71:ダンジョン攻略は、油断できないって話


「よし、それじゃあダンジョン攻略を開始する。未発見ダンジョンであることから、慎重を要する。少しでも無理だと思ったら引き返すので、全員そのつもりで」


 レイドックに全員が頷き返す。

 未発見ダンジョンという響きに、エヴァがわずかに震えていた。恐れか、武者ぶるいかの判別はつかない。

 するとレイドックがエヴァの肩に手を置いた。


「大丈夫だ。何があっても全員守ってみせる」

「レイドックしゃま……」


 緊張していたエヴァの顔面が、途端に崩壊していった。


「ちょ!? レイドック!?」

「よし、行くぞ! 先頭はソラルとカミーユだ」

「あ! ……あとで覚えてなさいよ! 行きましょうカミーユ」


 ソラルがレイドックに噛みつく前に、レイドックが素早く指示。納得いかない顔つきのまま、ソラルはカミーユをともなって先頭を進み始めた。

 森と違って、ダンジョンに慣れたソラルが先頭なのは、ごく当然の流れだろう。

 それにしてもレイドックよ……いや、言うまい。この天然たらしが! もげろ!


 こうして俺たちのダンジョン探索が始まった!!


 ◆


 夕焼けが美しかった。

 俺たちはダンジョンをクリアーし、久々の空気を味わっていた。

 早速リーファンが野営の準備を始めたので、俺とレイドックは戦利品を敷物の上に並べていった。


「なかなか悪く無い収穫だったかな」

「そうだな。そんなに大きいダンジョンじゃ無かったからな」

「ミスリルのインゴットが手に入ったのはありがたいな」

「鉱山だったらもっと良かったんだが、さすがに贅沢か」


 ダンジョン攻略は三日で終了。中にあるお宝はだいたい回収出来ただろう。

 幸い大規模なダンジョンでは無かったので、引き返すことなく、最奥まで探索できたのだ。


 そこにリーファンが料理の手を止め、呆れ顔でツッコんでくる。


「二人とも、ダンジョンの初見攻略とか、とんでもない成果だからね!?」

「運が良かったよな!」

「私は最後の部屋に入ったとき、死んじゃうかと思ったよ」

「ボスのヒュドラには驚いたなぁ」

「ああ。ヒュドラってあんなにでかくなるんだな。上位種ってやつだとは思うが」


 ダンジョンの最奥を守っていたのは、ヒュドラだった。だが、俺たちの知っている沼地のヒュドラとは全く違う固体であった。

 とてつもない巨体なだけでなく、頭の数が二四本も生えていて、炎や氷のブレスを吐きまくられたときにはさすがに肝が冷えた。


「さすがにあれは手こずったぜ」

「あのねクラフト君。あれを手こずったって言ったら、他の冒険者が泣いちゃうよ」

「あー。まぁ、そうかもな。レイドックの猛攻で、一〇分もかからなかったからなぁ。リーファンがきっちり攻撃を防いでくれたおかげだ」

「ヒールポーションが無かったら、とてもじゃないけど無理だったよ」

「それが俺の役目だからな」

「レイドックしゃましゅごいぃぃ……」


 エヴァのクールなイメージはこの三日で完全に崩れ去り、レイドックを見つめる瞳が完全にハートマークになっていた。ソラルに凄まじい形相で睨まれていたが気がつく様子もない。

 まぁ、リア充は放っておこう。


 それまで真夏のアイスみたいに蕩けていたエヴァが表情を整え、こちらを向いた。


「まさか、ダンジョンを初見突破するとは思いませんでした。とんでもありませんね」


 きりっ!


 うん。今さらだけどな。


「ああ、あんたたち三姉妹がいてくれたおかげだよ」

「レイドック様のパーティーが優秀過ぎて、手伝えたとは思いませんが」

「そんな事は無い。エヴァの魔法は多彩で、あらゆる状況に対応出来ていたし、カミーユの探索能力と、的確な戦闘フォローは称賛に値する。マリリンの回復魔法があるから、ベップは補助魔法に専念出来たし、俺も攻撃魔法を出す必要が無かったから、フォローに専念できた」

「クラフトさんのポーションが凄いですからね。スタミナポーションだけでなく、マナポーションも提供してもらってるので、魔法を撃ち放題でしたから。私たちの実力じゃありません」

「全員ポーションは使ってるんだ。実力だって」

「レイドック様の役にたっていましたでしょうか?」

「保証する」

「それならば……良かったでしゅぅぅ」


 背後にハートを飛ばしながら、あっと言うまに表情が崩れていくエヴァ。

 ソラル! 怖いからこっちに殺気飛ばすのやめて!?


「リーファン、この短剣をどう思う?」


 レイドックが取り出したのは、最後の部屋で見つけた短剣だった。


「”鑑定”……うん。やっぱりこの短剣、オリハルコン製だよ!」

「やっぱりか」

「へえ、それが」


 俺も短剣を覗き込むと、なるほど、不思議な魔力を感じる。魔法金属なのは間違い無い。

 手にとって鑑定すると、短剣とは思えないほど強力な武器だった。


「恐らく死霊系なんかにも普通にダメージが入るぞ、これ」

「それは凄いな。そうだ、分配は後で考えるとして、街に帰るまでカミーユが使ったらどうだ?」


 レイドックが手の中で短剣をクルリと回し刃を掴むと、カミーユにグリップを向けた。

 カミーユは一瞬、レイドックと俺に視線をやったあと、無言でそれを掴み、何度か振る。


「一見すると普通の短剣だが、重量バランスが最適。空気を切り裂く感覚から、切れ味も非常に高い。魔力はわからないけれど、間違い無く非実体系にもダメージを与えられると確信出来る。これは凄い武器。借りる」

「「お、おう」」


 俺とレイドックは初めて聞くカミーユの言葉に驚くあまり、うっと詰まってしまった。

 無口だと思ってたが、喋るとこうなるのか。びっくりしたわ。


「おおおお! カミーユさんの声クールで最高っす!」

「お前は黙っとけ」

「へーい」

「そうだクラフト、その短剣でオリハルコンの作り方はわからなかったのか?」

「残念ながらダメだった。こういう鉱石なのかもしれないな」

「オリハルコン鉱山とか見つかったら経済がひっくり返るな」

「ま、鉱山とは言わないが、作り方がわかればなぁ、ははは」

「どっちにしても大事件だよ」


 俺とレイドックに、リーファンが疲れたようにツッコミを入れてきた。最近すっかりツッコミ要員だな。

 彼女の名誉のために言っておくと、ダンジョンでは大活躍だった。

 モーダと一緒に壁役をこなし、金属を見つけ、料理もこなす。実はめっちゃ良い嫁さんになるんじゃなかろうか?

 見た目はあれだが、俺より年上らしいしな。いい人が見つかる事を祈る。


「クラフト君、なんか失礼な事考えてない?」

「何一つ」


 失礼な事では無いからな。自身をもって答えてやった。


「ならいいんだけど……じゃあ夕食にしようか!」

「おう! やっと地上に出てきたからご馳走を頼むぜ!」

「ダンジョン内でも平然と料理してたじゃないですか」


 今度はエヴァにツッコまれた。解せぬ。


 ◆


 次の日、リーファンのダウジングを頼りに大まかな方角を決め、爆進している時の事だった。

 先頭を進むジタローがピタリと足を止めた。

 俺たちも足を止め、辺りの様子をうかがう。


「どうした?」

「なんか妙な気配がするっす。前方からこっちに……もうすぐ来るっす」

「全員戦闘準備!」


 言われなくてもとっくに戦闘態勢に入っていた俺たちは、前方に注意ししつつ、フォーメーションを組んだ。

 しばらくすると、草木をかき分ける音が聞こえてきて、俺たちの目の間に誰かが転がり出てきたのだ。


「……え?」

「獣人……? いや違うな。人間ではなさそうだが」


 草むらから飛び出してきたのは、人間型の亞人種であった。

 膝を突いて座り込んでいたその亞人は、森の中で突然見つけた俺たちに驚いたのか、呆けた顔をこちらに向けていた。


 亞人は見た事の無い種族で、野性味溢れる民族衣装を身にまとい、手作り感満載の槍を手にしていた。

 特徴的なのはその尻尾か。爬虫類を思わせる鱗に覆われた尻尾が尾てい骨からすらりと伸びていた。

 だが、それよりも目を引くのは……。


「大丈夫っすか!? 美人のお姉さん! さあおいらの手に掴まるっすよ!」

「え? え?」


 そう、その亞人は凄い美人だったのだ。

 形の良いバスト! ヒップ!! 健康的な足!!!


「……クラフト君。どこ見てるのかなー?」

「怪我が無いか確認しているだけだっての!」


 嘘じゃない! 嘘じゃないからな!!

 マリリンに続くおっぱい要員とか思ってないからな!!


「じとー」

「そんな目で見るな! それよりも! あんた、慌ててたみたいだが、何かあったのか?」


 その美少女の姿を見て、俺は思い出していた。昔に滅んだリザードマンという種族の事を。

 彼女は、手の甲や肩に鱗状の肌を持っていたのだ。


「にん……げん? どうしてこんな所に?」


 どうやら俺たちは、ちっとばかりでかい案件にぶつかってしまったようだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る