68:事前準備は、念入りにって話


「さて、出発の前に配って置くぞ」


 俺は空間収納から、水袋入りのスタミナポーションを取り出し、全員に手渡す。

 皮の水袋を手渡されたエヴァが怪訝な顔を向けてくる。


「水なら持っていますし、魔法でも作れるので……」

「それは水じゃない、スタミナポーションだ」

「……え?」


 エヴァが小さめの水袋をたぷたぷと揺らす。


「これが全部ですか!? ポーション瓶何杯分入ってるんですか!?」

「さあ? 二〇本分くらいはあるとおもうが。水代わりにがぶがぶ飲んで構わないからな」

「は?」

「いくらでも作れるからな。普通に水分補給として使ってくれ。ああ、中毒は無いから安心してくれ」

「これって伝説品質のスタミナポーションですよね!?」


 なんで驚いているんだ?

 この街の冒険者なら普段使いしてるはずなんだが。

 俺が疑問に思っていると、レイドックが苦笑して会話に入ってくる。


「エヴァ、この街の冒険者ギルドに来たとき、強制依頼があったろ」

「はい。ギルド内での訓練ですよね」

「ああ。この街に始めて来た冒険者には、丸1日の強制訓練が依頼される。それを受けないとここの冒険者ギルドで仕事は出来ない。そしてその仕事では、スタミナポーションの服用も義務となっている」

「そんな事してたんか」


 レイドック聞いて初めて知る事実だ。


「ああ。伝説スタミナポーションを常用すれば、冒険者の死亡率がぐっと減るだろ? だが、街に来たばかりのやつらは、相場より安いといっても、本来なら緊急時用のスタミナポーションを買うことは無い」


 それは、わかる。

 俺も長く貧乏冒険者をやっていたのだ。ちょっと効果が凄いと話に聞いたくらいじゃ、スタミナポーションを購入しようなどとは思わないだろう。


「そうだ。だからギルドは苦肉の策で、最初にスタミナポーションの効果を実感出来る依頼を出すことにしたんだ。ついでにこの街の冒険者たちのレベルを知ってもらえるだろ?」

「なるほど」

「レイドックさん、それとこのポーションになんの関係が……」

「この街で消費される全てのスタミナポーションと、商人が買っていく、全てのスタミナポーションは、クラフト一人で作ってるんだよ」

「……」


 エヴァは数度目を瞬かせてから、大きく口を開いた。


「はあああああ!? 全て……全て!? それは本当なんですか? クラフトさん!」

「ああ。特製の錬金釜をリーファンに作ってもらってな。さすがにあれが無かったら手が足りない」

「街で何度か商隊を見ましたが、とんでもない量ですよね!?」

「それには少しだけカラクリがある」

「カラクリ?」


 カラクリと聞いて、逆にエヴァの表情が少し安心したように思えた。


「伝説品質にしたスタミナポーションは劣化しないんだがな、販売時には一般的なポーション瓶に入れて売ってるんだ」

「そういえば……馬車の荷馬車はポーション瓶の詰まった箱でしたね」

「ああ。こんな風に水袋や樽に詰めて販売することもできるんだが、それだと際限なくみんな買っていくだろ?」

「そうですね。もし私が商人だったら、馬車に積めるだけの樽で購入していくと思いますよ」

「ああ。実際そういう時期もあったんだ。それだと、さすがに生産がおっつかなくてな」


 アキンドーの奴が際限なく購入していきやがるんだよ。


「それで、樽売りは止めて、全て瓶販売にしたんだよ。一般的に流通しているちょうど握りやすい大きさの瓶にな」

「それだと、中身を樽に移されるだけなのでは?」

「俺もそう思ってた」

「え?」

「実はこのアイディアをくれたのはカイルなんだよ」

「カイル様が?」

「ああ、最初は意味があるのかわからなかったが、カイルの意見だ。とりあえずやってみたら、これが大当たりだ」

「……なぜでしょう?」

「出入りの商人にアキンドーってのがいるんで、ちょっと聞いてみたんだよ。そしたらこう答えたぜ? 「ポーションが瓶に入っていると安心します」ってな」

「それってつまり、劣化しないとわかってても、劣化防止の瓶に入ってないと不安だったって事でしょうか?」

「そうだと思う。俺たちは慣れたが、エヴァはポーションが水袋に入ってるのは違和感あるだろ」

「はい。正直不安に……あ」

「そう、それだ。カイルはそこを見事に突いたんだよ。ポーション瓶はこの街にやってきた職人が作ってるが、リーファンが品質チェックしてるから、瓶を捨てるのも心情的に難しいだろ。カイルはそこまで読んでたんだよ

「……お若いのに凄い方ですね」

「ああ。カイルは凄いんだ」


 病気が長かったせいか、苦しみを理解し、他人をよく見ることも出来る。まさに理想の領主と言えるだろう。カイルは辺境伯の後を継ぐことはないと言っていたが、そうなったらどれだけ素晴らしいことか。


「そんな訳で、スタミナポーションなら、錬金釜が無くても、旅に困らない量がいつでも作れる。遠慮無く飲んでくれ」

「冒険者は優遇して購入できるこのポーションですが、水代わりにしてよいと言われると躊躇しますね……」


 そこで笑顔のリーファンが出てきて、エヴァの背後からがばりと抱きついた。

 身長的に飛びついたような形だが。


「エヴァさん安心して! 原価はおっそろしく安いんだ! 市場の関係である程度の値段をつけざるをえないだけで、本当にタダ同然なんだよ」

「むしろ値段を上げるためと、職人の安定収入のためにポーション瓶を製作してもらってるようなもんだしな」

「うんうん! だから気にしないでじゃんじゃん使ってね」

「そうっすよ! こんな風に! ……げーっふ」

「……ジタロー。無駄遣いしろって意味じゃねーからな?」

「こ! これはエヴァさんを安心させようと……!」

「あー、わかってるわかってる。でもその程度にしとけよ」

「へーい」

「本当に、大丈夫そうですね」


 俺とジタローのやり取りをみて、エヴァが理解してくれたらしい。


「それにしても……噂以上の錬金術師のようです」

「ジャビール先生の足下にも及ばないけどな」


 言いながら、別の水袋や小瓶を続けて渡していく。


「はい?」


 腕に積み上げられた支給品の数々に、エヴァが再び目を丸くした。


「え? これは?」

「これがヒールポーションで、これがシャープネスオイル。んでこっちがマナポーションだ。エヴァは魔術師だからあった方がいいだろ?」

「は……はああああああああ!?」


 なぜか、エヴァに恐ろしくあきれられた。

 なお、次女のカミーユは無表情で受け取ったポーションを身につけていたし、マリリンは「ありがとー」と素直に受け取っていたので、たぶんエヴァが特別に感情豊かなのかも知れない。

 エドたちケンダール兄妹に渡している基本セットなんだがな……。


「クラフト君。最近ちょっと基準がおかしいからね?」


 俺が首をひねっていると、リーファンから力の無い突っ込みが入った。

 便利だから喜ぶと思ったんだけどな。

 根本的に今回の経費に含まれてるし。


 俺は気持ちを切り替えて、旅の準備を再開した。

 ローブの上に肩掛けのベルトを吊す。

 このベルトは、ポーション瓶を差し込んでおくための物だ。俺が使うポーション瓶は市販している物や、みんなに配っている物と形が違う。すぐに取り出して、投げつけたり出来るよう、試験管型になっている。


 それを見て、リーファンが寄ってくる。


「クラフト君、新しいポーション瓶はどう?」

「かなりいいぞ。少しクセがあるけど、練習してきたんで使えるようになってきた」

「それなら良かったよ」


 俺とリーファンの会話を疑問に思ったのか、レイドックが俺のポーション瓶を覗き込んできた。


「今までと何か違うのか?」

「ん? ああ、見た目は一緒なんだが、かなり改良してもらったんだ」

「ほう。よし。どんな変更か話せ」

「それは、使うときのお楽しみ……」

「お前のちょっとした工夫ってのは、常識を逸している事が多いから不安しかないんだが」

「ひでぇ言われようだな」

「それはクラフト君の日頃の行いだと思うよ」

「……解せぬ」

「クラフトさんは時々頭がすっ飛んでやすからねー!」

「”空爆烈”!!!!」

「のぎゃああああああ!?」


 圧縮された空気の塊が弾け、ジタローを吹き飛ばす。近くの壁まで吹っ飛ぶも「痛いっすよー」と何事もなく立ち上がってくるジタローに、一同があきれ返った。

 なんか最近、ジタローが無駄に丈夫なんだよ!


「ま、まあ気を取り直して、リーファン。本当に大丈夫なんだろうな?」


 おいこらレイドック。なんでリーファンに聞いた!?


「うん、大丈夫だよ。私が作ったんだし。危ない物じゃ無いから!」

「リーファンがそういうなら……大丈夫か」

「お前ら……」

「クラフトさん、普段何をやってるんですか」

「別に生産ギルドの職員だが」


 エヴァの質問に素直に答えたら、なぜか三姉妹を覗く全員にジト目で見られた。

 解せぬ。


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