60:視察団には、包み隠さず教えなきゃって話


「ようこそゴールデンドーンへ。僕はカイル・ガンダール・ベイルロードと申します。遠いところお疲れさまでした」


 カイル邸の庭に、俺はカイルらと整列していた。

 コカトリスの騒動から数ヶ月が過ぎたある日、ゴールデンドーン村へ特別な客が来ていた。

 馬に乗った一団は、マウガリア王国の王都からやってきた視察団だ。

 視察団からにこやかな壮年が一歩前に出て、頭を下げる。


「いえいえ。たしかに道のりは長かったですが、ここまで街道が整備されていれば楽なものですよ。私は視察団の代表で、この度王国に新設された開拓省の副大臣でモーグ・モードと申します。お見知りおきを」

「はい。モード殿」

「ははは、殿はいりませんよ。それに名前で呼んでいただけたら嬉しく思います」

「それではモーグ様とお呼びさせていただきますね。僕のこともお気軽にお願いします」

「こちらもお言葉に甘えましょうカイル様」


 にこやかに握手を交わすカイルと副大臣のモーグ。

 それにしても開拓省?

 とうとう国が本腰を入れて開拓に乗り出すって事だろうか。しかし王都の役人だけあって、貴族相手でも落ち着いてるな。モーグも貴族なんだろうか。


「しかし本当に歓迎の式典は無くて良かったのでしょうか?」


 カイルが不安げにモーグに尋ねるが、モーグは緩やかな笑顔で返した。


「はい。できるだけ普段の町の様子を視察させていただきたく思っております」

「無礼になってなければよろしいのですが、なにぶん若輩者なので、失礼があったら謝罪いたします」

「いえいえ、とんでもありません」


 カイルはそこで、視察団に同行している騎士達の視線に気がついた。彼らの視線はカイルの護衛二人に向いている。


「後ろの二人は護衛のアルファードとペルシアです」


 紹介された二人が無言で会釈する。

 視察団に同行している騎士達が見ているのは、どうやら二人の装備のようだ。

 アルファードとペルシアは、それぞれ二本の剣を携えているのだが、片方は家から持ち出した名剣で、もう一つはリーファンの自慢の逸品、ドラゴン素材を混ぜ込んだ硬ミスリルの剣だ。醸し出すオーラが違う。王国から護衛としてついてくるような騎士達だ。それは一目でわかるのだろう。

 騎士団の視線を感じたモーグが話題を繋げる。


「もしかして、お二人が腰に差しているその見事な剣は、辺境伯から報告にあった硬ミスリルを使った物ですかな?」

「はい。ですがこれはさらに特別な物です」

「ほう?」

「硬ミスリルにドラゴンの素材を混ぜることで、より優れた武器となっています」

「それは凄い。噂に聞く黄昏の錬金術師殿の作品ですな」

「はい。クラフト……錬金術師とリーファンという優れた鍛冶師の合作です」

「ほうほう」


 にこやかな表情ながら、モーグの視線が鋭く光る。

 そこに視察団一行から、ひとりの三〇代女性が進み出てくる。ローブ姿で魔術師系の人間だ。


「初めましてカイル殿。私は宮廷錬金術師のエルラ・ルイラと申します。ジャビール・ハルヤン様の弟子をしていました。ぜひそのクラフトという錬金術師と合わせて欲しいのですが……!」

「これエルラ。失礼だろう」


 思わず進み出てしまったエルラに、モーグが苦笑する。

 エルラの視線は俺に向いていた。魔術師系のローブ着てるのは俺だけだしな。


「失礼いたしましたカイル様」

「いえいえ。問題ありませんよ。エルラ様とお呼びしても?」

「はい。光栄です。それで……」

「落ち着きなさいエルラ」

「は、はい」

「気にしないでください。兄さ……クラフト錬金術師が気になるのですね?」

「はい! このところジャビール様の論文が立て続けに発表されたのですが、その全てがクラフトという錬金術師との合同研究だったもので」


 おお!

 本当にジャビール先生は、論文を合同研究にしてくれたのか!

 先生は凄い人だから、俺の名前なんて良くて協力者として載せる程度かもと思っていたのに。

 やっぱりジャビール先生は素晴らしい人だな!


「エルラ様は研究熱心な方なのですね。もちろんあとで紹介する予定です」

「それはありがたい!」


 エルラの視線が「クラフトってその人じゃないの?」と熱く語っていたが、このあとやることもあるので、カイルは後回しにしたらしい。

 ここで紹介したら、間違い無くエルラの質問攻撃で時間が潰れるだろう。


 モーグ団長が額の汗を拭う。


「いやはや……エルラのご無礼ご容赦いただければと」

「問題ありませんよ。まずは私の屋敷に案内いたします。荷物を置いて、しばし休憩いただいてから、町をご案内いたしますね」

「それはありがたい」


 こうして王国からの視察団はゴールデンドーンを見て回ることになるのだが……。


 ◆


「す、凄まじい量の錬金硬化岩ですね。あの垂直にそびえる壁も、垂直に屹立する住宅も、全てが錬金硬化岩なのですね」

「はい。クラフト錬金術師のおかげで、このゴールデンドーンの主要建築物は全て錬金硬化岩で作成されています。住宅も城壁みたいだと笑われてしまいますけどね」


 カイルが和やかに語るも、視察団の心境は穏やかでは無い。

 視察団は当然巨大な門を通り、左右に続く城壁を横目に町に入って来ただけでなく、カイル邸に到着するまでにも、様々な建築物を目にしたはずだ。


 大通りの左右は、伝統的な建築様式の建物が並ぶ。これは景観配慮のためだ。

 それ以外の建物には錬金強化岩が使われ、そのほとんどが複数階層を持つ。

 その為、ちょっと見て回っただけでも、辺境伯の居都ガンダールよりも立派に見える。


 なお、現在城壁内はまだまだ空き地も多い。計画建設を優先しているためだ。

 人口が増えても対応出来るようになっている。

 もっとも第三城壁が完成すれば、その問題は解決するのだが。


 モーグがため息を吐いた。


「王都でも一部の建築物に錬金硬化岩の導入が始まりました。使ってみるとその利便性が恐ろしいほど高い事がわかりました。今は量産に躍起になっているところですよ。特に、その強度は素晴らしく、城壁の素材として最高の建材ですね」

「王都ではもう製作しているのですね」

「はい。ジャビール殿とクラフト殿の共同論文が発表されましたからね。王都中の錬金術師が動員されていますよ」


 おや?

 論文には、普通の錬金術師の紋章でも造れるよう、ジャビール先生とレシピや工程、魔術式を改変したものを発表したはずだが、そんなに人数が必要なものなのだろうか?

 ジャビール先生も大量に作成していたよな?


 そんな俺の疑問を見透かしたように、宮廷錬金術師のエルラが零した。


「まったく。ジャビール先生は自分の技術の高さを理解しておられない。あれほど精度を求められる魔術式を連発できる錬金術師は少ないというのに……」


 そうか……あれでもきついのか。

 やっぱりジャビール先生は凄いぜ!


 視察団の護衛騎士達が、城壁や街並みを眺める。

 錬金硬化岩を使った城壁が二重に建築され、それだけですでに難攻不落の要塞と化していた。

 もっとも、町の主要部分は第一城壁と第二城壁の間にしかない。

 建設中の第三城壁は王都の数倍という面積を包む予定で、この空間が埋まってしまえば王国一の大都市となるだろう。


「何度か魔物の襲撃がありまして、予定を変更し、城壁の完成を優先しました。おかげで砦の建設予定地はまだ土台のみの更地になっています」


 カイル邸の裏に建設予定の砦用地は、既に錬金硬化岩によって土台のみが完成しているのだが、その広さは王都の王城を遙かに超える。

 モーグが冷や汗を拭う。


「これから建築される砦が全て錬金硬化岩で作成されたら、一体どんな化け物砦が完成するのでしょうね。想像しただけで……その、わくわくすると言いますか」


 あまりワクワクを感じない表情だったが、もともとこういう表情の人なのかもしれない。

 なら、もっとワクワクしてもらえるよう頑張らねば!


 砦の建設予定地の空き地から、声が聞こえた。

 だだっ広い敷地の一角に、整列する兵士達の姿が見えた。


「あれは新設した僕の軍です。ありがたいことにかなりの数の冒険者が参加してくださいました」

「ほう? 自由を求める冒険者が規律の厳しい軍隊に転職ですか?」

「はい。どの方も大変戦闘経験豊富で助かっています」


 一〇〇名ほどの兵士の前に立ち、指揮を取っているのはいかにも歴戦の風格を漂わせる男で、背に両手斧を背負っていた。

 その横には、これも偉丈夫の虎獣人が並び立っていた。


 護衛の騎士隊長が思わず前に出てきた。


「カイル様の軍では獣人を採用しているのですか?」

「はい」


 王国では、教会の要請もあり獣人差別撤廃を進めているが、なかなかうまくいっていない。それがこの町では軍の要職についている事実に、騎士隊長は複雑な表情を見せる。


「軍の総指揮を任せているのは元冒険者で傭兵の経験もあるデガード・ビスマックさんです。横にいる虎獣人は同じパーティーで活躍していたタイガル・ガイダルさんです。どちらも魔物の襲撃に際してとても活躍してくれた方です」

「なるほど」


 視察団の、特に騎士達が見つめる中、訓練が続く。

 指揮官のデガードが叫んでいた。


「よし! 次は対魔物訓練をおこなう! それぞれ錬金硬化岩で作った的を攻撃!」

「「「はっ!!!」」」


 なかなか規律ある動きで弓兵が一斉射撃。

 どういうわけか、岩より硬い錬金硬化岩に矢が刺さる。


「あれは……」

やじりにシャープネスオイルを塗っているんです」

「訓練でも使うのですか?」

「そのようですね。軍の事はよくわからないので、全てデガードさんにお任せしています」

「ふむ……」


 貴重なシャープネスオイルを訓練でも使うのかと呟きつつ、眉を顰めながらモーグは訓練を視察する。


「槍兵!」


 デガードの号令で、槍兵達が横並びで進み、的を突いていく。

 槍兵達によって、錬金硬化岩で出来た的が、がりがりと削れていった。


「歩兵!」


 今度は槍兵が下がり、代わりに歩兵達が飛び出していく。

 いくつもの小隊が目標に突っ込んでいくのだが、元冒険者達を先頭に、兵士達は軒並み剣技を放っていく。


「轟撃襲斬!」

「風雪乱斬!」

「強撃一打!」

「十文字斬!」

「神速反斬!」

「一輝一閃!」


 飛び交う剣技に、騎士やモーグが悲鳴を上げた。


「こ! これが辺境の一軍隊の訓練だというのか!? 紋章持ちを揃えた騎士団の訓練風景じゃないんだぞ!?」

「ほ……本当にこれは、歩兵の訓練なのですか?」


 そこで別の騎士がさらなる事実に気がつく。


「見ろ! 戦闘系紋章持ちは一部だけだぞ!」

「な、なに!? 紋章無しが混じっているのに、全員が技を放っているのか!? 正気の沙汰では無いぞ!?」


 錬金硬化岩を一撃で砕くほどの威力は無いが、紋章無しの兵士も、剣技を連発することで、攻撃力を上げていた。

 騎士達は目を見開いて固まってしまう。

 そこに錬金術師のエルラが興奮して身を乗り出してきた。


「もしかして、あの兵士達は例の”伝説”品質のスタミナポーションを常用しているのではないですか!?」

「はい。一時販売も含めて制限していたのですが、今は再び伝説品質のスタミナポーションを販売再開をしています。軍には支給していますから、全員常用しているはずです」

「伝説品質を……常用。ジャビール様の論文にあった『副作用の無いスタミナポーションによる訓練考察』のあれですね」

「すみません。僕はその論文というのをよく知らなくて……」


 カイルが素直に謝る。

 大丈夫だ、実は俺も論文というものをよくわかっていな!


「ああ、こちらこそすみません! 簡単に言うと、人は疲れを知らずに訓練出来れば、常人の数十倍の強さを得られる可能性があるという内容です!」

「なるほど。経験則ですが、間違い無いと思いますよ」


 にこやかに答えるカイルであったが、視察団の一行は、その笑顔に恐怖すら浮かんでいた。


「か……帰りたい……」


 ごくごく小さな声だったが、騎士達の誰かの呟きが聞こえてきた。


「それでは次に学園へ案内しますね」


 視察団は逃げるようにカイルの提案に飛びついた。

 もちろん。

 学園でも、彼らは常識を破壊される事になるのだが。


 ん?

 カイルの為なら自重しないよ?


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