146:男なら、涙を見せないって話


 サプライズで喜んでもらおうと思ったら、全員に苦い顔をされたでござる。


 ……気を取り直して、モーダの紋章適正を見守ることに。

 モーダはレイドックのパーティーの盾として、ずっと頑張ってきた男だ。どうか戦闘系の紋章が刻めますように!


「では”紋章適性判断”。……ふむ」


 全員が息を飲んでゲネリスの言葉を待つ。


「モーダには、”戦士”の適性があるようだ」

「「「おお!」」」


 全員が、特にレイドックが喜色の笑みを見せた。

 だが、俺はここで、ふとした疑問を抱く。


「凄いめでたいことだけど、モーダは成人の時に、戦士の紋章を望まなかったのか?」


 モーダが首を縦に振る。

 ……いや、それだけだとよくわからん。

 すると、魔術師のバーダックがため息を吐きつつ、説明してくれた。


「モーダが成人したときは、親の家業に関係する紋章を望んだと聞いた。その後、色々なことがあって、冒険者に転職したらしい。俺も似たようなものだ」


 色々という部分は少し気になるが、冒険者は過去を詮索しないのが礼儀である。

 俺はなるほどと頷いた。

 紋章官が笑みを見せる。


「紋章は、生まれつきの素質だけでなく、それまでの行いや努力で刻める種類が増えることがある。モーダは戦士として良く修行したのだろう。努力の結果だ」

「……うす!」

「もし紋章を刻む気があるのなら、明後日と言わず、今日この場で刻むことも出来るがどうするかね?」


 そうか。生徒と違ってすでに成人した社会人だし、他に悩む紋章もないのだ。ここで刻んでも問題ないのか。


「お願い、します」

「うむ。では”紋章刻印:その名は戦士”!」


 モーダの左手がカッと光ると、その甲には戦士の紋章が黒々と刻まれていた。


「……うす」


 感極まった様子で、モーダはやっとのことで、紋章官に頭を下げた。


「おめでとう!」

「やったなモーダ!」

「おじさん良かったな!」

「おじさんって言う歳じゃないんじゃない?」

「おめでとうございます。しかし、成人してからも、紋章が刻めるんですね。勉強になります」


 全員がモーダをお祝いする。

 あ、レイドックの奴、ちょっと泣きそう。からかってやろうとも思ったが、今はひんしゅくを買うな。


「では次に、バーダック」

「ああ」


 魔術師らしく落ち着いた態度で紋章官の前に行くが、内心はかなり緊張していると思う。

 モーダと似たような理由で冒険者に転職したのだったら、成人の時に魔術師の紋章を望んでいなかっただろうしな。


 バーダックは魔術師系の紋章がないのにもかかわらず、幾多の魔法を使いこなす男だ。

 だが、紋章がないということは、魔力の量も、魔力効率も非常に悪いと言うことである。それでもレイドックのパーティーメンバーとして活躍してきたのだ。ここで魔術師系の紋章が刻まれれば、一流の魔術師になるのは間違いない。


 頼む! 神よ! バーダックにふさわしい紋章を!


 俺が内心で祈っている間に、紋章官が呪文を唱え、適正検査を終える。


「ふむ。バーダックには”魔術師”の適性があるようだ」

「……!」


 色黒バーダックが目を大きく見開く。


「そう、ですか。俺にも、紋章の適性が」

「冒険者として努力してきた賜物だろう。このまま刻むかね?」

「はい。もちろん。よろしくお願いします」

「うむ」


 紋章官はゆっくりと頷いてから、モーダと同じように、バーダックの左手に、紋章を刻む。


「ああ……わかる。今まで蓄えてきた知識も、少ない魔力で魔法を使ってきたことも。なに一つ無駄ではなかったと……」


 バーダックが泣きそうな表情で、自らの紋章を掲げて見つめていた。

 感無量なのだろう。とても良くわかる。


「おめでとう!」

「よかったな、バーダック!」

「ああ」

「黒い兄ちゃんもすげぇな!」


 次々とお祝いを述べるなか、レイドックが真面目な表情になった。


「なあ、紋章が刻まれたなら、また俺たちと同じパーティーに――」

「いや。俺たちはもう、新たな道を歩み始めた。お前たちとは違う形で、頼りにされている。戻るつもりはない」

「ええ。私たちは三人で頑張ります」

「うす」


 レイドックの言葉を遮って、バーダックもベップもモーダも続く。

 どうやら、彼らの気持ちは変わらないらしい。

 なんとなくだが、その気持ちもわかる。それに会えなくなるわけじゃない。この街でいつだって会えるのだ。別にすぐに決めることでもないだろう。


「そうか。わかった」


 レイドックは少しだけ寂しそうだったが、それ以上はなにも言わなかった。


「では、次はベップ」


 全員の視線が、神官のベップに移る。


「私はこの紋章を神から与えられたものだと信じています。ですので適性検査は辞退させてもらおうと思ってます」

「え!?」


 思わず声が出てしまった。


「ベップ! 別に気に入らない紋章に適性があったら、刻まなけりゃいいだけだろ! 神官の上位紋章に適性があるかもしれないんだぞ!?」


 叫ぶ俺に対して、ベップは笑顔で首を横に振る。


「いいえ。私はこの紋章が与えられたことを誇りに思っています。ですが、領主様からの報償ですから、今与えられている神官の紋章が適正なのかどうかだけ、調べてもらえますか? クラフトさんのように、向いてない紋章の場合だけ、少し考えますから」


 言いながらカイルに目を向ける。


「わかりました。ベップさんがそれで報償と思ってくれるのであれば、僕には異存はありません」

「では、適正を調べた上で、命に関わるような不適切な紋章の場合だった時のみ、それを伝えよう」

「はい。ありがとうございます」


 紋章官が調べた上で、問題ないと太鼓判を押してくれたので、ベップは礼を言って終える。


「では次に、アズール」

「あ、あの、本当にいいんですか? 私は見ての通り獣人ですが……」


 おどおどと、低姿勢で前に出るアズールだが、問題ない。カイルの治める地で、そんな偏見はあり得ないのだ。


「大丈夫ですよ、アズールさん。生徒だけでなく、この領地の全ての住民に、獣人だからという差別はしていませんから」

「カイル様……」


 さすがカイルである。

 安心したように、アズールが紋章官の前に立った。


「では調べてしんぜよう」


 紋章官が呪文を唱えると、少し嬉しそうな表情を浮かべた。


「あなたには、”神官”の適性があるようだ」

「うそ……まさか……そんな……」


 職業としての神官と、紋章として持つ神官は別物だ。紋章を持っていない神官はたくさんいるし、場合によっては全然方向違いの紋章を持つものだっている。

 神職についているもので神官の紋章を持つものは稀少となるのだ。


「獣人の私に、紋章の適性があるんですか?」


 囁くような呟きに、ジャビール先生が大きく頷いた。


「うむ。アズールが驚くのはとても理解出来るのじゃ」


 ジャビール先生がこほんと一つ咳払いをする。


「一般的に、獣人で紋章を持つものはほとんどいないと言われているが、それには理由があるのじゃ。獣人の紋章適性は、くせのあるものが多く、刻める紋章が少ないことが一番の理由なのじゃ」


 俺は「おお」と納得する。

 さすがジャビール先生! そこに痺れる憧れる!


「もう一つの理由としてはじゃな、残念なことに獣人は成人の儀に呼ばれない地域も多い。結果的に紋章持ちの獣人は非常に少ないのじゃ」

「なるほど」


 俺は大きく頷いた。さすが先生、博識である。


「今回に関しては、経験も大きいのじゃろう。よう頑張ったの、アズールよ」

「はい……はい!」


 涙ぐむアズールにつられて、俺まで泣きそうになるじゃねーか!


「さて、紋章を望むかね?」

「も、もちろんです! よろしくお願いします!」


 アズールがコメツキバッタもかくやという勢いで、頭を下げまくる姿が面白くて、なんとか涙を引っ込めることが出来た。

 ナイスだアズール。


「それでは”紋章刻印:その名は神官”!」


 アズールの左手が輝き、そこに黒くも美しい、神官の紋章が浮かび上がる。


「ああ……。神よ。心より感謝致します!」


 神に祈りを捧げたあと、紋章官とカイルに何度も礼を述べると、ケンダール兄妹の四人が我慢できずに、アズールへと飛びついた。


「アズ姉! 良かったな! おめでとう!」

「凄いよアズ姉! やっぱり神さまは見てくれてるんだよ!」

「おめでとう~。アズ姉~」

「おめ……おめで……おめでと……」


 全員が顔をぐしゃぐしゃにして、涙を流しながら抱き合う姿で、俺の涙腺も崩壊した。


 ちくしょう!

 それは反則だ!


 こうしてゴールデンドーンに、貴重な神官の紋章持ちの神官が誕生したのである。


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