113:忙しいときに、想定外って困るよなって話


「クラフト!」


 アルファードが俺を呼びながら、その視線をレイドックたちとやり合っているヒュドラに移す。

 今、俺たちの位置は、ヒュドラが神酒目がけて暴走してきたときにできた、獣道の上だ。


 まぁ、獣道というには、少々ダイナミックだが。幅だけで馬車が何台も並べられるだろう。


 ここからヒュドラの位置は遠い。


「隠れているマイナ様と合流するのだな。だったら、大回りした方が良いのではないか?」

「いや、あのヒュドラは動きが速すぎる。むしろレイドックたちの後方をかすめるように進んで、援護しつつ反対側に抜けるべきだろう。ただ……」


 俺はカイルに視線を移す。

 できれば離れた場所で隠れていて欲しいが……、それは結局マイナと同じ状況が増えるだけになってしまう。

 だったら、マイナには隠れてもらっているこの状況で、一気にヒュドラを倒す方がいいのかかなり悩むところだ。


「クラフト兄様。危険は承知です。下手に大回りして、レイドックさんたちと距離が開いてしまった状況で、ヒュドラが襲いかかってくる方が危険なんですよね? 駐屯地が襲われたときに身に染みています。ですが、マイナを一人にしておくわけにはいきません」

「……悪い。お前を危険にさらす作戦しか思いつかなくて」

「いいえ! 僕は責任者なのです! そもそも湿地帯の討伐作戦に参加すると決めた時点で、覚悟しています!」


 そう。最初はカイルが直接参加することすら、反対していたのだ。

 だが、ザイードとの交渉やらなんやらを考えると、一緒の方がトラブルが少ない。

 さらに、頭のどこかで「もはやヒュドラ程度で……」という思い上がりもあったのだ。


 俺は強く目をつぶる。


「よし! マイナを救出するぞ!」

「はい!」


 先頭はアルファード。陣形はくさび形で、中央後方がカイルとジャビール先生である。

 彼らを直接護衛する直掩ちょくえんは、俺とヴァンだ。

 まぁ、俺は魔力がほとんど残ってないので、俺たちがまとめてヴァンに守られているという方が正確だろう。

 でも、防御魔法を一回放つくらいは魔力回復してらぁ!


 あと、ついでにザイード。

 ただ、カイルと顔を合わせてから、どこかザイードの様子がおかしい。

 邪魔しなきゃいいんだが……。


 そんな俺の不安をかき消すように、アルファードが力強く剣をひるがえした。


「よし! これより、前方の部隊後方を横切る! そのまま突っ切るか、足を止めて冒険者たちを援護するかはその場で判断する! 皆、命令に注意せよ!」

「「「は!!!」」」


 アルファードの号令で、俺たちは全力で突っ込んでいく。

 元冒険者も多いカイルの私兵は、ヒュドラの恐ろしさを理解した上で、恐れていない。いい傾向だ。


 鏃となって全員で進む!

 レイドック率いる冒険者とリザードマンの部隊後方にさしかかると、アルファードが声を張り上げた。


「レイドック! 援護はいるか!?」

「いらん! それよりマイナ様を頼む! そのままカイル様を安全圏まで連れ出してくれてもいいぞ!」


 レイドックは信用してるが、このまま彼らだけで八ツ首ヒュドラと対峙すれば全滅するのは確実だ。

 するとカイルが凜と声を上げる。


「私は仲間を見捨てるつもりはありません! すぐに助けに来ます!」

「カイル……」


 レイドックは口元を笑みに歪めた。


「頼りにしてますよ! カイル様!」


 すると、冒険者やリザードマンも口々に叫ぶ。


「ああ全くカイル様は最高だぜ!」

「よし! カイル様が戻る前にこいつを刺身にしときますよ!」

「それじゃあマイナ様にいいところを見せられないだろ!」

「おま! ロリコンか!?」

「今こそ恩義を返すとき!」

「クラフト様にアピールするチャーンス!」

「言葉遣い!」

「レイドック様! 一緒にやりましょう!」

「あんたはどさくさに紛れてレイドックに!」


 賑やかである。

 カイルの一言で、士気が一気に高まる。

 目に見えて前線部隊の動きが良くなった。


「本当にこのまま倒しちまいそうな勢いだな」


 俺がぼそりと零すと、ヴァンが答える。


「戦争において、士気こそがもっとも重要視される。もちろん装備や練度は重要なものだが、どんな魔法の剣をもっていても、敵を前に震えていては役に立たぬ。カイルのカリスマ性は本物だな」


 満足げに頷くヴァンに、俺は嬉しくなった。


「カイルだからな!」

「兄様……」


 少しだけ頬を赤くするカイルかわいいな。

 そんな戦場で、一服の清涼剤を味わったと思った瞬間だった。


「か! カイルにカリスマだと! 私は認めぬ! 認めぬぞぉぉおお!」


 突然叫び出すザイード。目が正気じゃない。


「なんだ!?」


 あまりの出来事に、俺はザイードに目を剥いた。


「カイル! お前は後方で……いや! 真っ先に突っ込んで死んでくれれば! 馬鹿な!? 我が弟だぞ!? 違う! 奴は……奴は!」


 ザイードの奇行に、部隊の足並みが崩れた。


 その時。

 冒険者たちを相手にしていたヒュドラが、突如動きを変える。

 なぜか残った五つの首全てが、俺に向かってきたのだ!


 違う!


「ヒュドラ野郎! カイルを狙ってやがる!」


 なぜか確信があった。

 カイルの一言で全員が士気を上げたのを、このヒュドラは理解している!


 五つの首が後先考えずにカイルに襲いかかる。

 だが、それは大きな隙でもあった。


「〝紅蓮昇竜剣撃〟!」


 カイルに真っ直ぐ襲い来る首の中で、もっとも近く、勢いのあった頭が、レイドックの必殺技で吹き飛んだ!

 ようやく首を一つ減らす。

 だが、残り四つの首がレイドックを回り込むように、カイルに襲い来る。


「させぬ! 〝我は全ての災厄から主を守る鋼鉄の盾なり〟!」


 飛び出したのはヴァンだ。

 巨大な剣を横に構え、聞いたことのない剣技を発動させる。

 左手には手袋をしているが、紋章が輝きまくっているのは隠せない。


 ヴァンが腰を落とし、剣の腹で首を受ける!

 しかも二つ同時に。


「マジかよ!? ちょっとした館くらいある頭を二つ同時に!?」


 技の効果なのか、不自然なまでに首二つを受け止めて見せる。

 正直、ヴァンがここまでの実力だとは思ってなかった。

 防御的な面なら、レイドックより上かよ!


 だだ、まだ首は二つ残っている。


「カイル様は絶対に守る!!!」


 叫んだのはアルファードだった。


「おおおおおおお! 〝岩斬崩撃〟!」


 渾身の力を込めて放たれた技だったが……。


(だめだ! アルファードの実力は認めるが、あれでは足りない!)


 アルファードの放った技はたしかにヒュドラに大ダメージを与え、勢いも大きくそいだ。

 さっきまでのヒュドラであれば、再生のため、いったん首を戻しただろう。

 だが、執拗にカイルを狙っているため、その首は被害を無視してさらに突っ込んできたのだ!


「私が止めるよ!」


 そこに飛び込んできたのは、我らが生産ギルド長、リーファンである。


「〝金剛轟身〟!」


 おそらく槌技を発動させ、ヒュドラの巨大な頭を小柄な身体で止めようとする。

 だが、いくらなんでも無理だ!

 アルファードが大きく勢いを殺していたとはいえ、レイドックが苦戦する相手なんだぞ!

 ましてやリーファンの紋章は戦闘職じゃないんだ!


 それでも、リーファンの気合いが上回ったのか、ヒュドラの勢いが大きく削られる。

 すげぇ!

 そこに、カイルの私兵たちが殺到した。


「うおおおお! カイル様を守れ!」

「この蛇野郎が!」

「元冒険者の実力なめるんじゃねぇ!」


 突進の勢いが弱まったことで、対応できる速度になったヒュドラの首に私兵が群がり、全員が全力で技を叩き込んでいく。

 さしものヒュドラも完全に勢いが殺され、血しぶきを上げながら、首を戻した。


 実際この五つ首の攻撃は、ほぼ同時に起きた、一瞬のことである。

 だから、手の空いた人間がフォローに回るような時間はない。

 全員が全力かつ最速で対処し、それでも止められたのは四つだ。


 つまり、まだ首は一つ残っている。

 俺は最後の魔力爆弾を握りしめ、声を張り上げた。


「さあ俺を喰ってみろよ!」


 両腕を大きく広げ、カイルの前に立つ。

 私兵の多くが突っ込んでくる首に弾き飛ばされた。

 リーファンが止めた首と違い、その首は勢いがある。残念だが私兵たちでは止められない。


 わずかに回復した魔力で、魔力爆弾を暴走させれば、一つでもそれなりの威力になる。

 それが奴の口の中なら最高だな!


 大きくあきとを開き、突っ込んでくるヒュドラの口に飛び込もうと、こっちから飛び上がった時だった。


 唐突に、ヒュドラの頭が強引なひねりを入れ、無理矢理に俺を避けたのだ!


「なんだとぉ!?」


 俺の自爆攻撃を読んでたってのか!?


 無理矢理態勢を変えたその首は、突進の勢いが弱くなっている。

 もし、この首が狙っているのがアルファードやヴァン、リーファンだったら、なにも問題はない。


 だが、ヒュドラが必死で首を伸ばした先にいるのはカイルなのだ。

 その巨体でちょいと突けば、蛇野郎の勝ち。

 ジャビール先生とザイードも近くにいるが、幸い二人は首の突進上から少し外れている。


 俺は蒼白になって、カイルに飛びつこうとするも、一度ヒュドラに向かっていた勢いに、ただ態勢を崩すしかない。


「カイル!」


 冒険者なら、なんとか避けられる速度なのに、それを止める術がない!


 その巨大な顎が、カイルをかみ砕こうと大きく開いた。


「クソがぁぁぁああああ!」


 誰か! なんでもいい! カイルを……カイルを助けてくれ!


「私の弟になにをするかぁ!」


 その時の光景は、死ぬまで忘れられないものだった。


 あの、ザイードが、剣を捨てながら走り寄り、カイルを突き飛ばしたのだ。


「……え?」


 すでに観念していたカイルは穏やかな表情をしていたが、想定外の事態に、少し抜けた声を零す。


 カイルを突き飛ばしたザイードは、そのままバクリと喰われた。


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