143:驚愕も連続すると、マヒするよねって話


 おいおいおい、嘘だろ?


 最初の驚きは、紫髪の小さな女の子が教師だったこと。

 もちろん、それも驚きではあるが、それ以上に、彼女があの有名な錬金術師、ジャビール・ハルヤンだったことも驚きである。


 高名な錬金術師にして、高名な医者。

 さらに、学会という組織を作り、それまで魔術師たちが秘匿していたいくつもの技術や魔法を公の物とし、数年で人類の発展を大きく進めた、偉大な人物だ。


 そういえば、若返り薬のアムリタ研究中に失敗したという噂があったな。

 その若々しい姿を見て、なるほどなと思った。


 驚きは続く。

 ジャビール先生によって黒板に書かれていく、魔術式を見て、目を剥いた。

 わかりやすく洗練された術式にも驚かされたが、それを僕とほぼ同年代の庶民の子供が、うんうんと唸りながらもノートに書き取っていくのだ!


 文字の読み書きが出来るなんてもんじゃねえよ!?


 壇上で講義を進めるジャビール先生とは別に、黒髪の錬金術師が生徒たちの進行具合を確認しながら、教室を回っている。

 僕のノートを覗き込みながら、満足げに頷いた。


 ……なんかムカつくな。


「さすが、紋章官の孫だな。よく勉強してる」

「……ジャビール先生の教え方が上手いだけです」

「それはそうだが、その歳で理解が早いよ」


 お前に褒められても、嬉しくなんかないんだからね!


 錬金術師が、金髪の大人しい少女、マイナの横で足を止める。彼女のノートをしばらく覗き込んでいると、錬金術師の手が伸び、なにかを書き加える。


 すると、どちらかというと無表情なマイナが、ぱっと表情を明るくしたのだ。

 錬金術師の指摘に、何度も頷きながら、真っ直ぐに見つめ返している。

 なんだろう、上手く言葉にできないけど、マイナの視線に熱があるというか、高揚してるというか。

 自分で理由は不明だが、錬金術師に対して、謎の怒りと嫉妬が沸いてくる。


 僕は頭を振って、思考を授業に戻す。

 貴重なジャビール先生の講義を聞き漏らすとかあり得ない!


 ……まわりの奴らは、これがどれほど凄いことなのか理解してんのか?


 こうして、色々釈然としないまま、座学が終わった。


 そして、次の驚きである。

 まだあるのかよ!

 その光景を目の当たりにして、目眩でぶっ倒れそうになったほどだ。


 教室から校庭に場所を移し、なんと実技である。

 ……嘘だろ?


 魔法は才能が大きく関わるが、訓練次第で覚えることは出来る。

 もっとも、最低限の読み書きと算数が必須だし、それに魔法理論も覚えなければならない。

 だからこそ、魔術師系の紋章を持たないものは、よほど良い教師がつかなければ、魔法を覚えることは出来ない。


 出来ない、はずなのだが……。


「クラフト兄ちゃん! 見てくれ! 先週より魔法で作った水の量が増えたぞ!」


 嬉しそうに叫んだのは、狼の獣人であるエドだ。

 え?

 獣人が魔法?

 紋章がないのに?


「お、凄いじゃないかエド。お前は魔術師向きじゃないが、”飲料水生成”や”着火”の魔法だけでも覚えとけば、冒険者になってから役に立つぞ」

「おう! でも攻撃魔法も覚えたいぜ……」

「役割分担も重要だからな。攻撃魔法はカイに任せて、お前は剣と盾で前衛に立つ方がバランスはいいと思うぞ」

「それはそれ、これはこれだろ!」

「そうだな。じゃあ次は”着火”を頑張って見ろ。これが出来ないと、一番使いやすい炎の攻撃魔法は無理だぞ」

「わかった!」


 おいおいおい。

 本当に魔法が発動してるよ……。


 庶民が魔法を使えるだけでも驚愕なのに、それが獣人。

 別に差別とかじゃなく、今まで獣人が魔法を使えるなんて聞いた事がなかったから、驚きは半端じゃない。

 しかも紋章もない子供で。


「クラフトさん、攻撃魔法の練習をしてもいいですか?」

「ん? じゃああそこの的に撃っていいぞ、少し離れてな」

「はい」


 今度はレッサーパンダ獣人のカイが魔術式を練り上げていく。

 え、嘘、あの術式って……。


「”業炎弾”! ……だめかぁ」


 いやいやいや!

 業炎弾は”火弾”の上位呪文だぞ!?

 冒険者の魔術師だって、使えない奴は多いんだ! 子供に使えるわけがないだろ!


 そんな僕の驚きを余所に、錬金術師がカイの魔術式を確認していく。


「もうちょいなんだよな。術式のこの部分に魔力を多く、逆にこっちは繊細に……細く長く注ぎ込むイメージでやってみろ」

「はい!」


 カイが何度も何度も魔法を失敗すると、魔力が枯渇したのか、その場に座り込む。

 すると錬金術師がベルトから、試験管型のポーション瓶を取り出した。


「そろそろ限界か? じゃあこれを飲め。……おっと、フェイダールも限界そうだな。お前も飲め」


 僕とカイに手渡されたのはポーション。

 みんなの様子を見ながら、僕もきちんと魔法の練習はしていた。

 もともと爺ちゃんや、父にも教わっていたし、家庭教師にも教わっていたから、簡単な魔法なら最初から使える。

 しかも今日の授業のおかげで、今までなんとなくしか理解出来ていなかった部分も使いこなせるようになり、たくさん魔法を使っていたのだ。


「これは?」

魔力薬マナポーションだ」

「え!?」


 僕が驚くと、錬金術師はひらひらと手を振った。


「ゲネリスさんに渡したものと比べたら、品質は圧倒的に下のものだよ。錬金術でかなり薄くしてる。ゴールデンドーン以外で売ってる魔力薬と比べても、効力はかなり弱いよ」

「いや、それでも庶民……んっん! 生徒に配るんですか!?」

「予算はカイルから出てるから気にするな。おっと、あんまり言いふらすなよ? 魔力薬は材料が貴重で、市場にもあんま出せないもんだから、効力が低いと言っても、変な誤解を生むかもしれん」

「言ったところで信じてもらえないと思いますが、了解しました」

「かなり薄めてるんで、完全回復は無理だが、授業に必要なくらいの魔力は回復するはずだ。頑張れよ」


 品質的に、若手冒険者が予備で持つような魔力薬だけど……、それを無料で配る!?

 本気で意味がわからない!

 そういや、スタミナポーションも飲み放題なんだよな、この学園。


「”業炎弾”!」


 なかば放心状態で呆れていると、突然轟音が鳴り響く。

 振り向くと、魔物の形をした木製の的が、燃え上がっていた。


「やった! 成功しました!」

「おお! やったな!」


 錬金術師が褒めると、生徒たちも集まってくる。


「凄いね! カイ! おめでとう!」

「うん!」

「畜生! 格好いいな!」

「えへへ」

「……凄い」

「ありがとう、マイナちゃん!」

「先生~、他の的に燃え移りそう~」

「あっ! ”水弾”!」


 慌てて錬金術師が、水魔法を放って火を消すと、呆れ顔のジャビール先生が錬金術師の前にやってくる。


「クラフト先生よ、おぬしは安全を最優先にするのじゃ」

「はい」


 しょぼくれる錬金術師に、内心ざまぁと思ったが、こいつ、攻撃呪文も使いこなせるのかよ。

 まじで何者なんだ?


 僕は改めて他の生徒を見渡す。

 攻撃呪文とまではいかないまでも、魔術式を魔力で構築出来てる奴は多い。

 呪文の発動までは行っていない奴も多いが、時間の問題だろう。


 ……。

 この領地は、一体どこを目指してるの?

 王国でも作って独立すんの?

 このままみんなが成人する頃には、兵士長クラスの実力になってるんじゃない?


 僕は戦慄しながら、授業を終えるのであった。


 ◆


 教室に戻ると、錬金術師が連絡事項があると言いだした。


「もうすぐ成人の儀が行われる」

「やったぁ!」

「祭りだ!」

「楽しみ!」


 すぐに生徒たちが騒ぎ出したが、錬金術師はみんなの興奮が少し収まるのを待ってから静かにさせる。


「すでに別クラスになってる十五歳組が、紋章を刻むんだが、このクラスのものは全員見学することになってるから、手順を覚えておくように」

「「「はーい」」」

「あ、フェイダールは当日、ゲネリスさんのお手伝いを頼む」

「わかりました」


 祭りは楽しみだけれど、爺ちゃんの手伝いもしたいからちょうど良かった。


「あと、今回から祭りが三日間になった」

「え!」

「やったぁ!」

「お小遣いもらわなきゃ!」

「先生! 学校はお休みですか!?」


 それは僕も気になる。


「祭りの前後を含む五日間が休みだが、このクラスは初日の午前と、祭りの最後の午前は成人の儀を見学するため集合するように」

「「「はーい!!!」」」


 騒いでいるクラスメートを見ながら、僕は思う。


「これは、大変なことになる」


 もちろん。大変なことになった。



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