63:サプライズにも、ほどがあるよなって話


 その日俺は、カイルに呼ばれて屋敷を訪れていた。今日はメイドのリュウコも一緒に呼ばれている。

 呼ばれるのはしょっちゅうだが、その日は明らかにカイルの様子が変だった。


 病気が完治してから、カイルに笑顔は増えていたが、この日は特に素晴らしい笑顔を振りまいている。

 どうやら良いことがあったらしい。

 小麦の三期作目でも、上手くいったのだろうか?


 呼ばれたのは俺だけだったが、すでに部屋にはリーファンもいた。

 これも良くあることなのだが、リーファンも普段以上に笑顔で、違和感がある。


 とりあえずお茶をどうぞと、席に着いたわけだが、いつものようにマイナが俺の膝の上にのる。

 そのマイナも妙にご機嫌のようで、足をふりふりしていた。

 淑女がはしたないぞ?

 楽しそうだからいいけどね。


 カイルの背後に立つペルシアとアルファードが立つ。

 アルファードは軍の責任者と護衛の兼任だが、デガード・ビスマックが有能で、ほとんど任せっぱなしらしい。分担できる仕事はすれば良いのだ。


 二人はいつもどおり、まじめくさった表情なのだが、やはり、どことなく口元が緩い気もする。


 本当になんなんだろう。


 お茶を飲みながら、まず仕事を終わらせる。最近の報告を終えると、カイルは我慢できないというように、立ち上がった。


「クラフト兄様! 実はですね、見てもらいたいものがあるんです!」

「ああ」


 どうやらやっと本題のようだ。


「それでは付いてきてください!」


 カイルはまず、屋敷の建物を出る。

 見せたい物は庭にあるのだろうかと思っていると、そのまま庭を突っ切って正門を潜って外に出てしまう。

 なら遠出するのかといえば、馬車すら用意されていない。


 カイルは迷うこと無く、庭と屋敷を囲う塀沿いに進む。するとすぐ隣に、カイル邸を囲む塀と同じ意匠の塀が伸びていた。


 ちょうどカイル邸の塀と、同じくらいの大きさだ。

 もちろん、数ヶ月前から工事が始まり、この塀を作っていたのは知っていた。


 塀の内側は、巨大な布で覆われていて何を作っているかは知らないのだが、カイル邸を増築するか、ゲスト用の屋敷でも作っているのだろうと認識していた。

 わざわざ布で仕切りをつけているのは、カイルに工事中の粉じんなど飛ばさない考慮だろう。

 

 どうやら今日はその新宅か別宅のお披露目のようだ。

 だが、どうにも気になる事がある。

 どうも俺とリュウコ以外は知っていた雰囲気がある。

 カイルが俺に隠し事をするとも思えないので、違和感しか無い。


 新宅の正門にいくと、やはりカイル邸と同じ門構えだ。ただ、カイルを示す紋章が刻まれていない。

 ちなみにここで言う紋章とは、家紋や目印、マークの意味で、左手に浮かぶ紋章とは別物だ。


 お披露目してから紋章を刻むのだろうか?

 貴族にとって家を示す紋章は大事なものなので、旗にしろ、門柱にしろ、刻まない事はありえない。

 俺が首を捻っていると、塀の裏に、沢山の職人がいることに気付いた。


 職人がそれぞれ立っている場所は、屋敷を覆う布を押さえる為のロープの前だったので、これからお披露目なのは間違い無いだろう。

 何人か顔見知りの職人がいたので手を振ると、むこうも楽しげに振り返してきた。

 彼らはカイルの為に働くことを大変喜ぶので、この機嫌の良さは納得だ。


「それでは兄様、そこに立ってください」

「なに?」


 俺が示された場所は、ちょうど門を開いた中央だ。どう考えても、カイルが立つべき場所だろう。


「ここは……」

「良いんです。ここに立ってください」

「お、おう」


 いつになく強い語気だったので、俺は思わずその場所で直立してしまう。

 カイルが右に立ち、マイナが左に立った。

 マイナ、そんなにリズミカルにマント引っ張らないで。脱げちゃう。


「それでは皆さん! お願いします!」

「「「おおおお!」」」


 職人達がカイルの合図に応え、一気にロープを引いた。

 すると。


「……え?」


 それは確かに屋敷だった。

 隣の敷地に建つカイル邸と同じ、王都の流行と重厚感を併せ持った、非常に凝った屋敷の造りだ。

 おなじ三階建てだし、屋根や窓の装飾もよく似ている。

 これだけなら驚く場所はない。


 だが、この建物は違った。


 カイル邸と決定的に違う造りが何カ所もある。

 一番特徴的なのは、屋敷の左右にくっつく、半円状の建築様式だ。二カ所の錬金部屋を備えるこの様式は、ジャビール先生が提案していたもののはずだ。

 塔を縦に割って、屋敷の左右に貼り付けた形と言えば通じるだろうか。


 その半円状の部分は二階までの高さで、そのてっぺんから長い煙突が何本も生えているのだ。

 また、窓の無い造りから、その内部の部屋がどういう役割を持つのか、一発で理解してしまった。


「まさか……錬金部屋か?」

「さすがクラフト兄様です!」

「いやいやいや! ジャビール先生の本にあった"理想の錬金をする屋敷の考察"そっくりじゃないか! ベースはカイル邸だが、追加してる部分は、先生の著書にある錬金部屋の部分まんまだぞ! わからないわけがない!」

「はい! リーファンさんに頼んで、設計してもらいました!」


 そこでリーファンが胸を張る。


「本当に大変でしたよ。ジャビール先生の著書を拝見したんだけど、やれ実験道具の棚はここ、素材は生活動線の左右、種類別に地下と地上にわけるとか。さらに錬金釜はここで、そのための排煙装置が細かく指定されてたり、クラフト君の先生は本当に天才なんだって、肌身にしみたよ」


 リーファンほどの腕があって、苦戦したのは、そのドヤ顔で一目瞭然だ。

 本を手に入れてすぐの頃、生産ギルドで眺めていたとき、興味深げに覗き込んできたリーファンに貸したままだった。建築は詳しくなくて外見図くらいしか覚えていなかった。


 そしてジャビール先生が理想とする錬金部屋が追加された屋敷が目の前にある。


 どういうこと?


「おい……カイル。まさかとは思うが……」


 俺の声は震えていただろう。答えはわかっていたが、否定して欲しかった。


「はい! もちろんクラフト兄様へのプレゼントです!!」

「「「わあああああ!」」」

「おめでとうクラフト!」

「良かったねぇ! クラフト君!」

「おめで……う」


 布とロープを片付けた職人達も集まって、それぞれがお祝いの言葉をくれる。

 俺はしばらくのあいだ、完全に硬直していたが、金縛りが解けると同時に声を張り上げた。


「いやいやいや!? もらえないぞこんなの! いったいどれだけ金がかかってんだよ!」


 金だけの問題では無い。

 どこの誰が、この地を治める貴族の屋敷の隣に、それより拡張された屋敷に住めるってんだ!


「安心してください!」


 カイルが興奮気味に両手を握った。


「な、なんだ?」

「ほらあそこ!」


 カイルが指さす先を見ると、カイル邸の柵とこの屋敷の柵が並んで重なる一角だった。

 よくよく見ると、扉が付いているようだ。


「僕の屋敷と兄様の屋敷を直結する扉をつけてありますから、わざわざ正門を出て回り道する必要はありませんよ!」

「いやまて! それのどこに安心する要素がある!? 少しはセキュリティーを考えろよ!」


 言いたいことはそこじゃない!

 でも勢いでそれが出てしまった。


「え? クラフト兄様の屋敷ですよ? 直結でなにも問題ないじゃないですか?」

「いや! ありまくりだろ!?」


 俺が慌ててペルシアとアルファードに顔を向けるが、二人は苦笑するだけだった。

 いや! 止めろよ! 護衛二人組!


「違う違う! そうじゃない! こんな立派な物をもらえるわけないだろ!? 住民だって納得しないだろ!」


 今度は職人達に視線を向ける。

 この地に移り住んできた、腕利きの職人達だ。彼らだってこんなあからさまなえこひいきを良しとするわけがない!


「いやー! カイル様から、クラフトさんに内緒で建築してくれって通達があったときは痺れましたね! もちろん喜んで参加しましたよ!」

「俺も俺も! 今回別の建築で参加できなかった職人どもが悔しがってたぜ!」

「計画段階で、予定していた職人の三倍も集まったからな」

「職人に払われる給料は総建築予算から、工房ごとに頭割りになるから、手取りが少なくなるって言ってんのに、どの工房も引きゃしねぇ!」

「なーに! クラフトさんのためだ! さすがにタダじゃ無理だけど、普段より安いくらい全然問題ねぇぜ!」

「おう! 名誉な仕事をさせてもらったぜ!」


 あれー!?

 どういうことー!?


 やばい。この流れだと、もらうしかなくなる!

 何でもいい! 否定する材料を!


「そ! そうだ! こんなでかい屋敷をもらっても、管理できない! 掃除すら不可能だから!」

「可能です」

「え?」


 俺の斜め後ろから聞こえたのはリュウコの声だった。

 ホムンクルスやゴーレム、使い魔やドラゴントゥースウォーリアーの技術をつぎ込んだ世界に一人だけの専用メイドだ。

 緑の美しい髪が光を跳ね返す。


 今、なんて?


「大丈夫です。お任せください」

「……え? この広さだぞ? 俺は掃除しないぞ? リュウコ一人じゃ……」

「問題ありません」

「ほ! ほら! 庭も広いぞ! 立派な庭園に、バラ園まであるし! こんなの維持出来ないだろ!」

「できます。問題ありません」


 うそー……。


 カイル邸はその庭を含め、この新生ゴールデンドーンに相応しい広さをもった屋敷だ。

 その背後にそびえる第一城壁のせいで、小さく見えるが、実際には相当広い。


 え? リュウコ一人で維持出来るレベルじゃないよね?

 まるでその声が聞こえたように、リュウコがもう一度繰り返した。


「問題ありません。マスター」

「そ……そうか」

「はい」


 そうか……大丈夫なのか……。メイドすげぇな……。


「生産ギルドにある、マスターの部屋から荷物を移動いたします」

「あ……うん」


 立ち去るリュウコ。

 満面の笑みでこちらを見上げるカイル。


 俺は少々引き攣った笑みで言うしか無かった。


「ありがとうな、カイル」

「はい!!」


 こうして俺は、生産ギルドの居候から、領主様と同じ規模の屋敷と錬金施設を手に入れたのだ。

 どうすんだ、これ。


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