135:お偉いさんになんて、なりたくないねって話
「ギルド長!?」
思わず叫ぶと、グリム・ドンドールは「ちっちっちっ」と芝居がかって指を振った。
「今日から、俺がギルド総長だ!」
びしぃと親指を立て、己に向かってサムズアップする。
リーファンが「ええ!?」と顔を跳ね上げた。
「リーファン、ギルド総長ってなに?」
「えっと、マウガリア王国の生産ギルド全てを統べるギルド長だよ」
「え!? 凄いじゃないか!」
「二人とも、俺を無視して話をしてんじゃないっての」
主役であるはずのグリム総長が口を尖らせる。
「おめでとうございます! まさか王都のギルド長を飛ばして総長になるなんて想像もしてなかったですけど」
「ああ、それは俺もだ」
たしかグリムがやってたのはガンダールのギルド長だったはず。つまり、カイルの親父さんの領地である、ベイルロード辺境伯領の生産ギルドで一番偉い人だ。
俺は出世に興味がないので、それ以上の役職のことをよく知らない。
「なぁリーファン。生産ギルドの偉い順……ヒエラルキーってどうなってんの?」
「えっとね、生産ギルドは地域ごとに区切られてて、ギルド長がいるの。私がその一人だね。ほら、開拓村に移動した頃って、村以外なんにもなかったじゃない? 飛び地になるからお飾りのギルド長が必要だったんだよ」
俺がなるほどと頷いていると、グリム総長が眉をひそめた。
「おいおい、なにを言ってるんだ。リーファン、お前はとっくに地区長権限のギルド長だぞ?」
「「え??」」
俺とリーファンの声が見事に重なる。
地区長権限ってのは、グリムがやってたガンダールのギルド長と同じ権力と言うことになる。
「あの……私、聞いてないんですけど?」
「ああ! そういや連絡してなかった! わはははは! 悪い悪い!」
がははと笑うグリムの目の前に、ドスンと巨大なハンマーが落ちた。
ミスリル製のそれは、見事な飾り付けのされた、リーファンの
「ギ・ル・ド・総・長?」
リーファンがめっちゃ深い笑みでグリムを見やると、即座に彼は土下座した。
「すまん!」
「大事なことは必ず連絡するようにいつも言ってたじゃないですか! ちょっと目を離したらすぐこれですか!? 前から言ってますが、ギルド長は仕事が適当で……!」
呼び方が総長からギルド長に戻っているのにも気づかず、リーファンはグリム総長に説教を始めた。
もともと二人の関係がこんな感じだったのだろう。
正座している総長と、リーファンの頭の位置が同じくらいなので、ちっちゃい子に叱られているようにしか見えない。
……俺も端から見たらあんな感じか。うん。気をつけよう。
その後しばらく説教が続き、ようやく立ち上がることを許されたグリム総長。
どっちが総長なんだか。
「あー、とにかくまぁ、今日からここがマウガリア王国における、生産ギルドの本部になる」
「本部が王都以外になるんですか?」
「ああ。俺が王都のギルド長をすっ飛ばして総長になった理由でもあるがな。王都ミッドライツのギルド長が色々やらかしてな……」
「ミッドライツのギルド長って優秀な人ですよね? 次期ギルド総長だった訳ですし」
リーファンが首を傾げる。
「もちろんだ。だが、お前らがやらかす色々に関して、信じなくてな。お前らを知ってる俺は、クラフトのポーション流通の準備や、硬化岩の量産なんかを即座に整えたんだが、王都の生産ギルドは出遅れてな。結果的につるし上げを食って、ギルド総長が辞任。その腰巾着だったミッドライツのギルド長も、内定取り消し。俺にお鉢が回ってきたってわけだ」
政治な話は興味ないなぁ。
あくびが漏れる。
「そんなわけで、俺は今日からここで仕事だ。広さに問題はないだろ?」
俺とリーファンがいるこの生産ギルドは、カイルにあからさまな贔屓をされているので、一等地に巨大かつ立派で丈夫な建物をもらっている。
ギルドの職員が何百人増えてもまったく問題はない。
「とりあえず上の階に、本部を設営する。リーファン、適当に部屋を見繕ってくれ」
「わかりました。部屋はいっぱい余ってますから。むしろ埋まるくらいの職員が欲しいですよ」
やや落ち込み気味につぶやく。
「おいおい、最初に手伝ってやると言ったろ? 当然、各地のギルドから優秀な人材を引っ張ってきた。今は引っ越し中だ。明日から使えるぞ」
「ギルド総長!」
感極まったリーファンが、がばりとグリムの腰に抱きついた。
親子に見えるな。
「わははは! 相変わらずリーファンの胸は育ってないな!」
ズドン!
爆砕したのは、近くにあった空の樽だ。
樽のあった場所には、振り下ろされたハンマー。
リーファンが、無言で、笑顔で、グリム総長を見上げていた。
関係ない俺の背中にまで、冷たい汗が流れる。
「なにか。言いました。か?」
「な! なにも!」
グリム総長は、積まれていた書類を適当に掴むと、部屋の隅の机に飛びつき、ギルド長でなければ決算出来なかった書類を片付けていく。
リーファンは深いため息を吐き出したあと、絶対零度の独り言を零す。
「次はありませんからね?」
なるほど。ああやって逃げればいいのか。
俺も機嫌の悪いリーファンから逃げるように、錬金部屋へ駆け込むのであった。
◆
次の日、かき集められた精鋭たちが出勤してきた。
見るからに頭の良さそうなやつばかりである。
彼らは早速仕事を始めるが、なるほど優秀だ。
ギルドの二階から上を本部と決めると、あれよという間に仕事が出来る環境を作り上げていく。
生産ギルドの本部なので、一流の職人によって作られた、一流の商品が搬入されていた。
職員の机一つとっても、見事な彫刻が施されている。
ギルド総長室も作られた。
最高級の絨毯に、カーテン。濃密な絵画に、豪勢なロウソク立て。重厚な机に、繊細なペンが立てられ、革張りの椅子に、グリム総長が座わっていた。
「似合わねー」
「うるせぇ。一流の家具を使うのも仕事なんだよ」
生産ギルドなんだから、当たり前なのだろう。
リーファン率いるゴールデンドーンの生産ギルドは、辺境という環境で、生きることに重点を置いた生産ばかりだったが、これからはこのような贅沢品も扱うことになるのだろう。
「クラフト、お前の仕事にはならんが、生産ギルド員なんだ。少しは目を鍛えておけ」
「努力しますよ」
素人目にも素晴らしいとわかる物しか置いてないのだが、どのくらい凄いのかと言われるとわからない。
おいおい勉強していこう。錬金術の勉強が優先だしな。
”鑑定”を使えばある程度のことはわかるだろうが、錬金に関係しない品物の情報精度は格段に落ちる。
暖炉の上に置かれた、よくわからないオブジェに眉根を寄せていると、総長室の扉がノックされた。
「グリム総長。本部が稼働出来る状態になりました。最低限ではありますが」
入ってきたのは、病的に痩せた四十代の男である。
「ちょうどいい、紹介しておこう俺の右腕になるシンデリーだ。実質的には俺より偉い」
その説明はどうかと思うぞ。
ギルド総長はそのシンデリーに視線を戻した。
「こいつが例の錬金術師、クラフトだぞ」
シンデリーが鋭い目つきをこちらに向ける。
「ああ、あなたが……。初めまして、私はシンデリー・ストンワークです。長い付き合いになるでしょう。よろしくお願いします」
礼儀正しく自己紹介され、逆に驚く。
「クラフト・ウォーケンです。田舎者と見下されると思っていたので驚きました」
自分の上司になので、できるだけ丁寧な言葉遣いを心がける。
あ。
そういやグリム総長には今まで通りだったわ。まぁ気にしない。
「黄金より、オリハルコンより貴重な、黄昏の錬金術師を見下す訳がありません。これからギルドの雑事は任せてください」
任せてくださいと言われても、仕事を押しつけたら死ぬんじゃないのか?
そのくらい痩せているのだ。
俺の不安が伝わったのだろう、グリム総長が手をひらひらと振る。
「大丈夫だ。シンデリーはそんな見た目だが、健康そのもの。全く問題はない。ただの体質だ」
「はい。初見の人に誤解されるのは慣れています。スタミナポーションも常用しておりますので、書類仕事はこちらに任せて、クラフトさんは錬金に専念してください。数日で溜まっていた休暇も取れるように手配します」
痩せすぎて、ガイコツか、目つきの悪いキツネに見えるシンデリーが、わずかに笑みを浮かべた。
むしろ怖い。無表情を貫いて欲しい。
見た目はあれだが、頼もしいことこの上ない。
「グリム総長より優秀ですね」
「だろ?」
グリムは偉そうな椅子に座ったまま、肩をすくめた。
うん。
生産ギルドは安泰ってことだな。
こうして、地獄のように忙しかった生産ギルドは、ようやく通常運転に戻っていった。
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