144:世界初ってのは、慎重にやらないとなって話


 本来、成人の儀と一緒に行われる祭りは一日だ。

 他国は知らないが、この王国では各地で最大の祭りとなる。

 祭り自体は小さな集落でも開催されるが、十六歳の成人となる子がいる家族は、王国に指定された大きめの都市へと移動しなければならない。


 毎年これが大変なのだが、エリクシル開拓伯領では問題にならない。

 なぜなら、成人前の子供たちは全て、学園に所属しているため、その所在がはっきりしているからだ。


 リーファン町で成人前の子供がいる家庭も、とっくにゴールデンドーンに家族ごと引っ越してもらっている。

 一部は子供だけ寄宿舎に移ってもらっているが。

 いずれリーファン町にも学園を創設予定だが、少し先の話である。


 さて、通常一日開催の祭りだが、このエリクシル開拓伯領では、三日間の開催となる。

 今までもドラゴン討伐やら、開拓伯領になったお祝いやらと、ここ一年の間に何度も大きな祭りをやってはいたが、それに比べても、大がかりな規模となってしまった。


 結果。


「うおおおおおお! 納品が! 納品が間に合わねぇ!」

「クラフト君! そっちはギルド総長にやらせて!」

「うぉい! 丸投げかよ!?」


 俺の叫びに、リーファンが即座にギルド総長へと仕事を押しつけると、総長が悲鳴を上げる。


「……私が手配しますので、総長はこっちの処理を」


 静かな声で仕事を請け負ってくれたのは、ギルド総長と一緒にゴールデンドーンにやってきた腹心のシンデリー・ストンワークだ。

 相変わらず病的に痩せた男だが、それで健康体らしい。

 総長の手綱を握れると言う意味で、リーファンに匹敵する有能な男だ。


「シンデリー!? こっちって、それはそれで凄い仕事量なんだが!?」

「各地のギルドから成人の儀関連の決済が届くのは当たり前でしょう」

「そ、それはリーファンに……」

「総長の仕事です。あ、二時間で片付けてください。そのあと、この街の分が残っていますので」

「無茶言うな!」

「無理でも無茶でもやってください。でないと成人の儀がコケますよ? また商業ギルドに嫌みを言われたいんですか?」

「ぬごごごごごご!」


 普段リーファンかシンデリーに仕事を投げて逃げまくっている総長も、今日ばかりは逃げられない。

 つーか自分の仕事くらいやれ!


「んじゃ、シンデリーさん、こっちの納品は任せた! 俺は学園に行く!」

「わかりました」


 総長はあれで有能だから、リーファンとシンデリーさんにケツを引っ叩かれれば、なんとか仕事をこなしてくれるだろう。

 やる気にさせるまでが一苦労だが。


 そんなわけで、俺は仕事を任せ、学園の手伝いに向かう。

 まずは紋章官であるゲネリスを迎えに行く。


「お待たせしました、ゲネリスさん!」

「こちらもちょうど準備が終わった所だ」


 名簿などの詰まった鞄を手に、ゲネリスが家を出て来たので、一緒に学園に歩く。

 到着すると、すでにオブリオ・レルネンが学生たちをまとめていた。


「成人する者はこちらに、見学組はあっちに並ぶように!」


 教室の一室には、今回成人する一七人が緊張した面持ちで座っている。

 人口が増えまくっているこのゴールデンドーンで、成人する人数がたったの一七人なのかと疑問に思う人もいるかもしれないが、これには理由がある。


 まず、この土地が開拓地だということ。

 開拓地に来るような者は大半は成人済みで、子連れのことはまずない。

 移住を考える家庭でも、成人間近の子供がいれば、地元で仕事を探すか、子供が成人してから移住するだろう。


 もちろん、仕事が見つからず、家族ごと引っ越してくる人数も多いが、そういう家庭は逆に子供が小さいことが多い。

 ゴールデンドーンの噂に全てを賭けて、やってくるのだ。


 学園も低学年の人数はどんどん増えていくが、ケンダール兄妹たちのいる高学年はあまり増えていない。


 もっとも、今回から始める、紋章適正の話が広がれば、さらに移民は増えると思うが。


「オブリオ先生、ありがとうございます」

「仕事だからな。……今日はリュウコさんは来てません……よね?」

「いつも通り家で留守番してますよ」

「そうですか」


 ほっとした様子を見せるオブリオ。リュウコのスパルタがトラウマらしい。

 その拍子に、彼の髪がわずかにずれた。何事もなかったかのように、ナチュラルに頭を手で押さえると、違和感は消えた。


 うん。今度、錬金術で養毛剤を作ってあげよう。


 俺は心の中で誓いながら、ゲネリスを席に案内する。

 紋章官は鞄から住民名簿を取り出す。

 どうして「紋章官」という「職業」が国家資格かといえば、この住民名簿を預かるためである。


 今回もカイルから直接、この名簿を手渡されていた。

 ゲネリスが成人の一七人に顔を向ける。


「さて、今までの成人の儀であれば、君たちに希望の紋章を告げてもらい、その紋章を刻む魔法を使っていた。しかし今回、カイル様のご提案で、全員に紋章適性を調べるよう言われている」


 一七人がごくりと息をのむ。


「もちろん希望しない者は、今までと同じように手続きするが、いるかね?」


 全員が首を横に振る。

 当たり前だろう。


「もしかしたら、適性が見つからない者もいるかもしれないが、良いのかね?」


 成人組が一瞬、周りを見渡すが、全員が再び頷いた。

 ゲネリスが満足げに頷くと、名簿を手に取る。


「ではまず、アルフォンソ君。こちらに来なさい」

「はい!」


 アルフォンソが勢いよく立ち上がり、ゲネリスの前に座る。


「では、左手を出しなさい。甲を上に……そのまま動かないように」


 成人組だけでなく、見学の高学年組も緊張した面持ちで凝視している。


 ゲネリスが手をかざしながら、魔術式を構築していく。

 自分が受けたときはよく見ていなかったが、かなり複雑な術式だ。


「”紋章適性判断”」


 大量の魔力が魔術式で変換され、アルフォンソの身体を駆け巡る。


(ありゃあ……なるほど。個人の魔力を細かく調べる術式なんだな。紋章をただ刻むのと違って、魔力をめちゃくちゃ使うわけだ)


 今回ゴールデンドーンでは一七人しかいないが、普通は数百人単位が成人の儀を受けるのだから、全員に紋章適性などやれるわけがない。

 理屈ではわかっていたが、改めてそのことを理解した。


「ふむ。アルフォンソ君。君には三つ適性があるようだ。”農夫”と”戦士”と”木こり”だ」

「三つもあるんですか!?」


 アルフォンソが叫ぶと、教室がざわついた。

 俺も驚く。複数適性があるの!?


「ど、どうしよう。家の親は木材加工を営んでるんですが……」

「ふむ……適正以外の紋章が発現しないということはないが、確率は低い。”細工師”などの紋章を望むのなら、親と相談し良く考えなさい。幸い君に相性の悪い紋章はないようだからな」

「わ、わかりました」


 アルフォンソには嬉しさと戸惑いの両方が浮かんでいる。

 今までの方法であれば、きっとアルフォンソは細工師の紋章を望み、発現しなかったら残念だと諦めて終わりだったろう。


 アルフォンソが下がったので、声を掛ける。


「相談になら乗るからな」

「はい……でもまずは親と話し合ってみます」

「そうだな。それがいい。もし紋章がなく、親の職業を継ぐとしても立派なことだし、紋章を得て、他の職につくのも、どちらも立派なことだってのは覚えておいてくれ」

「はい!」


 ゲネリスは続けてもう一人、適性を調べると、その生徒も三つの適性が判明する。

 親の職業に関する紋章だったので、泣きながら喜んでいた。


「……クラフト君。ポーションを頼めるかね?」

「あ、もちろんです」


 俺は空間収納から、魔力薬を取り出し手渡す。

 ゲネリスはかなり魔力が多いように見えるが、たった二人で魔力が枯渇するのか……。

 彼はポーションを飲み干すと、次々と適性を調べていった。

 幸い、全員がなにかしらの適性があって、一安心である。

 一七人で伝説品質のマナポーションが八本か。うん。ゴールデンドーン以外じゃ不可能だな。これ。


 俺は大騒ぎしている生徒たちを静かにさせる。


「では、明後日までに希望する紋章を決めておくように。今日来た全員に給食は用意してあるので、食べたら解散! 祭りでは羽目を外しすぎるなよ!」


「「「はーい」」」


 こうして無事、初日の午前は終了した。

 ……これ、まじで噂が広がったら移民が激増するんじゃね?

 今より?


 現状でも日々移民が激増してるってのに、それが加速する?

 よし。これ以上考えるのはやめよう。



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