162:不安だから、一緒にいたいよなって話


 カイルの壮絶な笑みを向けられ、涙目で俺にしがみつくマイナ。

 うん。自業自得だと思うぞ。


 この状況なら、マイナの……聖女の涙を採取させてもらってもいいんじゃないかと、わずかに錬金術師としての本能がうずくが、黒いオーラを漂わせるカイルの前で、そんなことをする勇気はない。


 じっとマイナを見つめていたカイルだったが、ふっと雰囲気を霧散させ、大きくため息を吐く。


「まさかマイナが、ここまでするとは思いませんでした」


 俺もだ。

 だが、よくよく考えると、最近はケンダール兄妹たちとつるんでいるのだから、このくらいやっても不思議はないなと、思い直す。


「……たしも」


 ぼそりと、マイナが呟く。


「私も……行く」

「マイナ……何度も言いますが、これから行く場所では、なにがあるのかわからないんです。危険なんですよ。湿地帯で出会った八ツ首のヒュドラを忘れたんですか?


 あのときは俺たちの油断も大きかったが、マイナはヒュドラに狙われ、大木のうろに一人で隠れるという恐怖を味わったはずだ。

 思い出したのか、マイナが身体をびくりと震わせる。


「だから……」

「え?」

「だから! 一緒に行くの!」


 マイナは俺にしがみつきながらも、カイルの袖を強く握りしめる。


「一人で……待ってるのは……イヤ!」


 マイナの明確な主張に、俺だけでなく、カイルも大きく目を見開いた。


「マイナ……」


 カイルが困ったように、マイナを見つめる。

 俺は少し考える。


「レイドック」

「なんだ?」


 そばに来ていたレイドックに顔を向けると、やつはすべてわかってるとばかりに、口元を歪めた。


「マイナが増えたら、護衛はむずかしくなるか?」

「おいおい。誰にものを言ってるんだ? マイナ様がつねにカイル様と一緒にいてくれるっていう条件付きだが、もう二度とヒュドラん時みたいな失態はしないぜ。軽く二人とも……いや、お前を含め、全員俺が守ってやる」


 言いながら、左手を見せつける。そこには剣聖ソードマスターの紋章が輝いていた。

 まるで、やつの決意を表明するように、力強く。


「カイル様。あの時より人数は減ってますが、俺たちの力は比較になりません。マイナ様が一人増えたくらいで、問題なんて一つもありませんよ」


 自身に満ちた表情をカイルに向ける。


「もちろん。マイナ様をベースキャンプまで送るとしても、なんの問題もありませんけどね」


 レイドックが軽く肩をすくめると、マイナが絶望の表情で俺にさらにしがみついてきた。

 お前! ここはマイナの味方をしてやるところじゃね!?


「カイル、どうするんだ?」

「……」


 カイルは目をつむり、静かに考え込む。

 不安げに俺を見上げるマイナ。

 俺は、はぁとわざとらしくため息を吐いて、マイナの味方をしてやった。


「いいんじゃないか? 領主の娘として、世間を見て歩くのも経験になるだろ? それに今度こそ俺も、マイナを守ってみせるさ」

「兄様……」


 それが心を決めさせたのだろう、カイルは困ったように頷いた。


「マイナ、旅の間はクラフト兄様から離れないこと、勉強を毎日やること、皆の言うことを聞くこと、わがままを言わないこと、領主の血族としての礼儀を守ること。これを守れますか?」


 たんたんと述べるカイルに、マイナは勢いよく顔を上げる。


「約束……する」

「それが貴族の対応ですか?」


 俺にしがみついていたマイナは、目を丸くしてから、手を離し、優雅にスカートを持ち上げながら膝を軽く曲げた。


「お約束……いたします」


 マイナが淑女にふさわしい礼を見せ、俺はちょっと驚く。マイナにも、カイルにもだ。


「はぁ。わかりました。同行を認めます」


 結局、根負けしたカイルが折れる。ため息交じりに。


「クラフト兄様。ペルシアに連絡を取ってください。今頃困っているでしょうし、マイナが同行するなら、彼女は護衛に必要ですから」

「そうだな」


 俺は良かったなと、マイナの頭を撫でてやると、彼女は振り向いて、輝くような笑顔になった。

 なぜか、その笑みから、目を離せない。

 こいつ、こんな良い笑顔も出来るんだな。

 動きを止めてしまった俺に、エヴァが呆れたような半目を向ける。


「早く連絡したほうがいいんじゃないですか?」


 なんか声が冷たい!

 さすが魔術師、冷静だぜ!


 俺は慌てて、通信の魔導具を起動する。

 オリハルコンを利用したこの魔導具は、お互いの精神をつなぎ、相手の見聞きしたことを共有できるものだ。

 ただ、魔力消費が馬鹿でかく、俺かジャビール先生からでないと、呼び出しも接続もできない。


 ……いや?

 賢者ワイズマンの紋章になったエヴァなら、おそらく起動可能だな。

 あとでカイルに相談して、受信専用の魔導具ではなく、送受信可能な魔導具を渡すか相談してみるか。パーティーに二人いたほうが心強い。


 そんなことを考えながら、ペルシアに精神をつなげる許可を送る。

 相手の許可がなければ、精神の共感は起こせない。


「もしもし、ペルシアか? 今だいじょう――」

『遅い! 遅いぞ!』


 精神をつなげる許可を求めるまでもなく、一瞬で精神共感した。

 彼女が見聞きしている風景が、頭の中に広がる。

 どうやらどこかのベランダにいるらしい。

 優雅にお茶でもしてたの?


『マイナ様が! マイナ様が行方不明なのだ! ベランダからロープを垂らして、部屋から脱走したらしい! 私は今からアルファードのところにいって全兵士を叩き起こしに――』

「まてまてまて! 落ち着けペルシア!」

『落ち着いていられる訳がなかろう!? 本人の意思による脱走だとは思うが、誘拐の可能性だってあるんだぞ!』

「お前は俺の視界が見えてないのか!? 集中して俺の視界を共有しろ!」

『今はそれどころでは……!』


 俺は視線をテーブルに移す。

 そこではリュウコに給仕をされながら、一心不乱に食事をしているマイナがいた。

 そりゃ、朝からなにも食べてなかったからな。

 貴族らしい優雅な所作ではあるが、口に運ぶ動きは速い。


『……あ?』

「見えたか? マイナはこっちにいるから安心しろ」

『き……き……』


 き?

 安心してるかと思いきや、どうもペルシアの身体が小刻みに震えている様子。


『貴様が誘拐犯かぁぁああああああ!』

「んなわけねぇだろうがぁぁぁぁぁぁあ! このポンコツぅううううう!」


 俺の叫びが、夜の森へと響き渡った。

 誰かなんとかしろ! このポンコツ女騎士!


 結局、落ち着かせるのに、湯が沸くくらいの時間を要したのであった。

 とほほ。


 ◆


「――そんなわけで、マイナの同行を許しました」


 カイルがペルシアに、今までの説明をしてくれる。


「それで、ペルシアにもこちらに合流して欲しいのですが、追いつけますか?」

『無論です! 今すぐそちらに向かいます』


 ペルシアのポンコツな発言に、俺は口を挟む。


「蒸気船がそっちに戻るまで、なんも出来ねぇだろ。今すぐ出てどうする」

『ぐっ……!』

「大丈夫ですよペルシア。貴方の二足鳥なら、数日で追いつけるでしょう?」

『もちろんです! 船が到着次第、動力機関が壊れる速度で出発します!』

「壊すな!」


 貴重な蒸気機関だぞ!?

 普通なら、単なる意気込みと笑い飛ばすところだが、ペルシアの場合本気でやりかねんからな。


「船を夜に出港させるわけには行きません。そろそろそちらに戻る頃だと思いますが、絶対に日の出まで出港させないでください。わかりましたね? ペルシア」

「……は」


 なんでそこで不満そうなんだよ!


「そろそろ魔力がきつい。通信を終えたいんだがいいか?」

「そうですね。ゴールデンドーン側の説明は、ペルシアに任せましたよ」

「はっ!」


 なんとかポンコツを説得して、通信を切った。


「ふう」

「兄様、お疲れ様でした」

「おう。まったく。説明が長引いたせいで、無駄に魔力を使っちまった。今日はゆっくり寝かせてくれ」

「もちろんですよ」

「とりあえず、飯だな」

「はい」


 俺たちも交代で食事を取る。

 そしてさっそく、マイナはカイルから勉強を教えられていた。


 一騒ぎあったが、ようやくのんびりとした時間が過ぎる。

 空に星が満ちる頃、カイルが「あっ」と困った表情を浮かべた。


「どうした?」

「いえ、マイナの服がないんですよ」

「あ」


 するとマイナが、自分が隠れていた箱を指さす。


「服。ある」


 のぞき込んでみると、たしかに服が入っていた。

 一着だけ。

 しかも寝間着。


「……兄様、ペルシアに連絡を」

「……了解」


 俺とカイルは、お互いに苦笑し合うのだった。



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