72:出会いはやっぱり、美少女って話
「お姉さん! 尻尾が可愛いっすね!!!」
「なっ!? しょ! 初対面で尻尾の話!? この人変態ですか!?」
滅んだと伝えられているリザードマンらしき女性が、ジタローのデリカシーゼロの言葉に、顔を真っ赤にして、その豊満な胸を隠すように身をよじった。
彼女から漂っていた悲愴な空気が霧散したが、一緒に緊張感もすっ飛んでいったので、結果オーライとしよう。
「あー、そのバカは無視してくれ。変態なんだ」
「クラフトさん!? そりゃあんまり酷いじゃないっすかぁ!」
「いいからちょっと黙っててくれ、三年くらい」
「三年!?」
ジタローを雑に追い払って、あらためて、トカゲ少女に向きなおる。
少女と言葉を選んだが、俺と同じくらいの年齢に見える。人間基準で二〇前後だと思うが、リーファンの件もあるし、亞人の年齢はハッキリしない。
ただ、女性の年齢を上に間違えるよりは、下に間違った方がいいだろうと、俺の脳内で少女とつけているだけだ。
「あんたはリザードマンで合っているか? 俺たち人間のあいだでは、滅んだと言われていたんだが……」
「それは……」
リザード少女が言葉を濁す。もしかしたら、軽々に口に出来ない事なのかも知れない。
俺がレイドックに視線を向けると、無言で続けていいと指示を飛ばしてきた。
「何かに追われて逃げているように見えたが……」
「来たっす!」
ジタローとソラルがほぼ同時に弓をつがえた。わずかに遅れて、俺とリザード少女を中心に、防衛フォーメーションを組み上げる。
「モーダ! リーファン! 何が来るがわからんが、とめてくれ!」
「わかったよ! レイドックさん!」
即座に二人に、神官のベップからありったけの補助魔法が飛んだ。効果時間が短いかわりに、効果の高いものを咄嗟に選んだベップはさすがだ。
めきめきと周囲の樹木をなぎ倒しながら、俺たちの前に姿を現したのは、巨大なカエルのような生物だった。
「なんだありゃ? 見た事ないヤツだな」
「気をつけろ! 何してくるかわからないぞ!」
残念ながら、レイドックの忠告は無駄になった。
カエル野郎が、口から巨大な塊を吐き出したのだ。
「止めます!」
「ぬん!」
「だめぇ!!!!」
リーファンとモーダが、巨大な盾を前面につきだし、その攻撃を止める。
リザード少女が同時に叫んだ。
ばしゃーん!
その塊は、液体だったのだ。
高速で撃ち出された大量の液体が、二人の盾で砕け、パーティー全員に、細かく降り注ぐ結果となってしまった。
「あああ! もうだめ! これは強力なマヒ毒なんだぁ! ここまで……ここまで逃げてきたのにぃ!」
「なに!? マヒ毒!?」
俺は反射的に、ベルトからポーション瓶(試験管型)を引っこ抜き、魔力で蓋を飛ばす。
「飲め!」
「え……」
俺は問答無用で、リザード少女の口にポーション瓶をツッコんだ。
「もががが!?」
「安心しろ、キュアポーションだ。ふりかけても良かったんだが、強力って言ってたからな。念のため飲んでもらった」
「ごほ! ごほ!」
「どうだ?」
「……うそ……全然……痺れてない……そんな、今までどんな毒消しでもほとんど効果が無かったのに」
「効いてるようだな。こっちも飲むんだ」
「これは?」
「毒防止薬。よほど特化されてないかぎりは、マヒにも効く」
「あ……ありがとう」
リザード少女が素直にポーションを飲み干した。
「後続きやす!」
「え!?」
少女が顔を上げた先、森の奥から、巨大マヒガエルが六体姿を現したのだ。
「クラフトさん!」
「なんだ!?」
「このカエル、美味いっすかね?」
俺が答える前に、リザード少女が「はあっ!?」と大口を開けた。
「うーん。どうだろうな? 試してみればいいんじゃね? 毒消しはいくらでもあるんだし」
「そうっすね!」
「ダメです! 逃げてぇえええ! そのパラライズバロンフロッグは物理攻撃も強力なんだ! ムチのようにしなる舌が三つも……!」
必死に少女が訴えるが、時既に遅しってヤツだ。
「風雪乱斬!」
「画竜点睛!」
「くらえっす!」
「岩盤崩撃!」
「……暗踊葬双(ボソッ)」
「灼熱炎柱!」
「火弾!」
カエルは自慢の舌攻撃を繰り出すことも無く、一瞬で焼肉か挽肉となって、地面にまき散らかされた。
「……え?」
「なああんた、こいつって魔物か? 動物か?」
「あ……ま、魔物です」
「だってよ! 魔石を集めといてくれ!」
「へーい」
見た事の無い魔物の魔石か。楽しみだな。
「し……信じられないバロンを瞬殺だなんて……」
「あいつらは一流の冒険者だからな。カエルはあれだけか?」
「……! ちっ違います! 村が……村が一〇〇匹以上のバロンフロッグに襲われていて!」
「なに?」
俺は一応、レイドックに視線を投げると、ニヤリと笑い返して来やがった。
「答える必要なんかないだろ?」
くそ、格好いいな。もげろ。
「レイドックしゃまぁぁぁ」
エヴァは無視だな。
「よし、村の場所を教えてくれ! そうだ、俺はクラフト。クラフト・ウォーケン。あんたの名は?」
彼女ははっとなって、身を正した。
「私は、ひょうたん沼村村長シャルレの娘、シュルル。名乗りが遅れてゴメン」
「構わないさ。よし、シュルル。村まで案内してくれ」
「それは……」
シュルルの葛藤は手に取るようにわかる。
村を救いたいという思いと、得体の知れない冒険者に頼っていいものか、天秤にかけているのだろう。
「大丈夫だ。絶対助けてやる」
「……わかりました。お願い……村を……救って!」
「おう! 任せとけ!」
「決まりだ! みんな行くぞ! カエルは大したことないが、油断するなよ! シュルルさん、道案内頼む」
「……はい!」
俺たちはすぐにシュルルの先導で、村に向かうことになった。
道中、情報のすりあわせをする事にする。
「それでシュルル、あんたたちはリザードマンって事でいいのか?」
「はい。私たちはリザードマンです」
「物語なんかだと、もっとこう、爬虫類に近い見た目だと思ってたよ。ほとんど人間と変わらないんだ」
「あ、それは……」
もしかして、失礼な事だったか?
「体質にはかなり個人差があるんです。もっと立派な鱗を身体全体に持つリザードマンも沢山いますから!」
どうやら、鱗を沢山持つ方が立派なリザードマン扱いのようだ。悪い事を聞いてしまった。
「はは、人間から見ると、シュルルは美人で魅力的なんだけどな」
「……え!?」
「そうっすよ! シュルルさんは美人っす! おいらが保証しやすぜ!」
「そんな……私が?」
「種族毎にいろんな基準があるんだと思うけどな。今はその話はいいだろう。とにかく人間に近いヤツもいれば、爬虫類に近いヤツもいるんだな?」
「そうです」
トカゲと何度も言いかけたが、なんとなく避けた。
「それでシュルルたちは、人間の事を知っているようだったが」
「それは……」
「言えないことか?」
「……、細かい事は省きますが、人間との接触は禁じられています」
「なるほど」
先ほどの躊躇はこれか。
「シュルル、大丈夫だ。俺たちは絶対にあんたたちに危害を加えない。村を助けることで証明してみせる」
「なんで初めて見る私たちにそんなに協力してくれるの?」
「それは……」
理由は二つある。
一つは、この地域が自称ではあるが、王国の領地内で、かつ辺境伯の領地とされているからだ。
正確にいうと、開拓が進み国王に認められればという流れらしいが、世間一般的にはこのあたりの未開地は辺境伯の領地という扱いになっていたはずだ。
そしてこの辺境開拓はカイルに一任されている。
つまり、実質的にカイルの住人ということになる。ならば、助けないという選択肢がない。
そしてもう一つは……。
「俺が助けたいって理由じゃ足りないか?」
俺はこの力を、困っているヤツを助けるのに使いたい。
すると、シャルルは初めて笑顔を見せた。
「ううん。嬉しいよ」
こうして、俺たちは滅んだと言われていたリザードマンを救う緊急ミッションを開始したのだった。
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