158:嫌われ役も、必要だよねって話
マイナがふくれていた。
いかにも「私、怒ってます」という態度を崩さず、頬を膨らませたまま、そっぽを向いている。
その様子を、ペルシアが困ったような、慈しむような目でうかがっていた。
使節団の出発準備に追われる中、俺は気づいてしまう。なぜかマイナも出かける準備をしていることに。
荷物の大半は、俺の”空間収納”に収めるため、専用の倉庫に集めてもらっていたのだが、そこの私物コーナーに、なぜかマイナのスペースが取られていた。
そして、ちょこちょこと、マイナが荷物も運んでは、置いていく。
……服ばっかりだな。
俺はマイナにべったり護衛しているペルシアを睨む。
真剣に荷造りしているマイナから、数歩下がり、ペルシアに小声で話しかける。
「おい。なんでマイナが準備してる」
「使節団のメンバーを決めたのは、お前だろう。なら、お前から伝えるべきだと思ってな」
こいつ!
面倒ごとを俺に押しつける気か!?
「いやいや! 護衛なら止めろよ!」
「マイナ様の部屋と、この倉庫との往復は、マイナ様にちょうどいい運動量なものでな」
「そういう話をしてるんじゃねぇよ!」
語気が荒くなってしまったからだろう、マイナがこちらに顔を上げた。
俺に気づいた、マイナが嬉しそうに寄ってくる。そして、どうだとばかりに荷物を指さしたあと、鼻息荒く胸を反った。
これが必要なことなら褒めてやるところなのだが……。
俺は一度、ペルシアに恨めしい視線を投げたあと、ため息交じりにしゃがんで、マイナと視線の高さを合わせる。
「マイナ。今回の視察団に、お前は連れて行かない」
しばし、目を瞬かせたマイナが、不思議そうに首をかしげる。
「……う?」
どうやら、上手く理解出来なかったらしい。おそらく、一緒に行けないなどと、考えてもいないのだろう。
「マイナは留守番だ」
「留守……番?」
「そうだ。俺たちが行くのは危険な場所だ。そんなところにお前をつれてけない。学園だってあるだろ?」
俺が言い聞かせると、信じられないものを見る目で、俺を見上げたあと、思いっきり頬を膨らませ、そっぽを向いたのが、冒頭である。
ぷんぷんという、オノマトペが見えそうな勢いで、機嫌を悪くしているマイナ。
「ペルシア。お前がなんとかしろよ」
「ふふ。怒っているマイナ様も可愛らしい」
「うぉーい!?」
だめだこのポンコツ。早くなんとかしないと!
俺がどうにかマイナを言い含めようと、悪戦苦闘しているところに、カイルとザイードが並んでやってくる。護衛はアルファードと聖騎士だ。
「クラフト兄様とマイナ? いったいどうしたんですか?」
「ん? ああ。カイルからも言ってくれ。マイナが一緒に行けなくてふくれてる」
カイルが目を丸くしてから、マイナの前に立つ。
「マイナ。気持ちはわかるけれど、連れて行くことは出来ないよ。小国家群は、たくさんの都市国家が乱立している場所で、一つ一つの国が別の政治を行っているから、本当になにが起こるか予想がつかないんだよ」
カイルが優しく諭すが、マイナは横を向いたまま、ピクリとも動かない。
すると、ザイードがずいと一歩踏み出す。
「マイナ。聞いているぞ、学園の成績が芳しくないようだな」
そこで初めて、マイナがぎくりと身体を震わせ、チラリとザイードに視線を向けた。
「領主一族としての貴族教育も、遊びほうけてサボっていると聞いている」
マイナの額から、汗がつーっと流れる。
「ジャビールから、マイナは残っていた呪いもとけ、すこぶる体調が良くなったと聞いているが、運動はしているのか? 勉強は? 礼儀作法は? まさか、貴族教育だけでなく、エリクシル領の住民として課せられた教育義務から逃げるために、荷造りをしているのではなかろうな?」
ジロリと見下ろすザイードに、マイナがだらだらと汗を流す。
「自らに課せられた義務すら成し遂げていないものが、領地の……いや、陛下に賜った任務につけると思うのかね?」
「う……」
きつい言葉に、とうとうマイナが涙目になって、走り去ってしまった。
若干自業自得な部分もあるから、聖女の涙を回収させて欲しいと思ったのは内緒だ。嫌われてしまう。
「ザイード。さすがに言い過ぎなんじゃないか?」
「……」
ザイードが無言でこちらを睨み返す。
「クラフト、ちょっと付き合って欲しい」
俺の返事を待たず、ザイードが歩き出す。聖騎士がついていこうとするが「護衛はいらん」と追い返す。
スタスタと進むザイードに、やれやれとついて行った。
◆
やってきたのは、城下を見下ろせる、大きなベランダだった。
掃除をしていたメイドが、お茶の準備をしようとしたが、手の一振りでベランダから追い出す。
……貴族としての威厳は完璧なんだよな。こいつ。
ザイードが手すりに寄りかかったので、俺も横に並ぶ。
「……嫌きらわれ役は、私一人でいいのだよ」
「え?」
風でかき消えそうなほど、小さな、つぶやきだった。
「領地経営はきれい事だけでは済まぬ。時には恨まれるような決断をしなければならない」
俺は少し姿勢を正して、続きを聞くことにする。
「カイルは優秀だが、優しすぎる。そしてだからこそ、領民の支持を得ている。それは逆に、領民が期待するカイル像から外れたとき、一気に幻滅される恐れがあると言うことだ」
そういえば、カイルの父親である、ベイルロード辺境伯もそんなことを言っていた気がする。まぁ、ヴァンに一蹴されてたが。
「だから、悪役が必要なのだよ。カイルの横に立つ、悪意を一手に引き受ける悪役が」
びゅうと、風が髪を巻き上げる。
「その悪役を、あんたがやろうってのか?」
「そうだ。私向きだろう?」
そこで初めて、ザイードがわずかに口角を持ち上げた。
それは、カイルに対する贖罪なのか。
「そうではない。私は陛下より直々に、この領地の運営を任されたのだ。だから、最も効率が良い方法を取っているのに過ぎぬ」
「そうか」
俺たちは、しばらく、ただ風の音を聞いていた。
「クラフト。カイルを頼む」
「言われるまでもない」
「いや、そういう意味ではない」
俺は片眉を持ち上げる。
「気づいていたか? カイルもマイナも、貴様のことは「兄様」と呼び、私やフラッテンのことを「お兄様」と呼んでいることに」
思い返してみると、確かにそうだった気もする。
「それが? 話がつながっていないみたいなんだが」
「それだけ、無意識にお前がカイルに信用されているということだ」
「それは、嬉しいな」
カイルにそこまで信用されていたのか。
「今回の使節団だけの話ではない。これから先も……カイルの支えになってやってくれ」
ようやく話がつながった。
そして、俺はそれに否を唱える理由がない。
「ああ。任せとけ」
「私も……」
ザイードが流れる雲を見上げた。
「いずれ、兄様と呼ばれるよう、努力しよう」
「そうか」
こうして、俺たちは話を終える。
大丈夫だ。
カイルが領主であるかぎり、俺たちの未来は明るいに決まってる。
俺が拳を握ると、そこにぽつりと、雨粒が落ちた。
気がつかないうちに、急に空模様が悪くなっていたらしい。
太陽を遮る雨雲が、一瞬で空を覆ってしまった。
まるで、俺たちの決意をあざ笑うかのように。
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