133:不可能は、叩き潰すって話
事故現場の片付けは、有志の冒険者が大勢手伝ってくれたので、数日で片付いた。
救助されたが、命が危険だった数人も全員が回復し、一段落ついたので、対策会議が開かれることになった。
久々にカイルを交えた大きな話し合いとなる。
今日の集合場所はカイル邸の大広間ではなく、エリクシル城の会議室を使っている。
余談だが、砦という名称ではなく、城と呼称するよう、国王陛下に命令された。
城を使ったのは、人数が多いからというのが一番の理由だが、今回の話し合いが公式の会議ということもある。
なのでマイナはお休みだ。
俺の他に参加するのは、領主であるカイル、聖騎士隊隊長のアルファード、生産ギルド長のリーファン、専属錬金術師のジャビール先生。
冒険者ギルドからギルド長のサイノス・ガシュール、冒険者の代表としてレイドックとエヴァ。ソラルがいないのは、パーティーの頭脳役がエヴァだからだろう。
初見の人間もいる。赤と緑のストライプという派手な髪型をしたその男は、エディー・ドレイクという名で、海運ギルド長らしい。
……海賊にしか見えんのだが。
あと、いつもどおり、しれっとジタロー。
なんでや。
一応、住民代表という取って付けたような名目がついていた。
全員が席についたのを確認して、カイルが立ち上がる。
「それでは、大橋建設における今回の問題点の整理と、解決法の模索を始めようと思います。最初は大橋プロジェクトの責任者である、生産ギルド長のリーファンさんから説明してもらいます」
次にリーファンが立ち上がり、資料を配る。
「それではさっそく説明に入りますね。最初は今回の工事の概要からです」
彼女は図解された資料を広げていく。
「今回の工事は、水深の深い大河に、巨大な橋を架ける大型プロジェクトです。国王陛下肝いりの計画で、どんな犠牲を払ってでも成し遂げなくてはなりません」
全員が理解していることだが、改めて宣言したのは、死者がでることすら厭わないという、強い決意表明だ。
すでにプロジェクトを理解している全員が、表情を引き締める。
「さて、今回問題が起きたのは、工法の確認をするために建設を開始したテスト区画です。陸地に近い場所で、従来の工法が通用すると思っていました」
そこでリーファンが資料をめくる。
「工事の方法は、矢板と呼ばれる分厚い板を打ち込み、隙間なく並べ、空間を作り、その中の水を抜くというものです」
河の中に穴を空けるようなものだと考えてもらえばいい。
「今回は水深の浅い箇所だったため、矢板の打ち込み自体は上手く行きました」
え? そうだったの?
俺は慌てて資料に目を走らせると、確かに矢板の施行までは完了している。じゃあなんでと考えるより先に、リーファンが続きの資料をめくった。
「この後、魔物の襲撃によって、矢板が破壊されたのですが、それよりも大きな問題が発覚しました」
そうか。矢板で囲う作業が終わってから、魔物に襲われたのか。それよりも大きな問題だと?
「今回の調査で、今の矢板では、これ以上水深の深い場所での建設は不可能だと判明しました。強度不足です」
それは……大問題だ。
「さらにもう一つあります」
水棲魔物のことだろうな。
「大河の水深です」
え?
「大河の中央部分の水深が、事前調査による予測より深すぎました。……およそ十倍です」
俺だけじゃなく、会議に参加していた全員が呆然とする。
事前に想定していた水深であれば、辺境の大木を使えば、なんとか矢板の長さが足りる計算だったからだ。
その十倍?
無理だ。仮に矢板を継ぎ足したところで、十倍の水圧に耐えられる訳がない。
仮にそんな矢板を準備できたとしても、木材の浮力が強すぎて、打ち込み作業すらままならないだろう。
これは無理だ。
解決できる問題とは思えない。
チラリと見れば、カイルの表情は青ざめている。
俺は自分をぶん殴りたくなった。
無理じゃねぇよ! やるんだよ! カイルの為になにがなんでも! 絶対にやるんだよ!
なにか思いつけ! このポンコツ脳め!
いやまて。ここには頼りになる奴がたくさんいるだろ!
「みんな! 矢板の問題を解決するアイディアはないか!?」
みんなと呼びかけつつ、俺の視線はジャビール先生だったりする。
だが、リーファンが首を横に振った。
「……クラフト君、仮に矢板の問題が解決しても、さらに問題があるんだよ」
「え?」
「もし、水圧に耐えられる矢板があったとしても、水抜きに何年かかるかわからないんだ……」
リーファンが資料のページを指さす。
「この水深と水圧に耐えるには、想定していた三倍の橋脚が必要になるんだ。いくらスタミナポーションで筋力が増えた作業員を大量に投入しても、とても現実的な水の量じゃないんだよ。恐らく矢板からもれる水量も多いから、いつまでたっても終わらないよ。水が抜けない状態だと、硬化岩を流し込むことも出来ないし」
リーファンは苦渋を浮かべて、言葉を絞り出す。
何事にも前向きで、諦めないリーファンが、そんな顔をするのだ。今回のプロジェクトは実行不可能だと、ここにいるほぼ全員が悟ってしまった。
暗く重い空気が部屋に充満する。
だが、それをあっさりと霧散させる男がいた。
「なら、ミスリルで矢板を作ったらいいんじゃないっすか? アダマンタイトとか」
ジタローだった。
俺は苦笑する。
「お前な。いったいどこからそんな大量のレア金属を持ってくるってんだよ。たしかにアダマンタイトで作れりゃ、浮力の心配もないが、生産性ってものを考え……」
考えろ。と続けようとして、思考になにかが引っかかった。
生産性? 強度? 重量?
「錬金硬化岩……」
俺がぼそりと呟くが、リーファンが首を横に振った。
「無理だよクラフト君。水中に硬化岩を流し込んでも――」
「違う。地上で矢板の形に固めてから、はしけで運べばいいんじゃないか?」
はっとリーファンの顔が上がる。
「そうか! そうだよね! 別に建設箇所に直接流し込まなくても、先に固めちゃって建材として使えばいいんだ!」
リーファンの表情に希望が宿る。
すると再びジタローがさらっと常識外の提案をする。
「だったら最初から橋脚を作って、そいつを沈めればいいんじゃないっすか?」
「それだ!」
俺は思わず指を鳴らしたが、リーファンは首を横に振った。。
「面白いアイディアだけど、二つの問題から無理だね」
「問題?」
「それだと橋脚が川底の地面に乗っかってるだけでしょ? ちゃんと固定しなきゃ流されちゃうよ」
「いやちょっとまて、橋脚って今の三倍にするんだろ? どんだけ重さがあると思ってるんだ」
「クラフト君。水圧をなめちゃダメだよ。動く量は年間にわずかもしれないけど、動いちゃうんだ」
「そうなのか」
つまり、固定するための杭かなんかを、地中深くに打ち込む作業は必須。水抜きは必要な作業ってことだ。
「もう一つ、そんな巨大な橋脚を運ぶ方法も、浮かばせる方法もないよ」
それはそうだ。どんな巨大なはしけを作っても、浮かぶわけがない。
「この方法は却下だね」
リーファンは意見を却下するが、その表情に絶望はない。
現時点で、硬化岩の矢板を使えば、作業できるという自信だろう。
それまで無言で聞いていたジャビール先生が、手を上げた。
「ふむ。今ので思いついたのじゃが、橋脚ではなく、筒状にした硬化岩を沈めたらどうじゃ?」
「どういうことです?」
俺は意味がよくわからなくて、聞き返す。
「矢板でぐるりと囲うのではなく、最初から巨大な筒状の硬化岩を使うのじゃ」
その説明でようやく理解する。
水の張った桶に、底を抜いた樽を沈めるイメージをすればわかりやすいか。
板を何枚も立ててから樽を作るのではなく、最初から樽を沈めればいい。ジタローのアイディアを現実的に進めたものだ。
「リーファン! それならどうだ?」
「……いいアイディアだけど、やっぱり重すぎるよ」
「無理か……」
がっかりする俺たちに、ジャビール先生は楽しそうに口元を歪める。
「なに。だったら
「輪切り……?」
俺は意味がわからなかったが、リーファンにはわかったようで「あっ!」っと声を上げた。
「そうか! 輪投げみたいに、積み重ねてけばいいんだよね!」
輪投げという単語で、俺もようやく理解する。
ブレスレットやイカリングフライを積み上げていくイメージ。
「うむ。それなら矢板を立てるより、水圧の影響も受けんじゃろ?」
「うん! うん!」
「まぁ私は専門外じゃから、水中で正確に重ねていく方法などは思いつかんので、無責任な発言なんじゃがの」
「そんなことないよ! 凄いアイディアだよ! さすがジャビールさんです!」
リーファンが思わずジャビール先生に抱きついた。
それほど嬉しかったのだろう。
さすが俺のジャビール先生だ!
幼女二人が楽しそうに抱き合ってる姿は、和むなぁ。
「……クラフト君。なにか失礼なこと考えてない?」
「滅相もありません!」
超能力者かよ!?
「貴様、自分で気がついてないかもしれんが、全部顔に出ておるのじゃ」
なんてこった。
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