66:美人を見ると、冷静でいられないよなって話
俺たちはさっそく冒険者ギルドへと向かった。
ゴールデンドーンの冒険者ギルドはめちゃくちゃでかい。
所属する冒険者数が一つの街としてはあり得ないほどの人数になっているからだ。
それだけではなく、レイドックのパーティーを筆頭にBランク冒険者を何人も抱えているギルドなど、王都以外では無いだろう。
普通はCランク冒険者が一人二人所属していれば御の字なのだ。
建物の規模も尋常では無い。
カイルの肝いりで、ゴールデンドーンでも一等地に広い敷地を提供。当然建物も錬金強化岩を優先で提供するなど、あり得ないほどの優遇を受けて完成した冒険者ギルドの館は、七階建てで、中庭には訓練場を備えた、大変立派なものである。
冒険者ギルドは魔物退治のエキスパート軍団だ。でもなければ、武装集団が国に認められるわけも無い。
重要な組織の割りに、国や貴族からは邪険にされているのだが、カイルはその重要性を理解し、常に対等な協力を求めている。
そのような状況から、冒険者ギルドからの信頼はすこぶる厚い。
そんな前提があるので、俺たちが冒険者ギルドに到着すると、たむろっていた冒険者たちから笑顔が向けられてくる。
「よう! クラフトにリーファンさん! 今日も素材探しかい?」
「バカだな、レイドックさんが一緒なんだから、仕事に決まってるだろ」
「それもそうか、二人とも何かわからないことがあったら何でも聞いてくれよ!」
「俺たちに出来る事があったら何でも言ってくれ! まぁレイドックさんがいるなら役に立たないだろうけどよ!」
「ああ! カイル様だけでなく、クラフトとリーファンさんにも世話になってるからな! なんでも相談してくれ!」
冒険者ギルドのロビーでのんびりしていた冒険者二人がそんな馬鹿なやり取りをやっていた。懐かしさが拭えない。きっと良いコンビなのだろう。
どうでもいいが、ジタローの名前も呼んでやってくれ。微妙に凹んでるぞ。
適当に冒険者たちと挨拶を交わしていると、猫獣人のミケが受付から声を掛けてきた。
「おかえりなのにゃレイドックさん。クラフトさんにリーファンもいらっしゃいなのにゃ!」
「よう、ミケ」
レイドックがミケに手を軽くあげて応える。
ミケは獣人ながら冒険者ギルドの職員として雇われていた。
カイルの獣人差別撤廃の強い意志に対して、ギルド側が明確に賛同しているとのアピールもあるのだろうが、場所によってはまだまだ獣人差別が強いご時世にあって、ギルドの受付に獣人が座っているのは嬉しいものがある。
「レイドックさん、みんな一緒って事は、例の話は聞いたのかにゃ?」
「ああ。調査と採掘。それと新参……と言ったら失礼か。ゴールデンドーンに来て日の浅い有望パーティーとの同行を頼まれた。ミケは聞いてるか?」
「うーん。初耳だにゃ。ちょっと待つにゃ」
ミケは猫獣人らしくしなやかな体捌きで立ち上がると、軽やかに奥に引っ込んでいく。
すると、すぐにギルド長のサイノス・ガシュールがすっ飛んできた。
「お待たせしました! クラフト様! リーファン様!」
おそらく冒険者ギルドでもっともカイルに感謝しているであろうギルド長だ。俺たちに対しても非常に丁寧な態度である。
この規模のギルドになったというのに、ギルド長が直接やって来る事でもその事が良くわかる。
サイノスはゴールデンドーン移転前に冒険者ギルド長をやっていたウルバン・ガシュールの弟である。恐らく冒険者ギルド内でカイルに共存をアピールする目的もあったのだろうが、サイノスからしたらカイルとその側近として扱われている俺たちには、かなりの便宜を図ってくれている。
本来高値で売買されるレアな素材も、優先的に適価で売ってくれたりする。
「あの、おいらもいるんですが……」
「失礼しました。ジタローさんも今回同行するのですか?」
「そうっすよ! 任せるっす!」
「ありがとうございます。それではさっそく同行予定のキャスパー姉妹に引き合わせますね」
「おおお! なんか凄い美人らしいっすね!」
ジタロー落ち着け。それとあんまりハードル上げない方がいいと思うぞ。こういう噂はあてにならん。
「え? ああそうですね。美人だと思いますよ」
「すまんギルド長。ジタローは無視してくれ」
「クラフトさん酷いっす!」
「いいからちょっと黙っててくれ。話がややこしくなる」
「へーい」
あっさり引くが、ジタローの表情は明らかに「早く! 早く!」と物語っていた。
俺は肩をすくめて、ギルド長を促した。
「ああ、ちょうどロビーにいますね」
レイドックがギルド長と同じ方向に視線を向ける。その先になるほど三人の美人が同じテーブルでお茶を飲んでいた。彼女らの視線がこちらに向いていることからも、キャスパー三姉妹で間違い無いだろう。
「じゃあ後は俺たちで話しとくよ」
「そうですか? わかりました。それではよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げて、ギルド長は奥へと戻っていった。滅茶苦茶忙しいはずなので、レイドックも遠慮したのだろう。
「うは! あの人たちでやすね!? うひょー! マジで美人じゃないっすか!」
ジタローにレイドックが苦笑して答える。
「ああ、彼女たちだな。前に挨拶したから間違い無い」
「あとは任せるっす!」
「……は?」
予想外のセリフに一瞬固まるレイドック。その隙にジタローがキャスパー三姉妹に突進していった。
「あのバカ!」
出遅れた俺たちの前に、たまたま他の冒険者が横切って、ジタローを捕まえられなかったのがまずかった。ジタローは見事に暴走していた。
「こんにちはっす! おいらジタローっす! いやー! 三人とも本当に美人っすねー! 噂以上っす! そちらのお姉さんはとんがり帽子でまさに魔術師! そっちのお姉さんはレンジャーっすかね? ベリーショートも似合うっす! こちらはゆるふわウェーブが超お似合いっすよ! 神官っすかね? お近づきの印に好きな物奢るっすよー!」
あのバカ! 暴走しすぎだ!
ジタローの言葉通り、一人は魔法系というか魔女っぽいとんがり帽子の目つきの鋭い女。紋章は魔術師だ。
一人がレンジャーかシーフ系の服装だが、紋章は剣士。軽装系の戦士って事だろう。
最後がゆるふわウェーブの神官服の女だが、この娘だけ姉妹とは思えないほど出るところが出ている。ジタローの視線はその胸の谷間に釘付けだった。もちろん神官の紋章持ちである。
とんがり帽子の魔術師が、それはそれは冷たい視線をジタローに向けるが、ジタローに気付いた様子は無い。
軽装系のショートは、無表情のままだ。どうやら感情に乏しいタイプのようだ。
ゆるふわは逆に、ずっとニコニコしっぱなしだったりする。
「ジタローさんでしたか? 私たち面識がないと思うのですが。ナンパならお断りします」
「ナンパじゃないっすよ! これは運命っす! さあ一緒に旅立とうっす!」
「そういうのを……ナンパって言うんですよ! “大気爆”!!」
「ほぎゃあああああ!?」
圧縮された空気が弾け、ジタローがまともにくらいひっくり返る。
「……あれ? 手加減はしましたが、思った以上に丈夫なようですね。念のためもう一発……」
「まてまてまて! 待ってくれ!」
俺とレイドックが慌ててとんがり帽子の前に飛び出る。
「レイドックさん?」
「俺たちの連れが失礼した! 謝罪するから落ち着いてくれ!」
「すまなかった! うちのバカが全面的に悪いが、その辺にしてやってくれ!」
俺とレイドックが同時に謝罪する。とんがり帽子が一度レイドックを見た後、俺に視線を向けた。
「あなたは?」
「俺はクラフト。クラフト・ウォーケン。そこで転がってるバカの仲間だ」
「ああ。あなたが噂の錬金術師ですか」
「ジタローの無礼は謝罪する。どうか矛を収めてくれないか?」
とんがり帽子がジタロー、俺、レイドックと視線を巡らす。
「なるほど。ギルドから依頼のあった同行者とはあなたたちの事だったんですね」
「ああ。あんたたちが美人で、つい仲間が暴走しちまった。謝罪するよ」
俺が謝ると、とんがり帽子が目を丸くした。
「びっ美人!?」
あ、初対面で外見の事を言うのはまずかったか。
少しあたふたしている彼女に、落ち着かせる意味も含めて、少し話を逸らすことにした。
「さっきの魔法は凄かった。詠唱も早いし、威力も最適だったな」
「そ、そうですか?」
外見ではなく、魔法を褒めてみたら、ほんの少しだが彼女の表情が柔らかくなったように感じた。
うん。この方向でいこう。
「と、とりあえず話をすすめましょうか。挨拶が遅れました。私は長女のエヴァ・キャスパーです。パーティーリーダーをやっています」
「ああ。よろしく頼む」
「レイドックさんには挨拶は不要ですよね」
「ああ」
とんがり帽子の魔女……いや魔術師エヴァのレイドックを見る目は、どこか冷めているように見えた。
ジタローの事で呆れているのだろうか。
気を取り直したのか、エヴァは隣に座るショートヘアの女の子に手を向ける。
「こちらが次女のカミーユです。剣士の紋章持ちで二刀流です。普段は無口ですが、喋るときはすごく喋ります」
ショートヘアのカミーユが、俺たちに顔を向けた。
どうやらそれが彼女流の挨拶らしい。冒険者にはいろんな奴がいるから、特に気にならない。
「よろしくな」
「……」
なぜか不思議そうな顔で見られた。どことなくマイナを彷彿させるが、カミーユの方がより感情が読めない感じだった。
エヴァは呆れたようにため息を吐いたが、それ以上言及せず、最後の一人を紹介してくれた。
「こちらがマリリンです。神官の紋章持ちで、回復系と補助系の魔法が使えます」
「よろしくね」
「ああ。よろしく」
ゆるふわロングのマリリンがほわっとした笑顔で手を振った。
こっちはちゃんと社交出来そうだ。
基本的にはリーダーのエヴァかこのマリリンと話せばいいだろう。
会話のタイミングを見計らっていたリーファンが前に出て、エヴァの手を取った。
「私はリーファン・ハマン! リーファンって呼んでね! エヴァさん!」
「リーファン……? もしかして生産ギルド長ですか? 腕の良い鍛冶師がいると聞いたのですが」
「うん。そうなんだけど、今回は一緒にパーティーを組むんだから、気楽に接して欲しいな!」
「そうですか……わかりました。それではリーファンさん。よろしくお願いします」
エヴァはリーファンの勢いに少し戸惑っていたが、笑みを浮かべて手を握り返していた。
リーファンとはうまくやれそうで一安心である。
「いてて……びっくりしたでやんすよー」
結構強力な魔法を喰らっていたジタローが、何事も無かったように立ち上がる。
「……丈夫な方ですね」
「それだけが自慢っすから!」
まったく懲りる様子の無いジタローに、冷たい視線を向けるエヴァ。
脈は無さそうだぞ、ジタロー。
「ふふふ……良いところを見せるっすよ!」
空気の読めないジタローが決意を漏らしていた。
ま、やる気が出てくれるなら結構だな。
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