本当に助けがやって来た。
「ペルシア。マイナは出てきませんか?」
「カイル様!」
私はぱっと振り向く。
病気……というか呪いが完治したことで、日々凜々しくなられていくカイル様だった。
「はっ! 申し訳ありません!」
私は即座に片膝をついて謝罪する。
「はあ。仕方ありません。マイナは欠席させます」
「よろしいのですか?」
「はい。ペルシアはこのまま待機して、マイナが出てくるようであれば連れてきてください」
「はっ!」
やはりカイル様はお優しい!
「僕と兄様の二人が、いっぺんにいなくなるのが許せないのはわかるんですけどね……」
「カイル様はわかりますが、クラフトがどう関係するのです?」
私は素朴な疑問を述べた。
マイナ様が、あの錬金術師に懐いているのは知っているが、それはあいつが気楽に領主と交流を持てる立場だから、マイナ様が絡める人間があいつだけだからだろう?
今はご学友もたくさんいるのだから、やつ一人がいないくらい、なんの問題もないではないか。
内心が読まれたのか、カイルは大きく目を見開いた。
「その、なんというかペルシアらしいですね」
「はっ! ありがとうございます!」
そのまま式典に向かうカイル様を見送って、私は廊下待機し、時々お声をかけるも、途中から返事もしてくれなくなってしまった。
むくれるマイナ様、可愛い。
結局、マイナ様は今日一日、部屋に閉じこもったままだった。
日が落ち始めた時刻、さすがに食事だけでも取ってもらわないと困ると、メイドが私に訴えかけてくる。私も同意見だ。
仕方なく、私はマイナ様の部屋の扉を開く。
護衛騎士である私は、マイナ様の命令に逆らって、部屋に入れる、数少ない人間なのだ。
はたはたと、カーテンが揺れる。
部屋の中は薄暗い。
「……マイナ様?」
私は急に嫌な予感がし、剣の柄に手をやりながら、そっとベッドに近づく。
「いない?」
即座にメイドたちを入室させ、部屋中を探させるが、私の目は一点に注がれていた。
開きっぱなしの扉の先は、ベランダである。そこの手すりには、破ったシーツを結び合わせたロープがくくりつけられいた。
マイナ様の部屋のベランダは小さく、すぐ下の階には一回り大きなベランダがあり、ロープの先はそこに垂れ下がっている。
私は問答無用でベランダを飛び降り、階下のベランダに降り立った。
この部屋は現在使われていない空室である。
だが、ベランダと部屋をつなぐ扉は開け放たれていた。
そして、ようやく事態を理解する。
「ま……マイナ様がお逃げになられたーーーーー!」
私の声が、城中に響き渡るのであった。
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