157:事前準備は、手を抜けないって話


 転移門の威力は絶大だった。

 人が五人ほど横に並べる程度の大きさに設計したので、手押し車くらいなら出入り可能。

 今も、王都で不足していた硬化岩の錬金薬が大量に運び出されている。


「……こりゃもう隠し部屋で秘密にするのは難しいんじゃねーのか?」


 荷物の運搬をしているのは、王都の信頼できる人物だけなのだが、さすがに出入りが激しすぎる。

 ヴァンとバティスタ爺さんも、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。


「ああ。だが、今までのアーティファクトとは違い、量産が可能になったのだ。秘匿するより、転移門を使った流通網を考えた方が建設的だろう」

「まぁ、そうなってくれると、移動が楽でいいよな」


 おかげで、ヴァンの野郎がしょっちゅう荷物と一緒に、遊びに来るようになってしまったが。

 まぁ、大半の時間は執務室で、カイルと一緒に仕事をさせられている。

 国王陛下がなにやってんだよって話ではあるが。

 転移に必要な魔石は多いが、今や魔石の一大産地となっているゴールデンドーンで直接補充できるので、コストは十分に安いらしい。


 転移門の視察をしたあと、俺たちは城の執務室へと移動する。

 そこではカイルとザイードが並んで仕事をしていた。

 どうやらもう、わだかまりはお互いになくなったのか、自然な感じになっている。


 ヴァンも自分の席(なんで陛下専用の机がこの街にあるんですかね?)にどかりと座り、積まれた書類を一枚取り出す。

 しばらく目で数字を追っていたが、ため息交じりにぼやきを漏らす。


「しかし、もう少し錬金術師の数が増えんもんか」


 それを聞いて、一緒にいたジャビール先生が顔を上げた。


「これはあくまで噂なのじゃが」


 そう前置きして、ゆっくりと語り出す。


「古い文献によると、どうも昔に、錬金術師ばかりが住む里があったとあるのじゃ。真偽のほどは定かではないのじゃがな」

「錬金術師の里ですか」


 それは凄い。

 もっとも昔は、紋章そのものが珍しくなかったという話もあるので、それほど不思議な話ではないのかもしれないが。


「うむ。ほとんど情報の残ってない、古代の話なのじゃ。もし、今もその里が残っておったのなら、今の状況も改善するのじゃがなぁ」

「一度人類は滅びかけたらしいですし、無理でしょうねぇ」


 どうも、大昔に人類は繁栄していたらしいが、魔物によって滅びたらしい。正確には滅びたというか、ほぼ壊滅というべきか。

 わずかに生き残った人類が、少しずつ増えて、ようやく現在の人数にまでなったらしいが、太古の技術はまったくというほど残っていないと、先生に教わったことがある。


「そんな里が残ってたら、三顧の礼を持って、この国に来てもらうところだが……無いものをねだってもしょうがあるまい。クラフトやジャビールやバティスタが頑張ってくれ」

「だいぶ頑張ってると思うぞ!?」

「わはは! まぁそうだな! 今後の活躍にも期待しておくぞ!」

「へいへい……」


 国王陛下直々に、応援という面倒ごとを押しつけられる未来しか見えない。甘言に乗せられて、変な役職を割り当てられないよう、気をつけよう。

 俺は生涯、いち生産ギルド員でいいわ。


 話の区切りがついたタイミングで、ザイードがこちらに顔を向けた。


「クラフト」

「なんです?」

「いくら陛下が普段の口調を許しているとはいえ、さすがに礼儀がなってないのではないか?」


 いや。そんなこと言われても、慣れない敬語を頑張ったところで、ヴァン本人にやめさせられてるんだが。

 久しぶりに、俺に対して口を開いたかと思ったら、個人攻撃ですかい!

 カイルも少し眉を持ち上げる。

 俺への態度を不快に思ったのだろう、ザイードに対して口を開きかけたが、やつの次の言葉で完全に言葉を失った。


「陛下ももう少し、態度を改められてはいかがでしょう? 威厳というものは大事なものです」


 おおう!

 なんと俺だけにじゃなく、陛下にまで注文つけたぞ!? マジかよ!

 俺とカイルはぽかーんと口を開けてしまったが、バティスタ爺さんは驚く様子もなく、やつの言葉に続けた。


「ザイードの言うとおりですじゃ。陛下はもう少し、国王という立場をですな――」

「ああ、わかったわかった。人のいる前では注意する」

「いつもそうやってお逃げになりますが、これは国の代表として、真っ先に――」

「バティスタ! この書類はこれでいいな!? 次の書類はどれだ!」


 バティスタ爺さんは、諦めたようにうなだれたあと、積まれた書類から一束取り出して手渡す。


「忙しい時期が終わったら、王族としての教育をいたしますからな」

「そんな日がくればな」


 ヴァンの投げやりな言葉に、バティスタ爺さんは天を仰いだ。

 俺はこっそり、バティスタに尋ねてみる。


「あの、ずいぶんとザイードが失礼なことを言ってるみたいですが……」

「いや。やつはあれでいいんじゃ。懲罰代わりに城の仕事をさせてみたとき、有能さを周囲に見せつけ、すぐに陛下付きの文官と一緒に仕事をするようになったんじゃが、そのときからやつはあの調子じゃよ」

「ほんとですか!?」


 やべぇ。ちょっと尊敬したくなってきたわ!

 そうか。案外公平な男だったんだ。

 まぁ、相変わらず貴族とかの立場にはうるさそうだが。


 しかし、半分罪人扱いで連れて行かれたはずなのに、陛下付きで仕事をやっていたとは……ザイード恐るべし。

 それだけ有能なら、留守を任せて問題なさそうだな。

 カイルも少し嬉しそうに、引き継ぎの仕事に精を出しているし。


「なあ陛下」

「ヴァンでいい」


 速攻で否定されたんだが。

 それを見て、ザイードが額を押さえている。

 うん。もうどうしようもないだろ、これ。矯正したいなら、今度にしてくれ。


「あー、ヴァン。小国家にはカイルではなくザイードを連れていくのはどうだ?」

「却下だ」

「即答かよ。理由は?」


 ヴァンが書類から目を上げ、顎をザイードに向ける。


「やつは確かに有能だ。だがそれは決められた仕事をこなす能力で、なにがあるかわからん場所で、自己判断できる能力ではない。カイルはその両方を持っているがな」

「カイルが褒められるのは嬉しいんだが、なら、そういう代官になるやつを、派遣してくれないか?」

「無理だ。辺境の押し上げで、砦をいくつも建造していると何度も言ったろだろう。その手のスタンドプレーが出来る人材は、むしろこっちが欲しいくらいだ」


 人類の生存権のを広げるため、ヴァンは砦を乱立している。そうか。たしかに武人だけでどうにかなる問題ではないか。

 小国家群との交渉も、魔物の領域を削るのも、どっちもあとに回せる問題じゃない。

 もともと、王国や帝国は、比較的魔物の少ない地域で領地を広げていった。だが、人口が増えることで、次第に危険な領域まで生活圏を広げなければ、立ち行かない状況になっている。

 クラフト小麦(マジで名称変えてくんねぇかな)の量産で、ある程度食料問題は解決したが、まだまだ対処療法みたいなもんだからな。


「……つまりヴァンは、カイルに行って欲しいんだな」

「それが望ましいとは思っているが、決め切れん」

「なるほど」


 こりゃ、覚悟を決めるしかないな。


「カイル」


 俺はカイルの正面に立つ。


「使節団のメンバーを決めたぞ」

「はい」


 少し緊張した表情で俺を見上げてくる。


「メンバーは、俺、リーファン、リュウコ、レイドック、ソラル、エヴァ、カミーユ、マリリン、ジタロー」


 そこでいったん言葉を句切ると、カイルが不安げな表情を浮かべた。


「それにカイルだ。大変な旅になるぞ。覚悟はいいな?」

「はい! もちろんです!」


 こうして、使節団のメンバーは決まった。

 レイドックたちの事前調査が終わり次第出発だ!


 どんな問題があっても、カイル。お前は守ってみせる!


 ……。

 もっとも、小国家群に入る前から、問題が起こるとは、思ってもいなかったのだが。

 どうなってんだよ!


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