67:気づかいは、気がつかなきゃダメだよなって話


 キャスパー三姉妹との顔合わせを終え、その日は解散。

 一日の準備期間をおいて、再び冒険者ギルドに集合した。

 俺が待ち合わせ場所にいくと、すでに三姉妹が揃っていたのだが、長旅の予定にも関わらず、荷物が無かった。


「エヴァたちは随分身軽だな。長旅になるが荷物は無いのか?」

「私は空間収納を使えますから。申し訳ないですが、あなたたちの荷物を入れる余裕はありませんよ?」

「大丈夫だ」


 空間収納を使えるとは、それだけで腕が期待できるというものだ。

 それも三人分の生活用品を詰め込める容量となればなおさらだ。荷物を預かろうと思っていたのだが、必要なさそうだ。

 なるほど、若手ナンバーワンの噂は間違いなさそうだ。


 ギルドホールの一角は、俺たちと同じ様に、冒険者たちが待ち合わせの場所として使っている。

 みなが武器や荷物の確認をしたり、事前の打ち合わせをするのが日常だ。

 今日は俺たちに視線が集まっていたが。

 そこにレイドックたちのパーティーもやってくる。


「遅くなったか?」

「いや、時間前だぞ。リーファンはカイルに挨拶に行ってるから少し遅れるかもしれん。ジタローは……遅刻したら置いてこう」

「ははは。ジタローにはいてもらったほうがいいだろ。あれで森では頼りなる」

「まあな」


 俺とレイドックが軽口を叩いていると、レンジャーのソラル。神官のベップ。魔術師のバーダック。戦士のモーダが三姉妹と挨拶を交わしていた。

 どうやらレイドックのパーティーメンバーとは初対面のようだ。


「クラフト、俺たちの荷物だ」

「おう」


 壁の隅に積み上げられたのは、冒険に必須な品物だけで無く、調理器具や予備の武具までがあった。

 それを見てエヴァがぎょっとする。


「ちょっと待ってください。レイドックさんは優秀な冒険者と聞いていたのですが」

「レイドックは優秀だぞ? 俺が保証する」

「それは戦力でという意味でしょうか? この荷物を見る限り、探索の能力は無いように思えるのですが……」


 暗に、足手まといはいらないと言っているようだ。

 だが、それは完全に誤解だ。


「戦闘能力だけでBランクになれるほど、冒険者ギルドは甘い組織じゃないだろ? つまり、こういうことだ。”空間収納”」


 俺がうずたかく積まれた荷物を、ささっと魔法で収納すると、今度こそエヴァが目を見開いた。


「あなたも空間収納を使えるんですか!?」

「ああ」

「いえ……レア魔法ではありますが、使える人はいますし……それよりも凄い容量ですね」

「ああ。ちょっと事情があってな。もともと俺は錬金術師の紋章じゃなく、魔術師の紋章持ちだったんだ」

「え? 紋章を書き換えたんですか?」

「ああ。詳細は省くが、その魔術師の紋章は相性が悪かったらしい」

「相性の悪い紋章は、刻めないと聞いていますが」

「普通はそうらしい。だが、運が悪いと起こるようだ」


 エヴァは腕を組んで考え込む。


「それと、空間収納の容量に関係があるんですか?」

「俺の師であるジャビール先生によると、魔術師時代に魔力を無理矢理押し込め続けた結果、圧縮や効率の良い魔力運用が得意になっているんじゃないかって話だ」


 ジャビール先生の仮説だが、これは実証のしようも、実験のしようもないので論文には出さないらしい。


「え!? ジャビールって……あの高名なジャビール様ですか!?」

「ああ。ジャビール先生は今、カイルの兄ザイードの専属錬金術師をやっている関係で、たまたま出会えてな。その縁から弟子にしてもらえたんだ」


 正確には少し違うが、この方がわかりやすいだろう。


「それは羨ましいですね……。あの方は魔術論でも有名ですから」

「学会っていう、新しい組織で活躍なされてるからな」

「立派な方です……それより貴族であるお二人を呼び捨てですか?」

「あっ」


 しまった! ついいつもの癖で!


「あー。その。カイルとは特別親しくてな。内緒で頼む」

「噂は聞いています。カイル様が全幅の信頼をよせていると。ですがザイード様の方は……」

「あー。これも内緒で頼むが、正直俺はザイードの事を好きになれん。色々あってな」

「そうですか。わかりました。それも胸に秘めておきます」

「助かる」


 少しつっけんどんとした態度を取ることもあるエヴァだが、中身は良い子らしい。

 年上には失礼な感想だが。


「レイドック、終わったぞ」

「ああ。それでリーファンとジタローはまだなのか?」

「リーファンは遅くなっても仕方ないが、ジタローの奴は何やってんだ?」

「クラフト、魔法で連絡がとれたりしないのか?」

「出来ないな。知ってる限りじゃそんな魔法は無い。エヴァは何か知ってるか?」

「いいえ。ただ、そのような道具があるらしいと昔師匠に聞いたことがあります」


 道具と聞いて、俺も思い出した。


「そういえば、ジャビール先生に聞いたことがあるな。どんなに遠くても会話できる道具が存在するらしい」

「それは便利だな。クラフトかリーファンで作れないのか?」

「無理だな。そもそもかなり貴重な道具らしく、国で数個持ってるかどうかの超レアアーティファクトらしい。それに使用には色々制限もあるらしい」

「そうか。残念だな。それがあれば連絡が楽になるのに」

「もし量産できたら、世界がひっくり返りますね」

「ま、作れない物に関して考えても無駄さ」

「それもそうだな……っと、来たようだぞ」


 どうやら気配を察知したらしく、レイドックがギルドの入り口に視線を向ける。

 その直後に大荷物を背負ったジタローが飛び込んできた。

 約束の時間を少し過ぎたくらいだ。この程度なら許してやるか。


「いやー! 遅くなっちまいやした! ちょいとシールラ商店で買い込んでやして!」

「それはいいんだが……いや、なんでもない」


 ジタローのぱんぱんに膨れあがったカバンからは、シールラ商店の商品が所々飛び出していた。

 妖艶な雰囲気を醸し出す未亡人シールラが経営するシールラ商店は、ゴールデンドーンがこの地に移転してからもちゃんと続いている。

 そしてジタローはシールラにも思いを寄せているらしい。

 内心でこの一言を送ろう。


 節操ないな! ジタロー!


 ま、好きに生きろ。

 購入したのは鉄の鏃や、鳥の羽。ある程度日持ちする食料などなどだ。

 俺がいるから必要ないのを知っているはずのシャープネスオイルや、スタミナポーションなんかも詰まっていて、ジタローとシールラのやり取りが目に浮かぶようだ。


「ジタロー……それは予算からは出さないからな」

「そんな要求しやせんて! おれっちの懐を痛めないと誠意が伝わらないじゃないっすか!」

「真面目なんだか不真面目なんだか……」


 ジタローの荷物をため息交じりに空間収納すると、やはりエヴァが呆れていた。


「いったいどれだけ収納できるんですか……」


 巨大ドラゴン一体分って言ったらどんな顔するだろう?

 言いふらす事でも無いから黙っていたが。


 適当に雑談をしていると、ギルドの入り口あたりがざわめき始めた。


「カイル様!」

「おい! カイル様が来たぞ!」

「おはようございます! カイル様!」

「はい。おはようございます」

「やった! カイル様に返事をいただいたぞ!」

「なに!? カイル様! おはようございます! いらっしゃいませ!」

「はい。皆様おはようございます。お仕事の邪魔をしてすみません。僕の事は気にせず、いつも通りにしてくださいね」


 ざわめく冒険者の声に混じって、カイルの声が聞こえてきた。


「うにゃ!? カイル様が来たにゃ!? お前らちっと下がるにゃ!」

「お、おう」

「カイル様! なんかあったら遠慮無く言ってくれよ!」

「いいから下がるにゃ! カイル様! いらっしゃいなのにゃ!」


 カイルを取り囲むように集まっていた冒険者を散らして、受付のミケが飛び出していった。


「おはようございます。こちらにクラフト兄様は来ていますか?」

「はいにゃ! あそこにいますですにゃ!」


 背の低いカイルは、冒険者が下がることで、ようやく俺を見つけられたらしい。

 カイルだけでなく、ペルシア、マイナ、それにリーファンも一緒だった。


「カイル。忙しいんじゃ無かったのか?」

「そうなんですが……マイナが見送りしたいと言いまして」

「マイナが?」


 カイルの双子の妹であるマイナだが、好かれているのか嫌われているのかいまいち掴めないところがある。

 わざわざ見送りに来てくれる程度には好かれているのだろうか?


「そうか。わざわざありがとうな、マイナ」


 俺は貴族を相手にする態度では無く、兄妹を相手にするように、マイナの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「……ん」


 マイナが何かを差し出してくる。


「……ん!」

「なんだ?」

「兄様に受け取って欲しいそうですよ」


 くすくすと笑うカイル。

 なるほど、マイナの手にはなにか小さなものが乗っていた。


「……怖っ!?」


 それはウサギだった。小さなウサギの人形だった。

 だが、つぎはぎだらけで、片目。虚ろな瞳と眼帯という、悪夢に出てきそうな強烈なウサギであった。


「……!」


 途端にマイナに蹴りを喰らった。痛くはないが、痛かった。


「兄様、それはマイナが持っているウサギの人形とお揃いのものに、刺繍をしようとしたんですよ」

「え?」


 なるほど、よく見れば大きさは違うが、いつもマイナが持っている大きなウサギの人形と、ベースは同じに見えた。


「何をどうやったらこんな姿に……」


 再び蹴りが飛んできた。

 俺はこんな呪いの品を渡されるほど嫌われていたのか!?


「ふふ……すいません兄様。マイナがそれを渡すと言ったとき、男性には可愛すぎるんじゃないかなって言ってしまったんです」

「え?」


 えっと、つまり……どういうこと?


「マイナはお守りとして、同じ人形を持っていてほしかったようですよ?」


 お守り……。そうか。お守りか。

 そこで俺はようやく理解した。

 マイナは何かお守りを渡そうとしてくれたが、私物で持っているのは人形くらいしかない。

 そこで手持ちの人形を渡してくれようとしたが、カイルが余計な事を言ったせいで、慣れない刺繍に挑戦。結果、数々の人体実験を受けた被験者のようなウサギが完成してしまったと……。


「うん……悪かった。マイナが一生懸命作ってくれたんだよな?」

「ん」


 小さく頷くマイナ。

 俺は受け取った眼帯ウサギを腰のベルトに巻き付ける。


「どうだ? 似合うか?」

「ん!」

「なんか呪いの藁人形を腰につけてるみたいっすねー」

「”空爆烈”!!!!」

「ほぎゃああああああ!?」


 俺は問答無用でジタローを魔法でぶっとばした。


「惨い……」


 レイドックが気の毒そうにジタローに目を向けるが、「痛たたた……」と起き上がるジタローを見て呆れていた。

 エヴァも「あの威力で起き上がるんですか……」と感心していた。今のジタローはこのくらいやらないと効かないのだ。


「あー、マイナ。ありがとうな。ちゃんとこうやってもってくから」

「ん」


 どうやら機嫌を直してくれたらしい。

 見た目はたしかにアレだが、心を込めて作ってくれたのだ。ちゃんと持って行かねば。


「それでは兄様、どうぞご無事でお出かけください」

「おう。まかせとけ」


 こうして俺たちは、人類未到の地へと、旅立っていったのだ。

 どうでもいいが、もうカイルのやつ、平然と街中で兄様呼びだな……。もう諦めてるからいいけどな!


「置いてかないでくれっすよー!」


 もう一度ぶっとばしてやろうかしら?


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