64:変化を見ると、進展がわかるよなって話


 とんでもないサプライズで、屋敷をもらってしまった。

 それもカイル邸の隣に、双子みたいな巨大な屋敷を。


 空間収納を使って、箱詰めした荷物を運ぶ。

 新しい屋敷の錬金部屋は、さすがジャビール先生が理想とする設計だけあって、細かいところまで作り込まれている。

 そういえば、辺境伯の住むガンダールの街にあった先生の錬金部屋と造りが似ている気がするな。

 屋敷の左右に、同じ錬金部屋があるが、今のところは二つも使う予定は無いので、片方は封鎖することにした。


 錬金部屋には地下があったり、隠し部屋があったりと盛りだくさんで、覚えるのが大変だ。

 荷物を整理するだけでも一苦労しそうだと思っていたのだが、箱詰めされた荷物を降ろすと、メイドのリュウコがあれよあれよという間に並べていく。

 始めて見るはずの造りだというのに、俺の生活動線を理解し尽くした絶妙な配置だった。


 うん。

 メイドさんすげえわ。


 リュウコのおかげでトラブル無く引っ越しは終了した。

 本当にこんな立派な屋敷を受け取って良かったのだろうか?


 いや!

 これは俺に対する期待の前払いみたいなもんだろう!

 このプレゼントに相応しい成果を見せれば良いだけだ!

 よし! 俺はやるぞ!


 ◆


 今日は冒険者ギルドをメインに、露天商を回っての買い物だ。

 基本的に魔物やレア素材は冒険者経由で、冒険者ギルドが取りまとめるため、ほとんどのレア素材は冒険者ギルドで揃うのだが、時々露店に出物が出たりするのだ。


 ゴールデンドーンの露店街に行くと、とても開拓地とは思えない規模の露店市が開かれていた。


「いちだんと盛況のようだな」


 俺は人でごった返す露店市をゆっくりとまわっていく。

 開拓村の頃からは考えられない数の人と商品が並び、活気に溢れていた。


 カイルの成果を目の当たりにすると、俺も嬉しくなってくる。


「ん? これは?」


 素材系を扱う露店の一角で、他とは品揃えの違う店を見つけた。


「お。お兄さんお目が高いね。この辺じゃなかなか手に入らない貴重品ばかりだよ」

「ふむ」


 なるほど店主が言うだけあって、珍しい物が並んでいる。


「これは、水系の魔物の素材か?」

「ほほう、目も確かなようだな。その通り。これは北の海に住み着く魔物の素材だよ」

「へえ、海か」


 知識として海というのは知っている。

 大河よりも湖よりも巨大で、塩を多量に含んだ水で満ちているらしい。

 塩が取り放題とか羨ましい場所だな。


「ここから北の地から来たのか?」

「ああ、大国三国に挟まれた、小国家群からな。随分人口の多い街が出来たって聞いたんで、商人として一発逆転を狙ってきたんだ」

「なるほどな。この街はどうだ?」

「さすが、大国三国の一つ、マウガリア王国だと感心したよ。この辺りはずっと魔物の生息圏だったろ? まさかここまで一気に開拓が進んでるとは思ってもみなかった。半信半疑だったが、噂を信じて来て良かったよ」

「それは良かった。もっともっと発展させるぜ?」

「なんだって?」


 しまった。他国から来た行商人が俺の事を知っているわけがなかった。


「いや、なんでも無い。それより海の魔物か」

「ああ、海の魔物は強力な奴も多くてな。これはそれらの素材だ。この辺じゃ貴重だと思ったんだが……」


 店主が顔を歪める。

 どうやら珍しすぎて売れていないらしい。


「この鱗は魚の物より大きいな」


 俺は握り拳大の鱗を手に取る。


「それはシーサーペントの鱗だよ。結構な大物で、屈強な猟師が何人も犠牲になって仕留めたらしい」

「なるほど。少し力を感じるな。鑑定してもいいか?」

「あんた鑑定持ちなのか。見た事の無い見事な紋章を持っているようだが」

「ああ、錬金術師なんだ」

「それは凄い! 一枚やるから、鑑定内容の一筆をもらえないか?」

「構わないぜ……“鑑定”」


 店主の言うとおり、その鱗はシーサーペントの鱗だった。

 同時に紋章から新たな知識が流れ込む。どうやらこの素材、強化糸を作るのに使えるらしい。


 強化糸で編んだ布は非常に丈夫で、鎧の代わりに使えるほどだ。

 孤児院の子供たちにプレゼントした防御力の高い服はこれで編んだものである。

 量産したかったのだが、あまり素材が集まらず、身内で使う分くらいしか作れなかったのだ。


「これはどのくらい在庫があるんだ?」

「この袋いっぱいだな」

「よし、全部買おう」

「なに? 助かるが良いのか?」

「ああ。何かに使えそうな感じだからな」

「ふーん?」


 店主の瞳は「俺の知らない貴重な材料になるなら高く売りつけてやろうか」といったものだ。


「ああ、もちろん売りたくないならそれでもかまわないぜ? 別に絶対に必要なもんでも無いし、どう使えるかはこれから調べるんだ」


 もちろん半分は嘘だ。

 少なくともすでに強化糸の素材になることはわかっている。

 ただ、研究を進めることで新たな使い道が判明することが多いのもたしかなのだ。

 暗に高く売りつけるつもりなら買わないぞと言い含めると、商人は一度苦笑した。


「あー、わかった。金貨五枚でどうだ?」

「ふむ……わかった。そのかわり全部買ったんだから、一筆は書かないぞ」

「商談成立だな」


 俺は金を払って、鱗の詰まった袋を受け取る。

 これだけあれば、そこそこの量の強化糸が作れるだろう。

 リーファンに頼んで、強化布を作ってもらおう。


「カイルとマイナ、ケンダール4兄妹には服を作って渡しているからな。そろそろ俺とリーファンの分も作るか。あとペルシアとアルファードにも渡してやったらちょうどいいくらいか? ……ジタローにも渡してやらないと拗ねそうだな」


 カイルやペルシアからは、普段の危機意識が足りないと言われまくっているので、強化布のマントを作ると言えば、喜ぶかも知れない。


 カイルの口癖は「クラフト兄様は自分の事を後回しにしすぎです」だからな。


 俺は足取り軽く、ショッピングを続けた。


 ◆


 ある日、レイドックがしばらく街に滞在するというので、飯に誘った。


 場所は冒険者ギルド近くの食堂兼酒場だ。中は冒険者達でごったがえしている。

 酒場に行くとレイドックがすでに到着していて、手招きしていた。


「ずいぶんとご活躍のようだな、レイドック」

「仕事はいくらでもあるからな。それに活躍ってなら、クラフトの方がよっぽどだろ」


 俺は軽口を叩きながら席に着き、そのままレイドックとカップを打ち鳴らす。

 お約束の挨拶をすますと、カウンターに立つ店主がこちらに気付いて声を掛けてきた。


「おや、クラフトさんじゃないですか。お久しぶりです」


 カウンターで料理や酒を配膳していた店主は、開拓初期から参加していた開拓民のデザイルである。

 ゴールデンドーンが移転する前の村だった頃、一番最初に建てた宿屋の一階で酒場を経営していた男だ。

 その時と比べると、ずいぶん太っていたので、すぐには気がつけなかったのだ。


「デザイルさんじゃないか。少し太ったんじゃ無いのか?」

「少しなんてもんじゃないですよ。見ての通り、子供が生まれそうなほど太りましたとも」


 デザイルは、はははと笑いながら、自らの腹を叩く。

 ぽこーんと良い音がした


「開拓初期の頃は、力仕事もやってましたからね。でも今は酒場のおやじに収まって、すっかり運動不足

ですよ」

「そりゃ、儲かってる証拠だな」

「それなりに」


 今度は俺とデザイルの二人で笑い合った。

 順調なようでなによりだ。


 デザイルが仕事に戻ったので、レイドックに向き直る。


「そうだ、ちょっと聞きたいことがあったんだ。俺とリーファンで作った、例の竜の素材入り硬ミスリル剣の調子はどうだ」


 ドラゴン討伐の報酬で、レイドックが手に入れた剣なのだが、新しい金属で作った武器なので、第一線で使っている人間の声を聞きたかったのだ。


「もちろん最高だぞ。ほとんど手入れもいらないしな」

「ほとんど? 磨く以外に手入れが必要か?」


 ミスリルとしてはほぼ、その金属特性を最大限引き出してあるので、永遠に手入れ無しで使えると思っていたのだが。


「基本的にはな。だが、ダンジョンのボスレベルの魔物と戦闘すると、流石に刃こぼれする事もある」

「なんだって?」

「リーファンには修理に出したこともあるから、彼女は知っているはずだぞ。ミスリルは鋼鉄より遙かに硬質だが、金属である宿命は避けられないんだとさ。アダマンタイトなら刃こぼれもまずないそうだが」

「アダマンタイトか。あれも手に入れたいよな。金より重いのが難点だが」

「今ので思い出した。このミスリル剣の数少ない欠点は軽いことだな」

「軽いとダメなのか?」

「善し悪しだな。だが、剣として使うにはもう少し重さがあった方がバランスが良いんだ。俺が使ってるこれは、片手でも両手でも扱えるトゥーハンデッドタイプだからな」

「武器として物足りないか?」

「まさか! 剣技で充分補えるんだ! それに切れ味は絶品だしな! そうそう、切れ味と言えば、この剣にシャープネスオイルはあまり効果が無いようなんだ」

「なに?」


 それは完全に初耳だぞ?


「いや、鉄の剣に塗ったときの劇的な切れ味上昇がないってだけで、切れ味自体は増すんだ。だが、もともの切れ味が良いから、上がり幅はわずかだな」

「なるほど。鑑定だけじゃわからない所だな」


 こういう話が聞きたかったのだ。流石冒険者歴が長いだけあって、俺の聞きたいことを良くわかっているようだ。


「モーダにアダマンタイトの盾を持たせてやりたいと思ってるんだ。手に入るあてはないか?」

「無いな。最近は手が空いてるから、探しに出るのも良いな」

「その時はぜひ誘ってくれ」

「今度カイルに相談してみるか」


 アダマンタイトは、最高の硬度を誇る金属だ。

 ミスリルも大変固い金属だが、アダマンタイトには敵わない。

 重いという欠点はあるが、一部の道具に使用すると、上位素材の加工が簡単になるのだ。

 アダマンタイトのノミやカンナなど、用途は数知れずだ。


 戦士の紋章持ちで、アダマンタイトのハンマーや斧を使いこなす猛者もいるらしい。

 普通は重すぎて無理だ。

 モーダはそれなりに腕のある戦士だが、流石に紋章が無いから、アダマンタイトの盾を持つのは無理なのでは無いだろうかとも思うが、レイドックの気持ちもわかる。


 そんな話をしていたからだろうか、その日の夕方、カイルから呼び出されたのは。


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