145:サプライズは、時を選べって話
「それでは私も食事に行ってくる」
全ての成人生徒の紋章適性を調べてくれたゲネリスが、よいしょと席を立ち上がる。
「俺は教室で生徒と食べますが、ゲネリスさんは外ですよね?」
「ああ。生徒の邪魔はしたくない。食べ終わったらまた戻ってくるのだったな?」
「はい。お願いします」
俺がお願いすると、近くにいたゲネリスの孫、フェイダールが不思議そうにこちらに顔を向ける。
見学組だったので、学校にいたのだ。
「祖父の仕事は終わりですよね?」
「いや、もう一仕事あるんだ」
「フェイダール。昨日小遣いをやったろう? 今日と明日はゆっくり祭りを楽しんできなさい」
「……はい」
微妙に納得がいかないような顔だったが、祭りの魅力にはかなわないのだろう、クラスメートのところに走り寄り、給食を食べ終わったらどこへ行こう、あそこへ行こうなどと楽しく雑談し始めた。
本来であれば、もう紋章官の仕事は二日後の儀式までない。
だが。
「よう、クラフト」
「おう、レイドック」
給食の準備をしている教室に入ってきたのは、レイドックとそのパーティーメンバー。ソラル、エヴァ、カミーユ、マリリン。
さらに別の三人組が続く。
「これは美味しそうですね」
そんなことを言いながら入室したのは、レイドックの元メンバー。神官ベップ、魔術師のバーダック。それに戦士のモーダである。
新旧勢揃いのメンバーを見渡して、レイドックが胡散臭げな視線をこちらに寄越す。
「おい、クラフト。これだけのメンバーを指名して、学園の警備だと? いったい何を企んでる」
彼らは冒険者ギルドの指名依頼で、朝からこの学園の警備をしていたはずだ。
冒険者ひしめくこのゴールデンドーン最高の冒険者パーティーと、実力派パーティーに出す依頼ではない。
俺はそらっとぼける。
「今日は大事な生徒の儀式があったからな」
「ふん。まあいいが、強敵でも相手にさせるなら、先に言っとけよ」
「ごく普通、一般的、当たり前の警備だって」
「はん」
レイドックは鼻を鳴らして、生徒たちと一緒に給食を食べ始めた。
普段、学園の警備をしてくれる冒険者には別室で食べてもらうのだが、今日は登校している人数が少ないので、一緒の教室で取ってもらっている。
レイドックが着席すると、冒険者に憧れているケンダールたちに囲まれ、さっそく冒険譚をねだられていた。
一時期、彼らは教師として護身術などを教えに来ていたが、最近は忙しいため、他の冒険者の仕事になっている。
ケンダールたちは、直接レイドックに教えてもらっていた世代なので、嬉しそうだ。
話が盛り上がっている最中、教室のドアが開く。
「ちーっす! クラフトさん! なんか飯をご馳走してくれるって言うから来たっすよ!」
ばーん! と登場したのは、狩人のジタローである。
「おう。給食だが喰ってけ。その後ちょい用事がある」
「なんっすか? おいら祭りを楽しみたいんすけど」
「まぁまぁ。そんなに時間はとらせねぇって」
「まぁいいっすけどね。ん! 美味いっすねこれ!」
なんの躊躇もなく、生徒たちに交じって食事を始めるジタロー。
「「「……」」」
レイドックたちの視線が痛いな。
俺がそっと目を逸らすと、三度、教室のドアが開いた。
「あの、クラフト君? なにか用事があると聞いたんですが、本当にこちらでよかったんですか?」
「アズ姉ぇ!?」
「アズールさん!」
おずおずと教室に入ってきたのは、キツネ獣人のアズールである。
それに驚いたのは、彼女に育ててもらっているケンダール兄妹たちだ。
あと、ジタロー。
「おう。間違いない。とりあえず、給食を食べてってくれ」
「はい。……本当になんなんです?」
「それはあとのお楽しみだ」
俺がアズールにそう答えると、レイドックが半目を向けてくる。
「クラフト……」
「まあ、もうちょっと待てって」
アズールの登場で、ケンダールたちのテンションがマックスになり、騒がしい食事になってしまったが、今日は生徒も少ないので、うるさくは言わない。
俺も混じって食事を終える頃、最期のメンバーがやってきた。
「お待たせしました、クラフト兄様」
「カイル様!?」
現れたのは、正式な貴族となったカイルと、その護衛であるペルシアとアルファード。それにリーファンである。
今まではアルファードが護衛として一緒にいることが多かった。
だが、彼は新たに聖騎士隊を率いる立場になっているため、最近は部下の聖騎士が、カイルの護衛についてることが多くなっていた。
だが、今日はアルファードが一緒に来ている。
「皆様、お呼びだてしてすみませんでした。来てくれて嬉しいです」
合流した全員が目を丸くして、俺の方に顔を向ける。
するとカイルがはっと気づく。
「もしかして、兄様になにも聞いてないんですか?
「ええ、カイル様。俺たちは学園の警備としか聞いてません」
「あの、私も重要な用事があるからと……」
「ああ……」
カイルが状況を理解し、軽く頷く。
「兄様、皆の将来に関わることなんですから、サプライズはどうかと思いますよ?」
「クラフト君……」
カイルは苦笑しながら、リーファンは残念な子を見る目つきを向けてくる。
ええ? ここはびっくりさせる所じゃない?
「それでは改めて、僕から説明させていただきます。今日お呼びした皆様には、ゴールデンドーンへ……エリクシル領への多大な功績を称え、紋章の適正調査と、希望すれば書き換えをしようと思っています」
「「「え!?」」」
「やっぱり……」
皆が驚く中、エヴァだけが納得顔だった。さすがである。
「それとは別にレイドックさんたちには別の報酬もあるのですが、それは儀式が終わってからにしましょう」
カイルがにこやかに告げると、レイドックが少し困惑気味になる。
「カイル様。俺たちは十分な報酬をすでにいただいておりますが」
「あなたたちの功績は、ギルドの報酬ですむ程度ではありません。ゴールデンドーンが移設したおりも、喜んでついてきてくれました。スタンピードや湿地開拓。資源の調査。率先しての魔物退治。冒険者の育成。数え上げればきりがありません。兄様さまにはすでにお屋敷を贈りましたが、皆様にはまだなにも贈っていませんでしたから」
カイルの言葉を聞いて、レイドックが表情を引き締めた。
「……わかりました。ありがたく、報償を受け取りたいと思います」
「ありがとうございます」
うんうん。
まぁ、レイドックが剣士の紋章より相性が良いのがあるとも思えんが、ものは試しって言うからな。
カイルがレイドックたちに報償を出したいが、なにが良いかと聞かれたとき、紋章の検査と、もう一つをアドバイスしておいたのだ。
「クラフト君! ゲネリスさんが戻ってきたか確認してきてくれる?」
「おうよ」
俺が隣の部屋に移動しすると、ゲネリスだけでなく、ジャビール先生も一緒に待っていた。
「あれ? 先生も紋章適性を受けるんですか?」
「クラフトか。単純に手伝いなのじゃ。蒼髪ほどの冒険者にあれ以上最適な紋章があるか興味があったのじゃ」
「なるほど。たしかに気になりますよね」
「うむ」
「ゲネリスさんはもう大丈夫ですか?」
「ああ。十分休憩させてもらった」
「じゃあ、呼んできます」
教室に戻ると、マイナ、アルフォンソ、フェイダール、さらにケンダールたちが見学したいと待っていた。
「祭りはいいのか?」
「さっきとおんなじ感じでやるんだろ? だったらそんな時間かからないと思ったんだ。祭りは明日一日楽しめるから、それより兄ちゃんたちの紋章がどうなるか見たいんだ!」
エドが元気よく答える。
なるほど。なら断る理由もない。
「みんなはいいか?」
貴族などは、自分の紋章を隠すこともあるので、念のため訪ねたが、全員かまわないと了承してくれた。
「んじゃいくか」
部屋を移動して、並んでもらう。
紋章官がリストを確認する。
「では最初に、モーダ。こちらに」
「……うす」
相変わらず言葉が少ないな!
レイドックたちはまだしも、モーダとバーダックにはなんとか紋章が刻まれることを俺は祈った。
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