115:まさかの援軍は、あんたかいって話


 霧を切り裂き、空から突如現れたワイバーンが、ヒュドラに火球を浴びせていく。

 その背には、カイルの父親である、オルトロス・ガンダール・フォン・ベイルロード辺境伯が騎乗していた。


「「父上!?」」


 カイルとザイードが同時に叫ぶ。


「辺境伯は竜騎士だったのか……」

「……はい。知っている人は少ないのですが、竜騎士の紋章持ちです」


 ベイルロード辺境伯は、ワイバーンでヒットアンドアウェイを繰り返す。

 ヒュドラは上空とレイドックに意識が分散する。


 もちろん、このチャンスを逃すレイドックたちではない。


「もらったぁ! 〝紅蓮昇竜剣撃〟!」

「いい加減倒れて! 〝白色熱線〟!」

「よくもカイル様を狙ったな! 〝螺旋旋風〟!」


 レイドックとエヴァを中心に、次々と大技が繰り出される。

 ゴールデンドーンの上位冒険者たちの一斉攻撃だ。

 もちろんワイバーンの火球も凄まじい。


 そして、とうとう。


 ギュガアアアアアアァァァァァァ!


 ゆっくりと、その巨体が崩れ落ちる。

 巨大八ツ首ヒュドラの最期であった。


 その場にいる全員が、油断なく警戒をしていたが、カミーユがゆっくりとヒュドラに近づき、つぶやいた。


「倒した」


 全員がお互いを見やったあと、両腕を上げ、爆発したように歓声を上げる。


「うおおおおおおお! 勝ったぞぉおおおお!」

「俺たちの勝利だ!」

「ちくしょう! 手こずらせやがって!」

「レイドックしゃまぁああああああ!」


 歓喜の声で満ちあふれる中、俺は全力で走り出す。


「兄様!?」

「マイナを連れてくる!」

「クラフト! 一人で行くな! ……くそっ! あの馬鹿!」


 すぐにレイドックとリーファンが続いてくれるが、俺は二人を無視して進む。


「マイナ!」


 俺は彼女が隠れていたシェルターに飛び込む。


「……!」


 膝を抱えて丸まっていたマイナが、びくりと震えながら顔を上げた。


「良かった。無事だったか」


 俺は安堵の息を吐く。

 ヒュドラの大量水攻撃に巻き込まれているのではと、気が気ではなかったのだ。


「……遅……い」

「悪かった。でも、怖いヒュドラは倒してきたぞ」

「ん!」


 マイナが俺に飛びつき、目一杯抱きついてくる。

 俺はその頭をゆっくりと撫でた。


「頑張ったな、マイナ」

「……ん……ん!」


 マイナは俺の腹に、頭をぐりぐりを押しつけながら、彼女に預けていたウサギの人形を取り出す。


「……ん」

「ああ」


 俺は受け取ったウサギ人形を腰にくくりつけると、マイナが満足そうにさらに腕に力を入れた。

 怖い思いをさせてしまったと、優しく撫でていると、俺の背後に妙な気配が漂う。


「ほう……なるほどな。クラフトはそういう趣味だったか」

「へー。ふーん。そうなんだー。クラフト君ってそうだったんだー」


 首だけを後ろに回すと、レイドックが面白そうにニヤニヤと、リーファンがなんとも言えない複雑な表情をこちらに向けていた。


「俺は不思議だったんだよ。クラフトは結構モテるからな。今までどうして彼女ができなかったのか」

「は!?」

「え? クラフト君ってモテるの?」

「……う?」


 レイドックの戯れ言に、リーファンだけでなく、マイナまで顔を上げる。


「冒険者時代から狙ってる奴は多かったぞ。ただ、本人は金がなくて奔走してたから気がついてなかったかもしれんが」

「はぁ!? 初耳だぞ! なんだそれ!? なんで教えてくれなかった!?」


 思わず叫ぶと、途端にリーファンとマイナの目が冷たくなる。


「ふーん? 興味あったんだ?」

「え? いや、そりゃ……」


 興味がないわけがない!

 が、今それを言うのは、なぜか命に関わる気がして続けられなかった。


「いや、ほら、でも、俺は使えない魔術師だったから、それどころじゃなくてな?」


 あれ?

 なんで俺、二人に言い訳してるのん?


「へー? 暇があったらモテモテだったのかー。ふーん?」

「いや、それはレイドックが適当言ってるだけで……」

「ゴールデンドーンに来てからは、もっと狙ってる奴が多いぞ」

「レイドック!?」


 なんという裏切り!?

 それより、俺ってモテてたの!? 知らないんだけど!


「へー、ふーん、ほー。クラフト君ってそうなんだー」

「……」


 なんでリーファンは冷たい半目で俺を見つめるの!?

 ああ!

 マイナもすすっと離れて、リーファンの後ろに!


 俺が悪いの!?


「さ、マイナ様。カイル様のところに戻りましょう。みんな待ってますよ!」

「ん」


 リーファンとマイナが手をつないで、みんなのところへと戻っていく。


「……解せぬ!」

「運命だな」


 レイドックうるせー!


 俺は釈然としないまま、二人のあとを追うのであった。


 ◆


 みんなのところへ戻ると、そこには異常な空気が流れていた。

 冒険者とリザードマンがヒュドラの解体を始めていたが、カイルの私兵が一つの天幕を囲むように守っている。

 近づくと元冒険者の私兵が声をかけてきた。


「マイナ様! ご無事でなによりです!」

「……ん」


 マイナがぺこりと頭を下げると、私兵たちの緊張した空気が少し緩む。

 ……表情まで緩めるなよ。


「クラフト様、マイナ様。お二人は天幕の中に」

「俺もか?」

「はい。ベイルロード辺境伯より言いつかっております」


 俺は思わずリーファンに顔を向けるが、彼女は肩をすくめるだけである。


「わかった。マイナ、行こう」

「ん」


 俺がマイナと二人で天幕に入ると、ベイルロード辺境伯とヴァンとジャビール先生が並んで立ち、その前にザイードが深く平伏していた。

 カイルも片膝でかしずいていたが、ザイードのように平伏していない。


「おう、クラフト来たか」


 ヴァンが軽い様子で俺に手招きする。

 国王陛下なんだよな? どういう態度を取ればいいの!?


「マイナ、クラフト。カイルの横に」

「は、はい!」


 俺が固まっていると、ベイルロード辺境伯……オルトロス父ちゃんが命令してくれた。俺は言われたままにカイルの横で片膝をつく。


(カイル! どういう状況だ!?)

(それが……)


 カイルは困惑した表情を見せる。どうやらかなり面倒な状況になっているらしい。


「ふむ。クラフトも来たことだ。オルトロス、状況整理のため、もう一度頼む」

「はっ! 今まで原因不明でジャビールでも治療できなかったカイルの病気ですが、エリクサーの使用で完治いたしました」


 そこから説明?


「ザイードが瀕死の重傷を負ったため、陛下のエリクサーにて治療。するとザイードのカイルに対する感情に大幅な変化を認めます」


 オルトロス父ちゃんは、ヴァンに対して陛下としての対応をしているようだが、上座にいるのはベイルロード辺境伯である。どうなってんのよ。

 だが、気にする様子もなく、ヴァンはオルトロスに頷く。


「ジャビール。其方の見解を延べよ」

「は! これは想像じゃが、ザイード様は呪われていた可能性が高いと思うのじゃ。カイル様に関しては想像の域をでませんのじゃ」

「ふむ……」


 話が進むあいだも、ザイードはただただ、深く平伏したまま。なんだか別人にすら感じられる。


「ジャビール。カイルとザイードが呪われていたとしたら、誰がそれをできた?」


 ヴァンの質問に、ジャビール先生が目をつむり、眉間にしわを寄せる。

 どうやら、言いづらいことらしい。


「……想像の域を出ないのじゃ」

「かまわん。申せ」

「……私はザイード様の主治医でもあり、カイル様を何度も診察したのじゃ。私の目を盗めるのは一人しかおらん」


 ジャビール先生は決意したように目を開けた。


「ザイード様の母君、ベラ様なのじゃ」


 カイルとオルトロスが目を見開く。

 おいおいおい! よりにもよって身内の犯行かよ!

 ベラって確か、最初のゴールデンドーン村をカイルから取り上げ、ザイードに統治するよう意見してきた、ケバいおばさんだよな?


 俺の疑問をよそに、ヴァンは大きく頷いた。


「オルトロス! 今すぐガンダールへ戻り、ベラを捕らえよ! ザイードも連れていき、こいつも牢に放り込んでおけ!」

「はっ!」

「私は陸路でガンダールへと向かう。話はそこで合流してからだ」

「一緒に戻られないのですか? 私のワイバーンであれば、三人ならなんとか乗れますが……」

「それはオルトロスに女二人の場合だろう。俺は重いからな。今は速度が重要だ。行け! オルトロス!」

「……はっ!」


 オルトロスは一度跪き返事をしたあと、ザイードに感情のこもっていない声をかける。


「ザイード。行くぞ」

「……はっ」


 ザイードは抵抗するでもなく、素直にオルトロスに続き、二人はそのままワイバーンで空高く飛んで行ってしまった。


「さてカイル」

「はっ」


 ヴァンは俺たちに視線を戻す。


「お前は一度ゴールデンドーンに戻り、事後処理をしたあと、オルトロスの直轄地であるガンダールへ向かえ。今回の主要メンバーを忘れるな。誰を会議に出席させるかは現地で決める」

「はっ!」


 どうやら、これからのことはベイルロード辺境伯の首都で決めるらしい。


「一時的にザイード村もカイルを統治責任者とする」

「かしこまりました」

「さて、クラフトよ」

「はっ!」

「ばーか。今の俺はただのヴァンだ。かしこまる必要はないぞ」


 いやいやいや!

 ベイルロード辺境伯とカイルがかしづいているのに、俺だけ普通に対応できるかっての!


「わはは! 冗談だ! だが、この天幕を出たら、冒険者として対応しろ」

「それは……命令ですか?」

「ん? 友人としてのお願いだ」

「……は」


 はー。もうしらん。普通に冒険者扱いしてやらぁ!


「ところで陛下はこれからどうするのですか?」

「国王としての俺は、ガンダールに向かう」

「了解いたしました。では、そこまで護衛をつけます」

「ん? なにを言ってるんだ?」

「え?」


 カイルが間抜けな返事をするのもしかたない。俺にもなにを言ってるのかわからん。


「冒険者としての俺は、ゴールデンドーンを観光するからな! そのあとはカイル様の護衛として一緒にガンダールに向かうぞ」

「はぁ!?」


 思わず俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。

 陛下に対する態度なら、打ち首レベルだろう。


「よし! それではお前の町を見せてくれ!」


 こうして、自由奔放な陛下の極秘視察が決定したのだ。


「……ヴァン! 飛び入りの冒険者ならレイドックの言うことをちゃんと聞けよ!」


 俺がやけくそで叫ぶと、ヴァンがニヤリと笑い、ジャビール先生が頭を抱えるのであった。


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