62:逆恨みって、みっともないよなって話


 視察団の団長であるモーグが内心で舌打ちしつつ、笑顔を保って、待ち受けていたザイードの前に立つ。


「お初にお目にかかります。この度王国に新設された開拓省の副大臣でモーグ・モードと申します。お見知りおきを。ザイード・ガンダール・ベイルロード様」

「ザイードでよい」

「ありがとうございます」


 ザイードの人を見下したような視線といい、服装といい、良くも悪くも貴族を感じさせる。

 モーグ自身も貴族の家系ではあるが、実力で成り上がった苦労があり、能力を重視する。

 だから、強大な辺境伯の子供として生まれただけで、自分を特別な人間だと思っているような人間はあまり好きでは無い。


 正確に言えば、貴族の家族は貴族では無い。当主のみが貴族となるが、一般的にその血族も貴族とみなされるのが通例で、モーグも当主ではないので、より正確には貴族では無い。

 本当にカイルの兄弟なのだろうかと疑いたくなるほど、ザイードの態度は見るからに横柄だった。

 そのザイードが片方の口角を上げて握手を求めてくるので、モーグもしかたなく握り返した。


「いやいや、まさか王都よりの使節団がいらっしゃっているとは。しかもこの村では無く、ゴールデンドーンを視察したとか」

「今回は時間が無かったため、軽いお忍びの視察だったのですが、よくご存じですな」

「ははは。情報収集も貴族に課せられた重大な責務でしょう!」

「なるほど。ザイード様は優秀なようだ」

「副大臣にそういってもらえるとは恐悦至極。それよりも開拓省? 初耳ですが」

「新設されたのですよ。人類の生存圏は、魔物の生存圏と一進一退。他国との戦争もこのところ起きておりません。国力が少しでも溜まった今、我々は進むべきでしょう。その為の省ですよ」

「なるほど。ご立派です」


 モーグとザイードが、形式的な挨拶をかわしていると、同行している宮廷錬金術師のエルラがモーグに耳打ちしてきた。


(どうもこのまま捕まりそうな気配ですから、私はジャビール先生に挨拶してきます。ゴールデンドーンに向かうときは目立たないよう、寄ることができませんでしたから)

(わかった。よろしく頼む)

(はい)


 そのままエルラがススっとその場を離れていく。

 ザイードは別行動する彼女を気にとめるでもなく、手招きで村の中に案内を始めた。

 彼の会話はほとんどが自慢話で、いかに自分が凄いかを語るだけであった。


「——というわけで、今は宿がメインですが収入は上々。近いうちにより発展した姿を見せられるでしょう」


 モーグはザイードの話を、右から左に流していたので、そこでようやく彼の話が一段落ついたのだと理解した。


 このザイード開拓村は、ゴールデンドーンに向かう途中、当然寄っている。

 人間の生存圏から遠く離れたこの地に、これだけの規模の村が出来ているのは、充分にとんでもない事だ。これを一から作ったというのなら、ザイードは大変優秀だと言うことになる。


 人類が栄華を誇ったのは過去の話。

 歴史に残らぬほどの過去に、巨大な魔法文明を誇っていた人類は魔物によって滅びたと言われている。

 正確な所は不明だが、それ以降長く魔物の時代が続いた。


 だが人類は少しずつ数を増やし、国をいくつも作り、ようやくその生存圏を確保するようになっていた。

 それでも人類の領域は、この広大な世界において、あまりにも狭い。


 人類の生存圏拡大は急務であり、ザイードがその先頭を進んでいるというのならば、国として支援するべき人物と言うことになる。


 だが、すでにこの村の情報は収集済みだ。

 この村のベースになったのは、前ゴールデンドーン村だった。さらに辺境伯領の人類生息圏と現在のゴールデンドーンを結ぶ長大な街道のちょうど中間地点に存在するこの村は、自然と宿場町として発展した。


 もちろん、これだけのお膳立てがあってすら失敗するのが辺境開拓なので、ザイードはそれを維持して出来ているだけ、有能と言ってもいい。

 だが……。


 モーグはザイードの態度に我慢できなくなり、気になっていた事をぶつけてみた。


「なるほど。たしかに辺境とは思えないほど発展していると言えるでしょう」

「そうでしょうとも。そうでしょうとも」


 ザイードは満足げに頷いたが、次のモーグの言葉で凍りつく。


「ですが、なぜこの村では錬金強化岩が使われていないのですかな? 必要な材料は、全て通過しておりますが」

「そ、それは……」

「あれほど便利な錬金強化岩を使っていない理由とは? ぜひご教授いただきたい」


 ザイードは一つ咳払いをしたあと、気を取り直したのか、ニヤリと笑みを浮かべる。


「何てことはありません。材料の火山灰と石灰の値段が日に日に跳ね上がっておりましてね。火山灰はもともと火山近くの平野に降り積もる厄介物だというのに、卑しい商人が高値をつけております。石灰の値上がりも尋常ではないですから。村の建材など、木材で充分ではありませんか」


 それを聞いてモーグだけでなく、同行している文官や騎士達まで絶句する。

 火山灰の降り注ぐ平野は、ここからかなりの距離がある。輸送費を考えれば、高くなるのは当たり前だろう。それだけではない。学会で作り方が発表されて以来、この国の需要が跳ね上がっているのだ。火山灰も石灰も豊富にとれる地域はあるが、需要が増えれば価格は上がることを、ザイードは知らないとでもいうのだろうか?


 火山灰などもともと売り物ですら無かったのだ。今までが安かっただけだろう。

 値段が跳ね上がったというより、適正価格となっただけだ。

 それよりなにより、この男は錬金強化岩の利便性を理解しているのだろうか?


 さらにこの村には材料だけではなく、高名な錬金術師ジャビールもいるのだ。製作に必要な全てが揃っている。


「ザイード様。まさかとは思いますが、直接ゴールデンドーンをご覧になったことは無いのですか?」

「何? 報告は聞いている。砦や城壁を造っているらしいな」

「詳細は?」

「ん? かなり大きいとは聞いている」


 そこでモーグは気付く。

 ザイードは報告を自分勝手な解釈で理解してるか、彼を怒らせないような表現に変えた状態の報告書になっているか、どちらかだろう。


「ザイード様。現在のゴールデンドーンは、城壁の防衛力に限定すれば、王都と匹敵しますよ」

「なん……だと?」

「もちろん、王都には沢山の兵士や魔導師がおりますから、さすがに戦力的な防衛とは比べものにはなりませんが」


 ザイードが何度も目をまたたかせる。

 王都の役人であるモーグが口にしたことで、その意味をようやく少しは理解し始めたのかも知れない。


「当然ですが、王都でも急いで錬金強化岩の導入が始まっています。数年で新たな城壁が完成するのではないでしょうか?」

「王都の城壁が、数年で?」


 王都ほどの規模になれば、その城壁建築など、数十年……下手をしたら一〇〇年計画だ。

 それが数年と聞けば、少々値段が高いことなど何てことは無い。

 いや、石切場から大量の石材を運ばなければならない巨大計画に比べれば、はるかに安価なのだ。

 しかも、設計は自由度が高く、リーファンという鍛冶師が見つけた、鉄骨を中に張り巡らせることで強度を跳ね上げる工法を使えば、一〇〇〇年崩れない城すら建築可能かもしれない。

 上位の錬金術で開発された錬金強化岩は、製作に大量の魔力を消費するだけあって、ほとんど劣化しないのだ。


 それを、この男は「値段が高いから」という理由だけで切り捨てたというのだろうか?

 辺境開拓を推し進める、強力な武器を、無価値だと断じているのだろうか?


 モーグは、少々怒りを隠せない口調で断じる。


「どうやらザイード様は、錬金強化岩も、高名なジャビール先生も、この恵まれた条件すら活用できないご様子。一度カイル様の開拓地を実際に目にすることをおすすめしましょう」


 ザイードはこの時、錬金強化岩の有用性を考えたわけでも無く、ジャビールの使い方を考えていたわけでもない。

 彼が真っ先に考えたのは「無能な弟より、下に見られている」という事実だった。

 だからザイードは慌てて自らの有能を証明することに決めたのだ。


「まっ! 待て! 実は他のことに労力を裂いていてな! 村の強化が後回しになっているのだ!」

「……ほう?」


 モーグからしたら、ザイードの虚栄心など一瞬で見抜いていたが、ここは辺境。

 何か変わったことが聞けるかも知れないと、衿をただして先を促した。


「実はこの村よりやや離れた場所に、巨大な湿地帯があるのだ」

「湿地帯ですか。危険は無いのですか?」


 湿地帯は危険な魔物が多く住み着くことが多い。村の近くにあるのならば、そうとうな危険地帯と言えるだろう。


「いや、やや離れていると言ったが、魔物が襲ってくるような距離では無い。それよりも、私はその地を開拓しようと思っている!」

「……ほう」


 モーグは少し興味を持った。

 今まで王国でも、湿地帯の開拓には何度も挑戦していた。そのほとんどは失敗に終わっているが、数少ない成功した地は、全てが実り豊かな水田と化している。

 稲作に向いた”米”は小麦に匹敵する重要な穀物だ。それが大量生産出来るようになることは、王国にとっても重要な事だ。


「それは凄いですな。成功したら間違いなく国王陛下より、勲章を賜れる偉業でしょう」

「そ! そうなのだ! 私はその偉業のために全てを振り分けている!」


 それが事実なら、今までの評価を撤回しなければならない。だが、モーグは今までの経験から疑心しか無かった。


「それでザイード様、その計画はどのようなもので、どこまで進んでおられるのですかな?」

「そ……それは……」


 口ごもるザイードに、やはりかと、内心でため息を吐く。


「ああ、当然、今の段階では部外秘でしょうな。失礼した」

「す、すまないな。だが、着々と計画は進んでいるとも!」

「なるほど。それではこの場で問い詰めるのは失礼でしたな。話の区切りもちょうど良いので、私どもは宿に行きます」


 おそらく、ザイードの屋敷に部屋を用意しているだろうが、モーグからしたらとても招かれたい状況では無い。

 ザイードが声を掛けるのを躊躇しているあいだに、モーグはとっとと視察団を連れて、その場から去って行く。


「ぐ……止めてしまえば説明しないわけには」


 ザイードは、慌てて視察団を追おうとしたが、何と言って呼び止めるか思いつかず、足を止めた。

 そして、怒りがふつふつとわき上がる。

 この何も無い辺境の地で、これほどの村を構築した私が、馬鹿にされたのだ!

 ザイードは本気でそう考えていた。


 彼は地の底から湧き上がるような声を漏らした。


「カイル……貴様は許さぬ!!」


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