61:俺達の町は、最高だろって話


 俺達は町の中央付近に建設された、立派な学園施設へと移動する。

 広い校庭。芸術的な門構え。王都の流行を取り入れた校舎。どれも金が掛かっている。カイルの本気を感じられるだろう。


「報告にありましたが、子供達の学業を義務化しているとか」


 視察団団長のモーグが校舎の廊下を歩きながらカイルに尋ねる。


「はい。僕は地方にいた時期があったのですが、子供のほとんどが労働力として使われ、まともな教育を受けていないように感じました。そこで補助金を出すことで、午前中子供達を学校に通わせる事にしました」

「それは、かなりの予算が掛かっているでしょう?」

「はい。ですが幸い町の経済は順調ですし、何より予算以上の成果が上がっています」


 現在ゴールデンドーンでは通行税を取っていないにも関わらず、空前の大景気である。

 辺境伯から派遣された文官達が、もしかしたら通行税を取らない方が景気が上向くのではと真剣に話し合っていた事がある。俺には経済の事はよくわからないので、偶然でもなんでも、上手く行けばいいのだ。


 成果という単語に、モーグが敏感に反応する。


「ほう、成果とは?」

「それは教室を見てもらえればわかると思いますよ」


 ニコリと微笑むカイルとは正反対に、モーグには緊張が走っていた。


「生徒達には知らせてありますので、静かに教室の後ろに入ってください」

「わかりました。エルラと文官二人、それに護衛二人だけついてきてください」


 モーグを含め六人がそっと教室に入っていく。

 生徒達はちらりと振り返るが、静かにそのまま前を向いた。

 実は今日のために、何度か練習している。でなければ、エドを含めたケンダール兄妹を始め、生徒達が大騒ぎしていたことだろう。


 カイルが頷くと、教師が授業を再開する。


「えー、では、次はこの畑の面積を求めてみましょう」


 教師が黒板に長方形を描き、辺の長さを記入する。


「答えのわかる人は手を挙げてください」

「「「「「はい!」」」」」


 元気よく全ての生徒が手を挙げた。

 いや、マイナだけ挙がってない。苦手なのか、恥ずかしいのか判別つかんな。


「ではワミカ」

「はい〜。5×7で面積は35ですぅ〜」

「計算は合ってます。単位を忘れないように」

「あ〜。わかりましたぁ〜」


 指摘されたワミカが、改めて単位を含めてのんびりと答えると、他の生徒達がワミカに拍手を送る。

 正解を答えたら、拍手はこの学園の決まりなのだ。


 そんな生徒達の様子を観察しているモーグが目を丸くして、小声でカイルに尋ねる。


「あの、この子供達が面積の計算ですか?」

「はい。もうかけ算までは覚えていますから、今は計算がどう生活に役立つかを中心に教えています」

「文官でもないのに……」


 同行している文官達が小声でざわついている。

 実は俺も、午前学校で教える内容に関しては知らないことも多かったので、この数ヶ月で必死に覚えた。

 学ぶたびに紋章に新たなひらめきがおこり、モチベーションを維持できたおかげで、短時間で学習可能だったのはラッキーだったろう。


「この年齢でここまで覚えられるものですか?」

「貴族や商人なら、当然修めるレベルですから、教えれば覚えられますよ」

「ふーむ。家庭教師を呼び、個別に学習する事が普通だと思っていましたが、こういう形も悪くないかもしれないですなぁ」

「多人数に教えるので、ペース配分が難しいらしく、まだまだ学園側も試行錯誤ですけどね」

「なるほど。これは参考になります」


 どうやらモーグには、軍隊よりも、学園の方が強くひかれたようだった。

 文官達の反応も良く見える。


「今まで教育済みの貴族を集める事ばかり考えていたが、この様な土台を作れれば、文官不足の解消に目処がたつのでは?」

「しかし平民を召し上げると、他の貴族達の反発があるのでは?」

「私は家を継げない三男だからな。使える物なら猫の手でも借りたいぞ」

「一度実務を経験してれば、そう思うだろうが、やはり最初は難しいかもしれんぞ」

「しかし、面積計算ができるのであれば、測量さえ教えれば、徴税官として派遣することも……」

「たしかに、人数が足りないからな」


 小声ではあるが、活発な議論を始める文官二人。

 どうやら、カイルが思い描いていた、職業の選択が出来るだけの知識が、生徒達には身についているようだった。

 俺は満足げに頷いた。


 その後、小麦畑を視察し、橋の実験施設や、巨大揚水水車と上下水道を視察したり、エルラ女史に延々と問い詰められたりと、慌ただしい数日が瞬く間に過ぎていった。

 エルラとは、酒を飲みながら、ジャビール先生がロリ化する前の話などで盛り上がったのは内緒だ。


 城門の近くでお見送りのため、俺達は集まっていた。

 視察団がゴールデンドーンを去るのだ。


 俺の造ったポーションや、魔物の素材が詰まった箱をエルラが空間収納していく。さすがジャビール先生の弟子だけあって、なかなかの容量だ。


 帰宅準備を横目に、団長のモーグがカイルに頭を下げる。


「今回はとても実のある視察となりました。改めてお礼申し上げます」

「こちらこそ足を運んでいただきお礼申し上げます。国王陛下にもよろしくお伝えください」

「たまわりました。それでは失礼いたします」


 彼らは来たときと別の馬に跨がる。

 ここ数ヶ月で新たに軍馬として育てた馬を献上したのだ。


「それでは!」


 走り出す視察団。


「うひゃあああああああ!」


 エルラの悲鳴が地平の彼方へ消えていった。

 俺はカイルに向き直る。


「やっぱ練習無しであの馬はビビるのかね?」

「あはは……」


 どうやら、スタミナポーションで育てる馬は、名馬と化すらしい。


「さて、それじゃあ開拓の続きを頑張りますか」

「はい!」


 こうして俺達は日常へと戻っていった。

 まさか彼らがトラブルを運んでいるとも気がつかずに。


 ◆


 視察団団長であるモーグは、ゴールデンドーンが視界から消えると、表情を引き締めた。


「エルラ、あの町をどう思う?」

「いえ! ちょっと待ってください! この馬でかい! 速い! 怖い!」

「あー、わかった。先に文官に話を聞こう」


 モーグが文官達に視線を向ける。


「錬金強化岩に関しては、最大限活用すれば、あのような巨大建築が出来る事が収穫でした。土台に鉄の筋を入れておくことで、あそこまで強度が増すとは思いませんでした」

「そこは錬金術師というよりも、建築に携わる人間の領域だからな。エルラ、そろそろ落ち着いたかね?」

「あ! はい! 先生の! 論文では! そこまで表記が! 無かったですから!」


 エルラが馬にしがみつきながら答える。

 答えが返ってきたことに、モーグが頷く。


「制限はあるが、やはり錬金強化岩の普及は急務だな。学園に関してはどうだ?」

「面白い試みだと思います。魔術師連中が設立した”学会”との相性も良さそうですね」

「学会か……、研究成果を隠さずに世間に公表する団体など、初めて聞いたときは驚いたものだ。だが、国力は確かに向上した」

「通行税を取らないことで、逆に税収が増える可能性があると知れたのも収穫ですね」

「こちらに関しては、どこかの地方都市で実験するべきだろうな。成果が出なければ王国が損失を補填する契約を交わせば可能だろう」

「あとで候補地を選出しておきます」

「うむ」


 ようやくエルラが馬に慣れてきたのか、上半身を起こし始めた。


「それより、あのクラフトを引き抜いた方が良いのではないでしょうか?」

「いや、それはまずい。辺境伯に喧嘩を売ることになる」

「うう……ジャビール先生といい、クラフトといい、腕の良い錬金術師が集まりすぎでしょう」

「そこは今考えるべきでは無い。それに彼らの成果はしっかりと国に報告がある」

「視察でも包み隠さずって感じでしたからねぇ。私としてはありがたいですが、びっくりしました」

「カイル様はまだ若いからな。貴族としての機微はまだまだ経験が浅いのだろう。だが、敵意が無いと知れたのは最大の収穫だ」


 モーグの言葉に文官だけでなく、騎士達も頷いた。


「もしあの都市が本気になったら、相当な戦力が集まるかと。住民だけでなく、あの気むずかしい冒険者どもまでカイル様を支えたいと感じていました」

「うむ。陛下には、辺境伯を口説き、カイル様を取り込むよう進言するつもりだ」

「その時はクラフトもお願いします!」

「わかったわかった。伝えておこう」

「絶対ですからね!」


 視察団は、報告の方向性を相談しながら、帰路につくのだが、その旅路の途中、問題が起きた。

 それは行きの移動では泊まるだけにとどめた、ザイード開拓村に到着したときの事である。


 兵士達が村の入り口に、ずらりと並んで旗を掲げていたのだ。


 モーグがボソリと零す。


「お忍びの視察がばれたか」

「ゴールデンドーンで活動していた姿を見られたんでしょうね。普通に考えて、監視員くらい置いてるでしょうから」

「たしかここは辺境伯の次男が治める土地だったな。みな、失礼の無いように」

「はい」


 馬の速度を落とし、視察団は兵士の列の間を進む。

 兵士達に追い払われた商人達が、離れた場所で迷惑そうな表情を浮かべていた。

 どうやらここの統治者は、ゴールデンドーンの統治者とは随分と考え方が違うらしい。


 兵士達が並ぶ奥に、貴族然とした男がニヤニヤと笑いながら待ち受けていた。

 視察団に対して、恭しく礼を繰り出す男は、間違い無く上位貴族の血縁だろう。


「王都よりの視察団の方々。私はザイード・ガンダール・ベイルロード。皆様を慰労すべくお待ちしておりました」


 モーグは馬を下り、笑顔でザイードに近寄っていく。

 内心を隠しながら。


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