160:驚きは、最後にやってくるって話
俺とカイルとリーファンとレイドックは馬車に乗っていた。
すでに使節団は、河原のベースキャンプを出立し、爆走している。
速度が速度なのと、まともな道がないので、馬車はかなりの揺れだ。
それでも……。
「普通の馬車だったら、とっくに壊れてるな」
俺のつぶやきに、リーファンが目を輝かせて反応する。
「そうでしょ! 車軸と車輪にはドラゴンの骨を混ぜた、特殊な硬ミスリルを使ってるだけじゃなくて、ヒュドラの革とスプリングを何重にも重ねた、衝撃を吸収する装置もつけてあるんだよ!」
リーファンに頼まれた錬金薬はいくつも作ったが、鍛冶とどうつながるかはあまり理解していない。
「ほう。よくわからんが凄いもんなんだよな?」
「もちろん!」
「さすが
「その呼び方は、なんか照れるからやめて欲しいな」
「黄昏って呼ばれる俺の気持ちがわかったか」
「呼んでるのは、陛下やバティスタさんくらいだよ」
「それもそうか」
それに実を言うと、最近は割と慣れてきている。リーファンもそのうち慣れるだろう。
「凄いって言ったら、ジタローさんも凄いよね」
これにはレイドックが答える。
「ああ。あいつのレンジャー能力、ちょっとやばいぞ。ソラルが霞んで見える」
「そんなに?」
「ソラルは
現在ジタローは、カミーユと一緒にパーティーの先頭を進んでいるのだが、ちょっとやばい。
先ほども少し述べたが、ベースキャンプの周囲には村すらない。つまり、この辺りは辺境で、道すらないのだ。
それなのに馬車が爆走できる理由は、すべてジタローのおかげである。
「んー。こっちの方なら、馬車が通れる気がするっす!」
「あっちに遠回りした方が、いい気がするっす!」
「この崖を登ったら、向こうがひらけてる気がするっす!」
こんな調子で、なにを基準にしているのかわからないが、ジタローが選ぶ進路は、不思議と馬車が通れるだけのスペースがあるのだ。
もちろん、馬車と馬が優秀なので、本来馬車が走破できることが出来ない急勾配を登っていけるなどの理由もあるのだろうが、それでもちょっと尋常じゃない。
激しく揺れる馬車の中、カイルが無理矢理笑みを作る。
「これなら予定していたより、かなり時間を短縮できますね」
「それは間違いないな」
俺が頷くと、レイドックが少し心配そうにカイルに視線を向ける。
「想像以上に距離を稼げていますから、少し速度を落としましょうか?」
「いいえ。このまま行きましょう」
「……わかりました。なら、このペースを保ちます。ですが無理はしないでくださいね」
「約束します」
カイルの様子を見に来ていたレイドックは、そのまま爆走する馬車からひらりと飛び降り、そのまま猛ダッシュする。土煙を上げ疾走する姿は、暴走する馬のようだ。
馬といえば、今回ジタローは愛ポニーのスーパージェット号は連れてこなかったようである。
まぁ、マタギの紋章を手に入れたジタローは、並みの馬より速いしな。
レイドックと入れ替わるように、エヴァが馬車に乗り込んでくる。エヴァとマリリンはこうやって、定期的に馬車で休まないと、体力馬鹿に付き合えない。
俺はカイルの直掩で良かった。
「ふう……失礼します、カイル様」
「はい。ゆっくり休んでくださいね」
「ありがとうございます。それにしても、ジタローさんの能力には驚きました。あの速度を維持したまま、最適なルート選択を選ぶのは、カミーユでも無理ですよ」
「うーん。ジタローが役に立ってるってなんか違和感があるな」
俺が腕を組むと、エヴァが苦笑する。
「俺スゲーアピールがうざったいですけどね」
「ジタロー……」
お前、それがなければ、もうちょいモテてるんじゃねーのか?
「正しいルートを選ぶたび、振り返ってドヤ顔するのを禁止してください」
「あはは……」
エヴァは割と真面目な顔で訴えたが、カイルは困ったように笑いを返すのが精一杯だったようだ。
実害はないから、本人のやる気をそぐ訳にもいかんだろ。
初日の道中は、だいたいこんな感じである。
空が夕暮れに染まる頃、俺たちはようやく足を止めた。
本来なら、もう少し早い時間から、野営の準備を始めるのだが、俺とエヴァの空間収納が優秀なので、時間ギリギリまで粘れる。
馬車が止まると、真っ先にリーファンがぴょんと飛び降りた。
「さあ! みんな野営の準備だよ!」
「「「おう!!!」」」
リーファンが簡単なかまどを組み上げ、マリリンは料理の手伝い。ジタローとソラルが燃料になる薪拾い。レイドックが護衛に立ち、カミーユは周辺の探索に出る。
俺とエヴァは、空間収納から、宿泊用の荷馬車や食材などを取り出していく。
リュウコは皆にお茶を配ったり、寝具の準備や料理を始めている。
「それにしても、エヴァの収納力も増えたなぁ」
女性陣用の荷馬車を取り出す姿に、俺は感心する。
「自分でも驚いていますよ。
「そりゃ良かった」
「だからこそ、あなたの収納能力が異常なことを、より理解できるようになりましたけど」
俺の魔力量や、収納能力には、ジャビール先生も驚いてたくらいだからな。
「馬車を収納できるのだけでもとんでもないですが、いくら色つきの上位紋章とはいえ、巨大なドラゴンを丸々収納できたりはしないと思いますよ」
「前も言ったが、魔術師の紋章が絶望的に、身体に合ってなかったからな。それで魔力が鍛えられたんだろうって先生が言ってたよ」
「危険ですよね」
「ああ。だからこれは公表しないって、先生と決めてる」
わざと命の危険がある、相性最悪の紋章を刻む馬鹿が出てくるかもしれんからな。
そんな雑談をしていると、リーファンが馬車の荷台を開いていた。
そこには巨大な箱が置いてある。
「ん? 馬車に荷物なんてあったっけ?」
ほとんどの荷物は、俺かエヴァが空間収納にしまい込んでるはずなんだが。
不思議に思って、リーファンの横に行くと、なんとなくエヴァもついてきた。
「えっとね、陶器やガラス製品なんかを、木屑を詰めた大箱にしまってあるんだ」
「え? なんで?」
「馬車の性能テストだよ。割れ物をどの程度運べるのか」
俺は顎に手を当てる。
「さすがに今回は特殊過ぎて、参考にならないんじゃないか?」
「あはは。まさかここまで道中が激しくなるなんて思わなかったもんね」
ジタローのカンは鋭く、一見絶対に超えられないような崖を「ブラックドラゴン号とホワイトファング号なら行けるっすよ!」と、言い放ち、実際、スタミナポーションで育てられた二頭の馬は、鼻息荒く、あっさりと乗り越えていったんだから、頭を抱えたくなる。
「どっかの小国と貿易が可能になったとしても、このルートは使えねぇな」
「街道の整備は必須だね」
そのあたりのノウハウはあるので、許可だけもらえたら、エリクシル領の予算で一気に作ってしまおう。
「さて、何個割れてるかな?」
リーファンがゆっくりと、大箱を開けると、俺たちは予想外のことに、頭が真っ白になった。
「……きゅう」
箱に入っていたのは、目を回したマイナだったのだから。
俺たちは呆然と、ぐったりとしているマイナを見下ろす。
なんで?
ほんとなんでよ!?
「マイナーーーーーーー!」
俺の絶叫が、夕暮れ空に響き渡ったとさ。
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