136:約束を守るのは、友だちの義務だよねって話


 ゴールデンドーンが生産ギルドの本部となったことで、総長の右腕であるシンデリーを筆頭に、王都や各地から有能な人材が多数引っ越してきた。

 ギルドの二階から上は日に日に賑やかになっていく。


 さらに本部なので、各地の情報が毎日のように入ってくるようになった。

 資料を見せてもらったのだが、どうやらゴールデンドーン生産ギルドと、グリム総長のいたガンダール生産ギルドだけが、突出した売り上げを叩きだしているらしい。


 売り上げ以外に、職人からの希望がまとめられた書類もあった。

 新しい技術を求めて各地の優秀な職人が、ゴールデンドーンへの移住を希望しているらしく、各地のギルド長が引き留めに必死らしい。


 俺からすると優秀な職人はいくらでもカモンなんだが、現地は大変になってしまう。

 それらの調整は大変そうだが、俺の仕事じゃないのでグリムとシンデリーがんばれ。


 シンデリーの活躍で、面倒だった商業ギルドとの調整が進み、錬金薬の生産調整が行われ、彼の宣言通り、俺とジャビール先生は、普通の休暇が取れるようになった。


 地下に設置された錬金部屋で、俺とジャビール先生は日課をこなしていく。

 今日は定時に予定の錬金を終えると、ジャビール先生が肩を回しながら席に着いた。


「まったく。スタミナポーションがあれば体力的にはいくらでも仕事は出来るのじゃが、精神の方が参ってしまうのぉ」

「明日はお互い休みですから、ゆっくりしましょう」

「うむ。ゆっくり研究でもするのじゃ」

「……それって休みになってるんです?」

「好きなことをやるのが一番の休養なのじゃよ」

「なるほど」


 さて、俺はどうしようかなと考える。

 幸い、メイドのリュウコのおかげで、休日だからと洗濯に追われる必要もないので、丸一日自由時間だ。


 たまにはこっちからジタローでも遊びに誘うかと考えたところで、先に約束があったことを思い出す。


「そうだ。エヴァにごちそうしなきゃいけないんだった」


 不可抗力だったが、思いっきし彼女の胸を鷲掴みにしてしまったお詫びをしなければいけない。

 レイドックのパーティーは、ゴールデンドーンにいるだろうか?

 忙しい連中だから、何日も帰ってこないことがあるからな。

 今は夕食時なので、冒険者ギルドか酒場を回れば情報は集まるだろう。


 冒険者ギルドに聞くと、泊まりで出るような仕事はしていないらしい。

 何件か酒場を回ると、レイドックたちのパーティーが全員で食事をしていた。


 蒼髪のレイドックを挟んで、ソラルとエヴァが睨み合っている。

 ……すでにソラルと付き合ってんだから、エヴァも素直に諦めればいいものを。


 俺に気づいたレイドックが、声を上げながら、こちらに走り寄ってきた。

 逃げたな。


「よう! クラフト! 夕飯か? 一緒にどうだ。奢るぞ!」


 ばんばんと俺の肩を叩いてくるが、二人の盾にされるのはごめんだ。


「いや、ちょっとエヴァに話があるだけなんだが……そうだ。お前たちは明日仕事か?」

「明日は休養日だな。最近忙しすぎて、しばらくは小さい仕事しか受けてない。もっともランク的にその手の仕事がなかなか回ってこないんだが……」

「高ランクパーティーならではの悩みだな」


 俺が肩をすくめて見せると、レイドックも同じようにして苦笑した。

 明日仕事がないなら、ちょうどいい。俺はエヴァの横に立つ。


 相変わらず、魔術師然としたとんがり帽子に、年季の入っていそうなワンドの装備。

 今時めずらしいほどの、オールドスタイルである。ファッションにこだわりがあるのかもしれない。


「……なに?」


 あからさまな警戒心を向けてくるが、俺は約束を守る男!


「エヴァ。ディナーに誘いたいんだが明日は暇か?」


 お詫びとして約束していた食事の誘いだ。すぐに了承すると思ったのだが、なぜかエヴァは驚愕の表情をしていた。


「え?」

「え?」

「え?」

「え?」


 なんでソラルやレイドックやカミーユやマリリンが驚いてんの?

 カミーユとマリリンは、エヴァの妹なので、知っていると思ったんだが、話をしてないのかな?

 それだと、唐突な誘いに見えたのかもしれない。

 俺は誤解がないように言葉を付け足す。


「二人で約束してたろ? 食事に行こうって」


 これで大丈夫。

 全員が無言になったから、納得したに違いない。


「ちょっ!?」


 エヴァが慌てて立ち上がる。

 俺は彼女に腕を掴まれ、酒場の外まで引っ張り出された。


「なに考えてるんですか!? どうして私があなたなんかと食事に行かなきゃ行けないんですか!?」


 内心では「え?」と思ったが、相手が忘れていても約束は約束だ。


「はしけの上で、迷惑をかけたろ? その……おもいっきり掴んじゃってさ」

「思い出さなくて結構です!」


 顔を真っ赤にして怒鳴るエヴァ。


「そのとき、お詫びに食事を奢れって言ってたろ?」


 そこでエヴァの眉根が寄る。


「……たしかに言いましたけど……」


 忘れている訳ではなさそうだ。


「だから約束を果たしに来たんだが、なんか用事があったか?」

「いえ、明日は空いてますけど……、二人で?」

「迷惑をかけたのはエヴァになんだから、他の奴に奢るのは違うと思うんだが……」


 別にレイドックパーティー全員に奢っても、三姉妹全員に奢ってもいいんだが、それだとエヴァをないがしろにしていることにならないだろうか?


「まぁ、そうですね」


 どこか納得しきっていない表情だが、ダメ出しはされなかった。


「ディナーなんですか?」

「冒険者や行商人向けの朝食って訳にもいかんだろ?」


 普通、朝や昼に食事を出す店ってのは、忙しい人向けの店だ。

 パンにスープが出れば上等。昼の酒場なら肉も食えるだろうが、ワイルドな飯になるので、女性をお詫びに連れて行く所ではないと思う。


 夕食ならば、裕福層向けの店が多く開く。

 特に食材の豊富なゴールデンドーンには、自らの店を開けるということで、たくさんの有望な若手や、ベテランが集まっているので、美味しい店が多いらしい。


 普通に考えれば、お詫びに奢る店はこれらになるだろう。

 質で考えるなら、自宅に呼ぶのも手なのだが、金も掛けないのかと誤解されるのは避けたい。

 実際は、一流メイドのリュウコが作ってくれるので、予算を渡せばどんなフルコースでも出せるんだが。


「まぁ、そうですね……」


 これまた納得していないような表情で、エヴァが頷く。


「もしかして、店は嫌なのか? なんなら自宅に招くが」


 するとエヴァが唖然としたあと、顔を赤くして叫んだ。


「はぁ!? 行くわけないじゃないですか!? なにを考えてるんです!?」


 やっぱり自宅の食事では誠意を感じられないか。

 リュウコの飯、美味いんだけどなぁ。


「悪い悪い。ちゃんとした店に連れてくから怒らないでくれ」

「別に、もう忘れてくれてもいいんですけどね」

「いいや! 俺はエヴァとの約束を破りたくはない!」


 エヴァだけではなく、リーファンとも、カイルとも、マイナとも、友達との約束を破る男にはなりたくないのだ。


 目を丸め、口をパクつかせるエヴァ。

 鯉かな?


「……っ! ま、まぁ私から言い出したことですから」


 どうやら納得してもらったらしい。


「じゃあ明日、今より少し早い時間に中央噴水で待ち合わせよう」

「中央噴水前で!?」


 なにか驚くことを言っただろうか?

 高級なレストランは、街の中央寄りに多いので、便利だと思ったのだが。


「別の場所がいいのか?」


 冒険者ギルド前でも、生産ギルド前でもかまわないんだが。


「……ま、まぁいいですよ?」


 なんで疑問形なんだ?

 エヴァが落ちつかな気に、視線をさまよわせている。

 ああそうか。お腹が減ってるんだな。

 食事の邪魔をしたから、戻りたいんだろう。

 話は早めに切り上げよう。


「エヴァも急いで戻りたいだろうし、俺はこれで行くよ。じゃあ、明日を楽しみにしてる」


 俺はさっと手を上げ、その場を去った。

 お腹が減って不機嫌なエヴァの表情を見ないよう、振り返らずに。


 今日の俺、完璧じゃね?

 俺は内心で自画自賛し、満足して帰宅した。



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