134:困難は、スパイスって話


「詳細は詰めてかなきゃだけど、橋脚建設の目処が立ちました」


 リーファンは真面目くさった表情で咳払いを一つ。だがその頬は紅い。

 ジャビール先生の頬もちょっと紅かった。


 そこで今日初めて、赤と緑のストライプ髪型をしている、海運ギルド長のエディー・ドレイクが口を開く。


「巨大な輪っかを作るとは考えたな。だったら運搬は任せてもらおう。なんとかしてみせる」

「ありがとうございます。ドレイクさん」


 見た目が海賊のドレイクにお礼を述べるリーファン。

 なんか人さらいの途中にしか見えん。


「だが、水抜きはどうするんだ? 水夫や日雇いの作業員を増やすにしても限度があるぞ?」


 ドレイクがそっちの問題は知らんぞという態度で腕を組むが、俺の中ではとっくに解決している問題である。


「大丈夫だ。水分蒸発薬を使う」

「え? なにそれ?」


 リーファンが首を傾げたが、俺の方が傾げたくなる。


「えって……。リザードマンと一緒に湿地帯の村の問題を解決した報告書は出したろ?」


 湿地帯に建設する村の為に、水分蒸発薬を錬金して解決したという報告書は、生産ギルドに提出済みだ。


「ご、ごめんね。忙しくて問題が解決したことしか確認してないんだ……」


 しょんぼりするリーファンだったが、俺は慌てて手を振った。


「わ、悪い! ここ数日は忙しかったもんな! 責めてるわけじゃない! 簡単に説明すると、水を一瞬で蒸発させる錬金薬だ!」

「蒸発? ヤカンでお湯を沸かすみたいに? 時間が掛かりそうだね」

「大規模実験はあとで改めてやるとして」


 俺は辺りを見回し、出窓に飾ってある一輪挿しの花瓶に目を止める。

 金属製のスリムな一輪挿しだ。


「カイル、借りるぞ」


 カイルの許可を取って、花瓶から花を抜き、とりあえずリーファンの頭に刺しておく。なんかよくわからない罵声を、顔を真っ赤にして浴びせられたが、すぐに戻すからちょっとの間、我慢してくれ。

 花瓶に魔法で水を足し、全員に良く見えるようにそのまま出窓の中央に置く。

 こんなに少量の水では試したことがないなぁと、内心思いつつ、水分蒸発薬を取り出した。

 水分蒸発薬の粉末は、それこそひとつまみで充分なのだが、失敗したら恥ずかしいので、大さじくらい入れちゃおう。


「じゃあ見ててくれ」


 俺が蒸発薬を花瓶にどさりと投入するのと、それら・・・はほぼ同時に起きた。

 まず、爆発するような音と、真上に向かって大量に吹き出す蒸気。

 金属製の一輪挿しなので、割れることはなかったが、口から吹き出す暴力的な水蒸気の勢いで、なんと花瓶が真下にめり込む。

 その勢いで、出窓の一部が破壊された。


 稲妻のような速さで、レイドックがみんなの座るテーブルと花瓶の間に割って入る。

 レイドックにわずかに遅れて、アルファードがカイルを庇う。

 室内に飛んできた破片を、レイドックは全てたたき落とした。


 これが瞬きするよりも短い時間のあいだに起きた全てだ。

 レイドックが「ふう」と息を吐いて、握っていた瓦礫を部屋の隅に放り投げ、アルファードもため息を吐きつつ、カイルを椅子に戻す。


「「「「………………」」」」


 うん。視線が痛いです!


「あー……。ちょっと錬金薬を入れ過ぎちゃった。てへ★」

「クラフト君! 正座!」


 俺は久しぶりに、リーファンからガチ正座と説教を頂戴するのであった。


 ◆


 部屋の片付けと、俺が説教されているあいだ、会議は小休止となる。

 メイドや執事が慌ただしく片付けと、お茶の準備を進める中、一人ジャビール先生だけが、めり込んだ花瓶を凝視しつつ、なにやら呟いていた。


「……水の相転移が……体積の膨張……錬金薬の調整……じゃが、本当に可能なのじゃ? ……気圧……容器……ぶつぶつ……のじゃ……のじゃ」


 リーファンの説教が続いているので、よく聞き取れない。


「聞いてる!? クラフト君!?」

「マム! イエス! マム!」


 俺は部屋が片付くまで、目を三角にしたリーファンの説教を聞き続けるのであった。とほほ……。

 幸い優秀なメイドが揃っているので、割とすぐに解放される。


「クラフト君。続きは帰ってからね」

「……はい」


 ママン厳しいよ……。


 全員が再び席につくと、カイルがこほんと咳払い。


「えー、少々トラブルがありましたが、リーファンさん。どうですか? この水分蒸発薬は使えそうでしょうか」

「使えると思います。錬金薬の適正使用量を調べるのはさして手間じゃありませんし。それどころか、想定していた工期が大幅に……恐らくですが……十分の一くらい……もしかしたらもっと……になるかもです」


 リーファンの言葉に、その場にいた全員が息を飲む。

 今回の工事は、何十年と見据えた巨大プロジェクトだ。場合によっては世紀を跨ぐ覚悟で俺たちは臨んでいる。どんなに順調でも十年、二十年は掛かると踏んでいた。

 カイルが子供に爵位を譲るまでになんとか出来ればいい。そういう気の長い話だったはず。


「あの、リーファンさん。それはつまり、十年掛からずに完成するということですか?」


 尋ねるカイルの声は震えていた。

 リーファンは首を横に振る。


「いいえ。上手くすれば一年以内。遅くても三年で完成します」


 断言したよ。つまり、それほど自信があるのだろう。

 会議に参加している全員が、金魚のように口をぱくぱくと開閉している。

 しばし、なんとも言えない無言の時間が過ぎるが、カイルが再び咳払いで場を絞める。


「それは、なによりの朗報です。他の問題はどうでしょう? 魔物の問題もありましたよね?」

「それなら大丈夫だ。クラフトの作った水中呼吸薬さえあれば、俺たち冒険者が守れる」


 カイルの疑問に、間髪入れずレイドックが答えた。それを補うように、冒険者ギルド長のサイノス・ガシュールが続く。


「カイル様。水中呼吸薬の準備と、護衛依頼をお出しください。銀鱗ピラニア狩りをする冒険者パーティーが水中戦闘に慣れております。ご依頼があれば、さらに増強も可能です」

「もちろんです。期待しています」


 にこりと微笑むカイルに、サイノスギルド長が深く頭を下げた。

 余談だが、ここに参加しているメンバーは全員、カイルを名前呼びする許可を受けている。海運ギルド長のエディー・ドレイク以外は開拓伯になる前からの既知ということもある。

 もちろん、公式の場では開拓伯呼びだ。俺も注意しないとな。


 工事の目処が立ち、安堵した空気が流れたからか、レイドックがぽつりと零す。


「それにしても、辺境に来てから水ばっかりだな」


 それに対してリーファンがクスリと笑う。


「レイドックさん。開拓って、魔物と、水と、土との戦いなんだよ」


 レイドックだけでなく、俺も手を打つ。


「「ああ、なるほど」」


 思わずハモって、会議室に笑いが溢れた。

 うん。やれる。


 俺たちは壮大な国家プロジェクトに確かな手応えを感じるのであった。


 ◆


 ……。

 俺は舐めていた。

 工期が短縮するという事実を。

 それはつまり、するべき仕事が増えると言うことだ。それも圧倒的に、暴力的に。


「あああああ! 誰か今すぐ冒険者ギルドから資料をもらってきて! あと商業ギルドとの折衝はクラフト君!」


 リーファンが悲鳴を上げるが、俺も怒鳴り返す。


「水中呼吸薬の錬金でそれどころじゃねぇよ! プラムに行かせろ!」

「むむむむ無理ですぅー!」


 足りないぞ! 手が足りなすぎるぞ!

 孤児たちのおかげで出来た余裕が、一瞬で吹き飛んだ。

 他部署との折衝や書類仕事が、積み上がっていく。

 そしてそれを片付けられるのはギルド長であるリーファンしかいない。


 だが、リーファンは生産の指揮も執らねばならず、それをフォローするため、生産ギルドは再び全員が地獄のような忙しさに見舞われることになった。


「カイル様から書面です! ギルド長確認お願いします!」

「あああああ!」


 頭を抱えるリーファン。

 やばい。このままだと生産ギルドがパンクする!


 そんな崩壊寸前のギルドに、懐かしい顔が現れた。


「おお、こりゃまたずいぶんと追い詰められてるなぁ」


 玄関に立っていたのは、俺を生産ギルドに受け入れてくれた当時のギルド長で、現在はガンダールギルド長に昇進したはずのグリム・ドンドールだった。


「手伝ってやるぜ」


 ニカリと親指を立てるその姿は、まさに救世主だった。



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