59:防衛力は、必須だよなって話


 その日、カイルの執務室は戦場と化していた。

 カイルからのヘルプを受け、飛んでいったのだが、その部屋は書類に埋まっていた。


「なんだこりゃ?」

「クラフト兄様! 助けてください!」

「ああ。それよりも説明してくれ」

「実は……」


 コカトリスの襲撃を受けたことで、カイルの軍隊を早めに設立する事になり、早速募集をかけたのだが、三〇〇名の定員に対して二〇〇〇近くの応募があったというのだ。

 それって開拓民の何割だよ……。


「カイルが愛されている証拠だとは思うが、定員を増やすか?」

「いえ、流石に予算が圧迫されてしまいますので」

「そうだよな。兵隊は金食い虫だからなぁ」


 基本的に兵隊に対しては衣食住を揃え、装備を与え、給料も出すのだ。訓練やらなんやらも考えると、兵隊一人にかかる予算は半端ではない。

 生半可に兵数を増やすわけにはいかないのだ。


「それで、どうやって選別すれば良いのかまったくわからなくて……」


 カイルと一緒に書類仕事をしていたアルファードも顔を上げた。


「私が軍の責任者になる予定なのだが、貴族や騎士の家系以外から人を選んだことがなく、かなり難儀している。クラフト、何か良い案はないか?」

「そうか、アルファードは聖騎士に所属していたんだったな」


 エリート軍隊の募集と、一般兵の募集では勝手が違うだろう。

 俺はアルファードの前に積まれていた書類をひと束手に取りめくっていく。

 職業が農民、木こり、狩人、冒険者……。


「ん? 冒険者もいるのか?」

「ああ、結構いるな。市民権欲しさかもしれん」

「ゴールデンドーンの市民権を得るのは簡単だろう?」


 普通、市民権を得るにはその町で生まれるか、金を積むしかないのだが、開拓村であるゴールデンドーンの市民権はかなり簡単に得ることが出来る。

 基本的には住居を持ち、定職を持つか、家を買う事で得られる。

 しかも開拓希望者には部屋の貸出もあり、本当に簡単に市民権を得ることが出来るのだ。


「今のところ、冒険者を定職として扱っていない。冒険者が増えるのは歓迎なんだがな」


 たしかに冒険者の一部は拠点を次々と変える風来坊が沢山いる。定職と定めるのは難しいかも知れない。

 だが、俺には市民権目当てで冒険者が兵隊になるとは思えなかった。


「これは元冒険者としての意見だが、恐らく募集してくれた冒険者の大半は、このゴールデンドーンを気に入って守るために転職を希望しているんだと思う。普通に考えたら自由に生きられる冒険者を捨てないだろう」


 これが実力不足で冒険者で喰っていくことが出来ない低ランクならわかるのだが、応募書類を見る限り、そこそこ高いランクの冒険者も混じっているようだ。


「まずは、冒険者を抜きだそう。次に何らかの戦闘経験者だな」

「わかった」

「ありがとうございます兄様」


 冒険者を抜き出した書類を確認していると、とんでもない人物を見つけてしまった。

 俺は二人分の書類をアルファードの前に置いた。


「この二人は確定だな」

「誰だ?」

「デガード・ビスマックとタイガル・ガイダルだ。二人ともC級冒険者で傭兵の経験もある。コカトリス防衛戦で総指揮をとってた奴だよ」

「ああ、彼らか。一人は獣人か」

「問題あるか?」

「いや……ない」


 アルファードが一瞬口ごもったのは、やはり獣人を軍隊に入れることに思うところがあるからだろう。だがカイルの方針で獣人も亞人も差別しないと決まっている。


「デガードはアルファードの副長にして良いと思うぞ」

「そうだな。悪く無い」

「D級以上の冒険者は全員とればいい。それ以下の奴は調査報告と照らし合わせてだな」

「わかった」


 仮にも軍隊に入れるのだから、最低限の思想調査や家族関係、政治思想などの調査が必要だが、二〇〇〇を超える現状、全く手が回ってない。

 こうやってある程度絞ってから、改めて調査するらしい。


 学園の教師と一緒に、辺境伯から派遣してもらった文官達は、こうして泣くほど忙しい毎日を過ごすことが決定した。

 うん。あとでポーションを差し入れておこう。


 一ヶ月ほどの選抜が終了し、苦労の甲斐があって、カイル直轄の軍隊が設立された。

 三〇〇名というと少なく聞こえるかも知れないが、下級貴族だと一〇名くらいの兵士しか持っていない事もあるので、三〇〇という数字は結構大きい。


 仮に戦争がおきて、国王から兵力の派兵を命令された場合、農民を徴兵して連れて行くことになるのだが、カイルはそれを嫌がり、専業兵士を増やしたのだ。

 もっともこの辺境という土地が危険ということも関係している。


 町の人口が膨れあがり、治安維持の為にも、このくらい必要になってしまったのだ。

 なお、兵士は大きく三つに分けられ、活動、待機(訓練)、休養とローテーションされるので、平時に活動している兵士は一〇〇となる。


 カイルが総指揮官。アルファードが実質的な大将。デガードが補佐で、先頭に立つのがタイガルとなった。

 

 カイルは屋敷から訓練場を見下ろす。タイガルによってスパルタ訓練されている様子を見て、安堵のため息を吐いた。


「やっとまとまりましたね」

「ああ。大変だった」

「しかしこれで、町の治安維持に冒険者を雇う必要が無くなったので、周辺の魔物退治が進むでしょう」

「そうだな。もうすぐ城壁も完成するからな」


 城壁が一回り完成すれば、防衛力が跳ね上がり、防衛に雇う冒険者の数を減らせる。


「はい。みんな本当に良く頑張ってくれています」

「俺も負けてられないな」

「むしろクラフト兄様は休養してください」

「あー、わかったわかった。お前もほどほどにな」

「ペルシアが無理をさせてくれませんから、安心してください」

「なるほど」


 カイルと二人で笑い合う様子を、ペルシアは眉をしかめて眺めていた。


 ◆


 未完成だった第二城壁が完成した。

 これで全ての建築物が錬金強化岩の壁によって守られることになった。

 コカトリスの襲撃の際、完成している部分に被害が出なかったことからも、この城壁さえあれば一安心だ。


 今日はリーファンとカイル。それにペルシアと一緒に様子を見回っている。


「北門は川に面しているので、今は閉門しています。西、東、南門は、夜まで開門する予定です」

「たしか北門の外側には小さなエリアを作成して、川に完全に隣接させるのですよね?」

「はい。今は建築ギルドと一緒に、この大河に橋をかけられるのか検証中です。橋を架けることになれば、橋に続く門となり、不可能であれば、港を建設することになります」

「報告通りですね。本当に皆さん頑張ってくれています」

「はい! 皆に伝えておきますね!」

「よろしくお願いします。それで第三城壁はどうなっていますか?」

「今は土台建築を進めています。第三城壁は規模が違いますからね」

「そうですね」


 現在の第二城壁ですら、王都とわからぬ規模なのに、第三城壁はその何倍もの規模となる。王都が三つは楽に収まってしまう広さなのだ。建築には本来数十年かかってもおかしくない規模なのだが、錬金強化岩という裏技があるので、かなり短期間で完成するだろう。


 カイルは満足げに完成した城壁と門を視察した。

 そこに赤い二足トカゲが走り寄ってきた。アルファードのレッドフレイム号だろう。


「カイル様!」

「アルファード、どうしました?」

「手紙です。手紙が来ました!」


 アルファードの慌てようから普通の手紙で無い事は明白だ。


「執務室に戻ります。クラフト兄様も一緒に来てください」

「了解だ」


 俺達は慌ててカイルの執務室に戻る。

 カイルが机につくと、辺境伯によって増員で派遣されてきた執事が、うやうやしく手紙を差し出す。

 カイルは手紙の紋章に目を剥いた。


「これは……王国印」

「なに? 辺境伯からじゃないのか?」

「違います。王都からの手紙ですね」


 カイルは若干震えながら、手紙を開き、何度も目を通した。


「何が書いてあったんだ?」


 丁寧に手紙を畳み、机にしまって、カイルは顔を上げた。


「王都から、視察団が派遣されます」


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