116:お家に帰るまでが、戦争ですって話
八ツ首ヒュドラを馬車大に切り刻み、全てを空間収納に突っ込んで、湿地帯をあとにした。
ザイード村に寄って、ザイードの私兵を置いていく。
「カイル様! ヴァン様! このたび、一人の死者もなく家に帰れたのはあなた方のおかげです! 改めてお礼申し上げます!」
兵士長が深々と頭を下げた。
道中もずっと感謝され続けていたが、最後に私兵全員が整列して礼を捧げてくる。
規律だった動きで、兵士としての優秀さを見てとれる。
よくよく考えると、カイルが開拓村に旅立つとき、ザイードは私兵を連れていたが彼らは実に統率がとれていた。
ゴールデンドーンが要求する冒険者のレベルが高すぎるだけで、兵士としての能力は高いのかもしれない。
「こちらこそお世話になりました。ゴールデンドーンに戻ったらすぐに代官を送るので、しばらくご不自由をおかけします」
この村の統治を一時的に任されたカイルが頭を下げると、兵士長が慌てる。
「お顔をお上げください! カイル様、ザイード様が留守の間、我々がこの村を守ってみせます!」
「はい。よろしくお願いします」
こうしてザイードの私兵たちとわかれ、ゴールデンドーンへの帰路につく。
冒険者ギルドに仲介してもらい、丈夫な馬車を一台購入した。
え? 理由だって? そりゃ……。
「だから私はカイルの護衛だから、外を歩くと言っているだろう」
「いやいやいや! 頼むからあんたが先陣切って進むのはやめてくれ!」
「わかった。先頭は諦めよう」
「おとなしく馬車に乗ってろって言ってんの!」
俺がヴァンに怒鳴りつけるが、当の本人は耳くそをほじりながら「ほーん」とか抜けた声を出してやがる。
少し離れたところで、ジャビール先生が頭を抱えていた。
いいんですよ!
冒険者として扱ってやれば!
王族として扱ったら面倒なんですよ!
俺が心の中で叫んでいると、苦笑しながらレイドックが近づいてきて、俺の肩を叩いて止めた。
「あー、待てクラフト」
「なんだ?」
レイドックがヴァンに向く。
「あー、ヴァンさん。あんたはカイル様とマイナ様とジャビールさんと一緒に馬車に乗って、護衛してくれ」
「ん?」
「もともと、俺のパーティーメンバーかキャスパー三姉妹の誰かに同乗してもらう予定だったんだ」
「そうか……わかった」
ヴァンは一瞬つまらなそうな表情を見せたが、ニヤリと口元を緩める。
「お前、人の使い方をわかっているな」
「褒め言葉として受け取っておきますよ」
「本心だぞ」
ヴァンが軽く手を振りながら、馬車に乗ってくれる。
ようやく俺たちはゴールデンドーンに旅立った。
さて、こうして旅だったわけだが、この馬車につなげた馬は、すべてゴールデンドーンで育てた馬である。
つまり……。
「うおおおおお!? なんだこの速さは!? これが行軍速度だと!?」
「窓から顔を出してると、舌を噛むぞ!」
「わはははは! これでは早馬と変わらぬ速度ではないか! 軍隊の移動速度など、普通は徒歩より遅いというのに! わははははは!」
なにが楽しいのかわからないが、ヴァンのやつ、やたらとご機嫌である。
もっとも、数日するとさすがに飽きたのか、顔を出さなくなってくれたが。
◆
「うおおおおおおお!?」
「今度はなんだ!?」
しばらく静かだと思ったのに!
俺たちの移動速度なら、ゴールドンドーンまでもうすぐという位置で、再びヴァンが騒ぎだした。
「これが叫ばずにおられるか! 見ろ! この広大な小麦の海を! 水平線ならぬ
「……俺は海を見たことがないから、水平線がわからない」
「なんだ。クラフトはこの国の南には行ったことがないのか?」
「海まではないな。一度見に行ってみたいんだがなぁ」
「ふーむ。じゃあ休暇が取れたら、俺が案内してやろう!」
「え? いいのか! そりゃあ楽しみだ!」
俺とヴァンが笑い合っていると、馬車の中でジャビール先生が頭を抱えていた。
……うん。陛下だったね。忘れてたよ。
「なるほど……クラフト小麦がオルトロスの領地を中心に広がっているわけよ。よもやこれほどの生産量とは」
「そのクラフト小麦って名前変えられませんかね?」
「俺がつけたわけじゃない。諦めろ」
「ううう……」
気がついたときには、クラフト小麦って名前で流通してたんだよ!
「この小麦と、湿地帯の開墾が終わり、米が収穫できるようになれば……」
ヴァンはものすごく悪い顔で自分の顎を撫でていた。
きっとろくでもないことを考えているに違いない。
馬車に同乗しているカイルが、恐る恐る、ヴァンに声をかける。
「あの……陛下」
「カイル。ヴァンと呼ばんか」
「えっと、ヴァンさん。もうすぐ街につきますので、屋敷に到着するまで、外を覗くのを控えていただきたいのですが……」
「別に見るくらいいいだろう?」
ヴァンが口を尖らして抗議する。
「カイルが乗っているのがわかると、住人に囲まれるんだよ」
「馬車が一つの時点で同じことだろう?」
集団の中に馬車が一台なら、そこにカイルが乗っているのは、住人にだってわかるだろうと、口をへの字にした。
「あんたが馬車で街を移動するとき、外から顔が見えているときと、見えていないときで、住民の反応が変わらんのか?」
「俺の馬車は分厚いカーテンがついている……ああ、わかった。屋敷に着くまで我慢しよう」
どうやら、カーテンを開けたら大変なことになった経験でもあるのだろう。なにかを思いだしたように、ヴァンは軽く手首を振った。
「わかってくれてなによりだ。それより物見遊山でカイルの護衛を忘れるなよ」
「ふん。任せておけ」
ああああ、とジャビール先生が頭を抱えた。
先生、考えすぎです。こいつ楽しんでますから。
◆
「うぉぉぉおおおおおおおおおお!?」
予想はしていたが、カイル邸に到着し、ようやく降りることができたヴァンは、今までで一番の音量で驚いてくれた。
ヴァンのやつ、右を見て、左を見て、上を見て、そのたびに叫ぶのだ。
ふふん。ゴールデンドーンはすげぇだろ。
ひとしきり興奮したあと、ヴァンがカイルの肩に手を回し、ぐっと身体を寄せる。
「カイル。凄まじい都市だな」
「都市……と言ってしまって良いものでしょうか?」
「王都より発達した街を見せられ、それを認めぬアホウはおらぬ」
「ありがとうございます」
どうやらカイルは褒められていると判断してお礼を言うが、直後、ヴァンのセリフに顔を青ざめた。
「カイル。王国を簒奪するつもりか?」
「なっ!?」
「ちょっ!?」
ヴァンの表情はそれまでの、気さくな冒険者面ではなく、敵を値踏みする貴族のそれだった。
「滅相もありません! 僕はただただ、住民の安全を第一として!」
「そうだぞ! カイルはそんな
俺とカイルがほぼ同時に声をあげると、ヴァンは真面目くさった表情筋を、ぷるぷると震えさせる。
「……ヴァン?」
「ぶ……ぶはははは! ダメだ! 我慢できん! うははは! わははははは! お前ら本当に面白すぎる!」
「あの……陛下……」
カイルが声をかけるも、ヴァンのやつ、とうとう膝をついて、地面を叩き始めたぞ。
どんだけ面白おかしいってんだ!
「ぶははは! はははは! はぁ! はぁ! 酸欠になりそうだ」
「なら、笑うのをやめてくれませんかね。こっちは血の気が引いて、逆の意味で酸欠になりそうだったんだよ」
「いや、悪い悪い。王の立場を
「あ」
でも、それを言ったのはカイルじゃなく俺だからね!
「まったく、こんなに笑ったのは何年ぶりか。だが、あの王都の城壁より立派な市壁を見れば、どんな権力者とて、警戒するだろう」
「ヴァンさん……いえ、陛下。僕は誓って――」
「言わんでいい」
「……はい」
ヴァンはぷらぷらと手首を振って、カイルの言葉を遮った。
ま、たしかに時間の無駄だな。
「それより、俺はどこに泊まるかね。そうだクラフト。お前の家に――」
「ヴァン。あんたがゴールデンドーンに滞在中はカイルの護衛をお願いしたい。報酬はカイル邸での宿泊と、好きなだけの飲み食いだ」
俺はヴァンに最後まで言わせず、ぴしゃりと述べた。
するとヴァンはニヤリと笑みを向ける。
「引き受けた」
こうしてしばらくヴァンはカイル邸でもてなされることになった。
うん。俺んちに住み着かれるとか、勘弁して欲しい。
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