114:反撃は、一気呵成って話


 ヒュドラのカイルを狙った、五つの同時攻撃は一瞬のことである。

 首に対して個々に対応していたレイドックやヴァンたちが、すぐにカイルの状況に気づいて、最後の首に集中砲火。

 さしものヒュドラも、残り四つになってしまった首を胴体側に戻す。


 ドサリと、ザイードが落ちてきた。

 ただし胴体から上だけの姿で。下半身はヒュドラが飲み込んでしまったようだ。


(これは……助からない)


 まだかろうじて息はあるようだが、身体の半分が喰われたのだ。ヒールポーションが残っていたとしても延命するのがせいぜい。

 下半身が残っていれば、助けられたかもしれないが……。

 マリリンやベップの回復呪文でも無理だろう。


 実は、ザイードを治す方法はある。

 マイナの涙で作ったエリクサーを使えば、多分治せる。

 だが、これは本当にいざというとき、カイルかマイナ専用なのだ。

 カイルになにを言われても出す気はない。


「お兄様! ザイードお兄様!」


 カイルが泣きながらザイードにしがみつく。

 こんな兄でも、本当に大切だったのだろう。


「クラフト兄様! ポーションを! ヒールポーションを使ってください!」


 必死に訴えてくるカイルに、俺は首を横に振る。

 ポーションはヒュドラの水攻撃で全部流されていたし、残っていたとしても無駄だった。


「カイル。せめて下半身が残っている状況じゃなきゃ、無理だ」

「でも……でも! まだ生きているんです! 息があるんです!」


 カイルは泣きじゃくりながら訴えるてくるが、どうしようもない。

 まさか初めての死者がザイードになるとはな。


 奴の私兵すら、全員救出したというのに。


 俺がもう一度首を横に振ると、カイルは表情を歪める。

 その表情を見て、やはりエリクサーを渡すべきか迷い始めたときだ。

 カイルがなにかに気づいたように顔を上げる。


「……!」


 カイルが突然立ち上がり、近くでヒュドラを警戒しているヴァンに走り寄る。


「お願いします! 薬を……万能霊薬エリクサーを下賜してください! ヴァンさん……いえ! 陛下!」


 ヴァンに向かって最敬礼するカイン。


 え? 陛下って言った?

 陛下って……王様?


「え……ええええええーー!?」


 俺の素っ頓狂な叫びが、激動の空に響き渡った。


 ◆


 ヴァンがチラリとカイルとザイードに目をやる。


「カイル。あんな兄なのに助けて欲しいのか?」

「はい! 私にとっては大事な肉親なのです! どうか……どうかご慈悲を!」


 ヴァンは小さく息を吐く。


「……この湿地帯の開拓、必ず成功させろ。これは前報酬だ」

「陛下!」


 陛下と呼ばれたヴァンは、懐から小瓶を取り出し、無造作にカイルに放る。

 カイルが受け取った小瓶は、たしかに辺境伯経由で国王陛下に献上した万能霊薬エリクサーである。


「……マジかよ」

「クラフト」

「ふぁい!?」


 思わず零した俺のつぶやきに、ヴァンが反応し、思わず間抜けな声を上げてしまう。


「今、この場にいる私は、冒険者のヴァン。それ以上でもそれ以下でもない。気負わなくて良いぞ」


 ニヤリと笑みをこちらに向ける。


「あー! そうかい! 冒険者のヴァンさんよ!」

「それでいい! 今はカイルを守り、あの化け物を倒すことだけを考えよ!」

「あいよ!」


 実際、陛下として扱う余裕などまったくないので、お言葉に甘えさせてもらう。

 視界の端で、ジャビール先生が頭を抱えていたのが見えた。

 本人が許可してるんだからいいんですよ! 先生!


 俺とヴァンが漫才をしている間に、カイルがザイードの胴体にエリクサーを塗っていく。

 すると、骨、内蔵、筋肉、皮膚が凄い勢いで再生されていくのだ。


「う、うお」

「……凄まじいな。まさかこんな形で効果を確認することになるとはな」

「ヴァン、薬の確認をしていなかったのか?」

「こんな貴重なものを、ほいほいと使えるものか。あらゆる方法で鑑定させた結果、本物だとはわかっていたからな」

「それもそうか」


 改めてザイードをみると、完全に肉体が再生されているようだ。

 カイルが慌てて自分のマントをザイードにかぶせる。


「う……」


 すぐにザイードが頭を押さえながら上半身を起こす。エリクサーぱねぇ。


「お兄様!」

「……カイル? ここは?」


 あたりを見回すザイード。

 頭でも打ったのか?

 いや、頭どころの騒ぎではなかったが。


「お兄様、覚えていませんか? ここは湿地帯で、ヌシである八ツ首ヒュドラと交戦中です」

「なに?」


 ヒュドラと戦っているレイドックたちに目を向け、驚愕の表情を浮かべる。


「思い出したぞ……たしか……私の部隊でヒュドラを殲滅に出て、敗走途中にお前たちが救出に……」


 ぶつぶつとつぶやいているが、何か様子が変だ。


「カイル! なぜこんなところに出てきた!? 貴様は病弱で! ……いや……病気はもう治って……それより、なぜ私はカイルを避けていた?」


 両手で頭を抱え始めるザイード。

 おい、ちょっと待てよ。


「ザイード……様! さすがにそりゃああんまりじゃないか!? あんた、カイルのことをずっと邪魔者扱いしていただろうが!?」


 思わず、思わず怒鳴りつけてしまう。

 俺は忘れないぞ!

 あんたがカイルを危険な開拓地に追いやり、カイルの功績に嫉妬して、この無茶な討伐を始めたことを!


「何を馬鹿な! なぜ私がかわいい弟をそのような目に……」


 反射的に俺に怒鳴り返したザイードだったが、次第にその声が尻つぼみになっていく。


「なぜ……だ? なぜ、私は、カイルを……恨んでいた……のだ?」

「おい……あんた」


 そこにジャビール先生が来て、俺の肩を押さえる。背伸びしながら。


「ちと待つのじゃ。ザイード様、貴方はカイル様を邪魔だと思っていたのではないかの?」

「違う! ……違うが……なぜだ? たしかに……私はカイルにひどいことを……」

「ふむ」


 ジャビール先生がしばし無言で目をつぶる。


「私としたことが……」


 どうやら先生はなにかに気がついたようだ。


「先生! なにがおきてるんです!?」

「クラフト貴様、エリクサーの効果を覚えておるか?」

「え? そりゃ覚えてますが」

「口にしてみるのじゃ」

「は、はい……。万能霊薬エリクサーは、死んでさえいなければ、病気や怪我を完全に治療することができます。塗り薬で、食べると美味しいそうです」

「もう一つあるじゃろ」

「え? ああ、あとは中度の呪いも治せ――」


 そこで一度思考が停止する。


「あ……あああああああぁ!?」

「そうじゃ。エリクサーは中度の呪いも治せるのじゃ」

「そ……それじゃあ!?」

「まず間違いないの。ザイード様は呪われておった。……おそらくカイル様もじゃ」

「な!?」

「どうりでどんな治療も役に立たなかったはずなのじゃ。しかし……」


 さらに考え込む先生。

 まだなにかあるのか?


「今はいいのじゃ。やるべきことがあるじゃろ」

「そうですね」


 ヒュドラの首が減ったことで、レイドックたちがなんとか抑えてはいるが、長く放置できるものではない。


 ふと、ヴァンが胸元から大きめのペンダントを引っ張り出していた。

 そして、そのペンダントに向かってなにやらぶつぶつとしゃべり出す。


 ……まって!

 あの輝きは……オリハルコン!?


「よし」


 ヴァンがペンダントを胸元に仕舞って、剣を掲げる。


「聞け! 我々はこれよりこの巨大ヒュドラを討伐する! 恐れるな! 勝機は今である!」

「ヴァン?」


 確かにヒュドラの首は減ったが、怒り狂ってることを考えると、そこまで弱体化したようには感じないぞ!?


「安心しろ! 今、ヒュドラに隙を作ってみせよう!」


 言いながら、どこかで見たポーション瓶を取り出し、レイドックに投げる。


「これは!?」

「それは!」


 俺とレイドックの声が重なった。

 レイドックが受け取ったその薬は……。


「スラー酒!?」

「なに?」


 俺やレイドックだけでなく、なぜかヒュドラも一瞬動きを止めた。

 そしてそれまでカイルに襲いかかろうと頑張っていたヒュドラが、突然レイドック一人に狙いを変えたのだ。


「ちょっ!?」


 ヒュドラの奴、酒ならなんでもいいのかよ!?


「レイドックそれを早く飲め! 強化薬だ! しかも継続時間は俺の作ったやつと比べものにならんくら長いぞ!」

「お! おう!」


 レイドックは冒険者たちの援護も受け、なんとかスラー酒を飲み干す。


「……美味っ!?」


 ギョグワアアアアアアアアアア!!!!


 ヒュドラが怒りの咆哮を上げた。

 そして先ほどよりさらに怒り狂って、執拗にレイドックに攻撃を始める。

 飲んべぇすぎんだろ!?


「ありゃ」


 ヴァンが計算外という風に言葉を漏らす。


「うぉい! こら! ヴァン! これが秘策か!?」

「いやー。まさか集中砲火されるとはなー。はっはっは!」

「笑ってる場合か!?」


 怒鳴る俺に、ニヤリとヴァンが笑みを向けた。


「奥の手が一つだと、誰が言った?」

「へ?」


 俺の間抜けな返答と同時に、突然巨大な火球がヒュドラに降ってきたのだ。


「なっ! なんだ!?」


 空を見上げれば、そこにはなんと飛竜……ワイバーンが飛んでいた。


「遅いぞ! オルトロス!」


 どうやら、カイルのお父ちゃんが登場したらしい。

 どうなってんの!?


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