159:旅立ちはいつだって、わくわくするよなって話


 出発の日は、ずばーんと晴れ渡った。

 青空がどこまでも広がり、雲一つない。まさに出発日和である。


 領民の多くが、港に集まり、蒸気船を囲っている。

 リーファンの技術と、ジャビール先生の知識の集合体である、水分蒸発薬を使った、蒸気機関で動く鉄の船。

 その巨体と丈夫さで、水生魔物を寄せ付けない。艤装も、テスト航行も済み、本日が正式な出航となる。


 出発式典に備えて、カイルと俺たちは控えているのだが、ここにマイナはいない。

 控え室として、大型のテントが設置されているのだ。


「実は昨日の夜も、マイナと言い争いになってしまいまして。今日は部屋に引きこもってます」

「そうか……、納得いかないんだろうな」

「はい。ですが、遊びに行くわけではありませんから」


 そうだなと、俺はカイルの肩を叩く。双子の妹に見送ってもらえないのは寂しいだろう。

 俺は少し暗い顔をしているカイルのために、話を変える。


「そうだ、あれを見てくれ」


 俺は、これ見よがしに展示されている馬車を指す。


「間に合ったんですね」

「ああ。カイルは馬で行くと言っていたが、領主が戦争でもないのに、馬に乗って移動するのは良くないって、ザイードに注意されてな。急いで馬車を作ったんだ」


 白をベースに、黒と金のアクセントが効いている、美しい二頭立ての馬車が、領民に見えるよう、目立つ場所に展示されていた。

 式典が終わったら、カイルはこの馬車に乗り込んで、そのまま乗船する予定である。

 馬車を牽いているのは、俺のブラックドラゴン号と、カイルのホワイトファング号だ。

 馬車はリーファンの技術の粋を集めて作られたのだが、その分重量が酷いことになっている。それでもブラックドラゴン号がいれば、楽勝で牽くことはできるんだが。

 単純に、カイルの愛馬も連れて行く関係でこうなっただけである。


「荒れ地にも強くて、車輪がはまり込むことも少ないらしいぞ」

「それは凄いですね。街道で活躍している馬車をさらに改良したのですね」

「あれは荷物用だけど、こっちは居住性も重視して揺れも少ないらしい」

「この旅で、有用だと実証出来たら、陛下に献上しましょう」

「ああ、いいんじゃないか? そんときには、さらなる改良点もわかってるだろうしな」

「はい」


 どうやら話を上手く逸らせたらしい。まぁ、カイルのことだから、わかってて乗ってきてるとは思うが。

 ちょうど話に区切りがついたところで、ザイードとジャビール先生がテントに入ってきた。


「カイル。もうすぐ出番だぞ」

「はい。お兄様」


 どこか嬉しそうに答えるカイル。


「カイル様も、貴様も、気をつけていくのじゃぞ」

「はい」

「大丈夫だ。万が一の時も、カイルだけは守る」


 俺が胸を張って答えると、先生は呆れたように息を吐く。


「はぁ。カイル様はもちろんなのじゃが、貴様も重々自分を大切にするのじゃ」

「えーと。はい。わかりました」


 ほんと、先生は優しいな!

 すぐにカイルは、港に設置された壇上にあがる。

 拡声の魔導具を掴んで、ゆっくりと語り出した。


「皆さま、私たちの生活は安定し、少しずつ豊かになっています。ですから、私たちは次の段階に進まなければなりません。それは、分断された人類の生存圏をつなげ、お互いに手を取り合うことです! 国王陛下から、直々にこの名誉ある任務を任されたことを、私は誇りに思います。しばらく領地を離れますが、その間も、皆が頑張ってくれることを期待しています」


 カイルが魔導具を置くと、港中に、わあああああぁと歓声が巻き起こった。

 背後に控えていた俺は、カイルと一緒に馬車に乗り込む。ちなみに御者はメイドのリュウコである。


 こうして俺たちは、大歓声に送られながら、出航したのである。


 ◆


 今現在、この船には使節団メンバーのほかに、たくさんの兵士が同乗していた。

 理由は簡単で、レイドックたちが乗っていないからである。彼らはすでに、対岸にベースキャンプを作って待っているはずだ。


 巨大な水車のようなパドルが水をかき、鋼鉄の船が力強く進む。

 たまに、水の中から魔物が姿を現すが、船に設置された大型の弓と、兵士たちの投げ槍で、あっという間に撃退される。ちゃっかり網で回収し、魔石を取り出しているのが逞しい。


 川幅が巨大なこの大河は、今までの船で渡ろうとすると、命を賭けることになる。それでも一部の商人や冒険者は危険を覚悟で渡っていたりしたが。

 この水平線まで伸びる大橋が完成すれば、文明を分断していた大河を、安全に行き来できるようになるだろう。

 一足先に、この鋼鉄の蒸気船が完成したのは僥倖だった。


「そろそろ対岸に着く頃だが……おお! カイル! 見えてきたぞ!」

「はい!」


 俺は暇な時間を甲板で過ごしていたのだが、手招きするとカイルも駆け寄ってくる。


「あそこからは、もう王国領地ではないんですね」

「ああ。気を引き締めていかないとな」

「はい」


 対岸には、はしけ・・・を利用した桟橋が完成していた。蒸気船の欠点は、ある程度水深がないと座礁してしまうことなのだが、どうやら先遣隊はそれを見越して、深い水深まで桟橋を延ばしてくれていたらしい。


「空間収納があるから、ボートで上陸でも大丈夫だったんだがな」

「クラフト兄様がいればそうでしょうけれど、これから交易をするとなれば、必須ですよ」

「それもそうか」

「交易港の設置許可をもらうところから始めないといけませんが」


 カイルが表情を引き締める。

 ここはもう、王国が主張する領土の外なのだ。高度に政治的な判断が要求される場面が増えるだろう。


 俺たちが船を下りた先には、いくつかのテントが設営されていた。


「よう、来たな」


 出迎えてくれたのは、もちろんレイドックとその仲間たちである。

 テントの方には、冒険者もいるようだが、彼らはその場で待機していた。


「ずいぶん立派な桟橋をこさえたな」

「蒸気船の艦長が、テスト航行ってことで、何度も物資を運んでくれたんだが、そんときにはしけも引っ張ってくれてな」

「なるほどな」


 俺がいなけりゃ、荷下ろしするのに桟橋があったほうがいいって思ったんだろう。

 今後を考えると、良い判断だ。


「カイル様、まずはテントにどうぞ。そのあいだに荷下ろしはしておきます」

「はい」

「荷物っていっても、馬車くらいだぞ?」


 その他の荷物はすでに全部、空間収納の中だ。


「桟橋のテストも兼ねてるらしい。船員に任せておけばいいさ」

「なるほどね」


 振り返ると、さっそく荷室から、馬と馬車を運び出そうとしている。ここにいたら邪魔だろう。俺たちはテントへと移動した。


「それでは報告させていただきます。このベースキャンプを中心に、ある程度の範囲を捜索しました」

「はい。それでどこかの国と接触出来ましたか?」

「いいえ。国どころか、村すら見つかりませんでしたよ。事前に収集していた情報通りですね」

「そうですか」


 カイルは少し考え込む。


「ならば、この場所に、簡易的な港を作っても、問題なさそうですね」

「錬金硬化岩を使った、本格的な港じゃなきゃいいんじゃないか? 文句言われたら、壊せばいいし」

「そうですね。船長には建設を進めるよう伝言を頼んでおきましょう」


 メイドのリュウコが、すっと紙とペンをカイルの前に置くと、カイルはさらさらと指示書を書き上げた。


「では、ここは冒険者の皆さまに守ってもらって、私たちはさっそく出立しましょう」

「休まないのですか?」

「はい。スタミナポーションも飲んでいますからね」

「なるほど。では早々に出ましょう。こちらの準備は終わってます」


 外に出ると、リーファンやジタローも降りてきていて、船から馬を下ろす手伝いをしていた。

 空間収納は生き物を入れることが出来ない。入れようとしても、そもそも発動しないのだ。

 だから、馬や二足鳥などは、こうやって船で運ぶしかない。はやく大橋が完成してほしいものだ。


 使節団が、馬車を中心に、ずらりと並ぶ。

 カイル、俺、リーファン、リュウコ、レイドック、ソラル、エヴァ、カミーユ、マリリン、ジタロー。


 全員を前に、カイルが声を上げた。


「それでは、小国家群使節団をここに結成することを宣言します!」

「「「おう!!!」」」


 こうして、俺たちの冒険が始まった!


 ……この時、俺は馬車を空間収納を使って、船から降ろさなかったことを、後悔するとは思ってなかったのだが。



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