156:トラブルは、遠方より現れるって話
転移門の完成前に時間は戻る。
俺とリーファンは地獄のような忙しさに追われていた。
そりゃもう、嵐のように。
まず、俺は冒険者ギルドに駆け込み、超特急料金を積み上げ、レア素材の収集を依頼。
材料が揃うまでに、予定していた各種ポーションの作り置きを繰り上げ作成していく。俺は小国家群に行くので、そのあいだに販売する分のポーションを大量にストックしておかねばならないのだが、ただでさえカツカツのスケジュールが、予定変更で寝る間も惜しいほど、時間が足りない。
せめて、リーファンに手伝ってもらえるなら、もう少し余裕ができるんだが、そのリーファンも、予定変更のせいで、同じ状況である。
「やべぇな。このままだとストック数が減るかも」
「ぬう……それは少し困るのじゃが、陛下の命令を断る訳にもいかんのじゃ」
手伝いをしてくれている、ジャビール先生も、額からだばだばと流れる汗を袖で拭う。
俺はともかく、先生の体力が持たないぞ、これ。
伝説品質のスタミナポーションを飲んで、これだけ汗をかいているということは、相当無理をしているはずだ。スタミナポーションは全力の八割くらいまでの疲労を打ち消してくれるが、それ以上を続けると、さすがに疲労が出てくる。
「陛下の突拍子もない行動には慣れてはいるのですが、さすがに堪えますね」
呆れたように零したのは、元先生の弟子である、エルラ・ルイラだ。
ヴァンの野郎に置いていかれ、俺たちを手伝ってくれている。
「それでも俺はマシなほうですよ。先生とエルラさんっていう、世界でも有数な錬金術師が二人も手伝ってくれてるんですから。リーファンのほうが大変です」
「うむ。この街に集まる職人は優秀なものも多いが、リーファンとは差がありすぎるのじゃ」
「ギルド総長がいなかったら、書類仕事もやらなきゃならなかったから、マシだとは思うんですが」
まぁ、グリム総長というより、その部下であるシンデリーが優秀というべきかもしれんが。
「神よ! 今すぐここに超有能な鍛冶師をつかわしたまえ!」
「むちゃくちゃ言うでないのじゃ!」
まったくやれやれと、額を押さえて首を左右に振る先生。
そんなアホな軽口を叩きながら、錬金釜をかき回しているところで、生産ギルドの受付から、とんでもない大声が聞こえてきた。
「なんだ!?」
俺たちは慌てて階段を駆け上がる。(錬金部屋は地下なのだ)
すると、妙にガタイのいいドワーフが部屋を揺るがすような大声を上げていた。
「じゃから! リーファンを出せと! 言っているだろう!」
すげぇ。腹にずんと響く声だぜ!
そのドワーフの相手を、プラム・フルティアが頑張っている。
どういうわけか、いつまでたっても生産ギルドの新人扱いされる謎の子だ。
「ですから、リーファンギルド長は現在とても忙しく、緊急の面談以外はお断りしている状況で……」
「俺様が来たんだぞ! 緊急だろうが!」
謎理論を豪快にまき散らすドワーフ。
背は低いのに、その迫力はドラゴン並みだ。
こりゃ、プラムの手に負えねぇな。
「あー、ちょっと失礼。リーファンに用事があるのか?」
「む? そうだ! あの小娘がここにいると聞いてな! 俺様直々に来てやったんだ! ミスリルを出せ!」
支離滅裂過ぎて、意味がわからんわ。
「あー、えっと。リーファンに会いたいのか、ミスリルを購入したいのかはっきりしてくれよ」
「ミスリルは! リーファンからもらうわい! とにかく! あの小娘を出せ!」
一体なんなんだこいつは。小娘呼ばわりするし、敵なのか? 倒すか?
「短気は損気なのじゃ」
「……攻撃したりはしませんよ」
よほどわかりやすい顔をしていたのだろう、速攻で先生から突っ込みが入る。
「あー、どのみちギルド長は外出してる。出直してくれ」
「いやじゃ! 俺様は今すぐにでも、硬ミスリルを打ちたいんじゃ!」
「いや! 会話しろよ!?」
なんだこの傍若無人なドワーフは!?
先生! 短気はこいつの方です!
とりあえず、生産ギルドから摘まみ出そう。
「他の人の迷惑なんで、それ以上ワガママ言うなら、強制的に帰ってもらうことになるぞ?」
「ほう? やってみるか!」
ドワーフが巨大なハンマーを構える。まるでリーファンが持っているような巨大なやつだ。
受付の空気が一瞬で変わる。
「はわわ! はわわ!」
いや、落ち着けプラム。
俺はベルトに差している、試験管型ポーション瓶を指に挟む。トリモチの錬金薬で動きを止めればおとなしくなるだろう。
まさに一触即発。
そんな張り詰めたタイミングで、ギルドの入り口から驚愕の声が響いてきた。
「ちょっ!? なにしてるのクラフト君!?」
慌てたように入ってきたのは、もちろんリーファンである。
「ギルド内で喧嘩なんて……え?」
リーファンが、俺の前に立ち、一体誰とやり合っているのかと、ドワーフに振り向いて、硬直したように身体を止めた。
「師……匠?」
「おう! 小娘! 壮健そうだな! ではミスリルを出せ!」
前後に脈絡のない叫びを上げるドワーフ。
これがリーファンの師匠、ヴェルンド・アルヴィトとの出会いであった。
うん。最悪の出会いだわ。
◆
カーンカーンと金属を叩く槌の音が響き渡る。
ここはリーファンの鍛冶部屋で、槌を振るっているのは、もちろんドワーフのヴェルンドだ。
「ふう。ようやく静かになったぜ」
「ごめんね、クラフト君。師匠が迷惑かけて」
「いや、気にしないでくれ。むしろリーファンがあと少し遅かったら、実力行使に出るところだった」
「師匠は昔から誤解されやすくて、しょっちゅう喧嘩してたよ」
どこか楽しげに笑うリーファン。
その様子を見るに、彼女の敵というわけではなさそうだ。
「小娘とか呼んでたから、難癖でもつけにきたのかと思ったぞ」
「私が昔住んでた村が全滅したあと、交友のあった師匠を頼ったんだよ。それ以降、住み込みの弟子としてもらったんだ。私からしたら親同然なんだ」
「そうだったのか」
ヒュドラによって村が全滅したあと、リーファンがどうしていたのか気になっていたが、ちゃんと暮らせていたのか。
少しばかり安心した。
「師匠は凄いんだよ。おそらくこの王国でも一二を争う鍛冶師なんだから!」
「……天才ってのは、どこか頭のネジが吹っ飛んでるのが常識なのか?」
「あはは。鉱石以外になんの興味もない人だから」
「まぁ、わかる」
リーファンと出会ったヴェルンドは、鉱石を寄越せという挨拶(?)で、早速リーファンの鍛冶部屋を占領してしまったのだ。
変人すぎる。
まぁ、変わり者だが、悪いやつでなかったのは行幸だ。
「うぉおおおお! 伝説品質のミスリル・ハードフォージングオイルに、純度の高いミスリル鉱石! これは滾る!」
「どうでもいいが、あの声はなんとかならんのか。叫びっぱなしだぞ」
「あれが師匠のデフォルトなんだ……」
申し訳なさそうに身を小さくするリーファン。いや、お前が悪いわけじゃないから。
「師匠のいた工房は山奥にあったんだけど、たくさんの弟子がいたから、凄くうるさくて……」
俺は、たくさんの職人が槌を振るう、巨大な鍛冶工房をイメージした。
「あー、なるほど。それで怒鳴るのがデフォになったと。怒ってるわけじゃないんだな」
「そうだけど、怒りっぽいのも本当なんだ」
「なんて難儀な」
ドワーフは気難しい種族だが、それでもヴェルンドはずば抜けてるぞ。
「でもね! いいニュースもあるんだ!」
「なんだ?」
「この街が気に入ったから、ここで暮らすって! それで生産ギルドを手伝ってくれるんだよ!」
リーファンが嬉しそうに跳ねる。
親代わりが街に住んでくれるなら、そりゃ嬉しいだろう。
「違うよクラフト君。師匠の腕なら、今まで私が作っていたすべての鍛冶ができるんだよ! 金属限定だけどね」
「全部!?」
「そうだよ! 紋章が
「それって……」
「うん! これで心置きなく、私も使節団に入れるよ!」
おおおおおお!
神よ! 感謝します!
……でも、ちっとばかりご都合主義じゃね?
なにはともあれ、こうして少しばかり余裕の作れた俺たちは、なんとか転移門を完成させたのだった。
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