56:安易に儲けようとしても、頭の良い奴には敵わないって話


「なに? カイルの村が魔物に襲われただと?」


 辺境伯が次男、ザイード・ガンダール・ベイルロードはつまらない雑務の途中に飛び込んできた急報に、嬉しげに顔を上げた。


「な、なんじゃと!?」


 叫んだのはちょうど別の用事でザイードの部屋に来ていたお抱え錬金術師のジャビールだった。

 若返り薬の失敗で、ロリ体型になってしまった凄腕の女錬金術師だ。


「うるさいぞジャビール」

「す、すまんかったのじゃ。それよりもザイード様、早く助けにいかないとなのじゃ!」


 あわあわと狼狽えるジャビール。こんな冷静さを失っている様子を見るのは初めてだと思いつつも、ザイードがため息交じりで言葉を発する。


「なぜだ?」

「なぜって、ここには軍隊がおるのじゃ!」

「ここの兵士はこの村を守るための兵士だぞ。なぜカイルの為に割かねばならん」

「そ、それは! しかしなのじゃ!」

「少し黙っていろジャビール」


 ザイードが伝令に向き直る。


「それで、村は全滅したのか?」

「いいえ! 独力で撃退したそうです!」

「ふん。そうか……」

「なんじゃ、驚かせおってなのじゃ」


 無い胸をなで下ろすジャビールと、つまらなそうに口をへの字にするザイード。


「大した魔物ではなかったのか」

「いえ、それが話ではコカトリス三〇〇〇以上という話で……」

「は?」

「のじゃ?」

「待て、それはいくらなんでも誤報だろう?」

「まだ一報なのでその可能性もあります」

「ふん。ならば誤報だろう。正確な情報を調べてこい」

「は! 小隊を派遣いたします! ご許可を!」

「許す」

「かしこまりました!」


 伝令は敬礼すると、外へとすっ飛んでいった。すでに控えていた小隊が駆け出す蹄の音が響いてきた。


「ふん。コカトリスはかなり厄介な魔物だったろう?」

「うむ。個々の強さはそれなりの冒険者で対処出来る程度なのじゃが、石化ブレスが厄介と聞いておるのじゃ」

「そんなのが三〇〇〇? 冗談も休み休みにしろ。それにしても石化のブレスか……。一息で兵士達が石化したらたまらんぞ」

「ああ、それは誤解なのじゃ」

「なに?」

「石化のブレスは、その息を吸い込んだ量で、石化の度合いが決まるのじゃ。よほど大量に吸い込まない限りは、手足の末端から徐々に徐々に石化していくのじゃ。吸い込む量が少なければ、石化の範囲も狭いし、ゆっくりなのじゃ」

「そうだったのか」

「もし一瞬で石化するなら、世界はコカトリスの天下なのじゃ」

「それもそうか」


 ジャビールはつるぺったんな胸の前で腕を組んで考える。


(あやつがいるから、石化解除薬や石化防止薬は問題ないのじゃろうが、材料がちと面倒じゃ。いや、あの町の冒険者達なら苦も無く集めてくるかの? どちらにせよ数千などという数が出たら足りないと思うのじゃが……)


「なんであれ、カイル様達が無事なら良いのじゃ。あとあやつも」

「……ふん」


 ザイードは不機嫌を隠さずに椅子に戻った。


「それよりも、税収の件だ! どうしてこれほど宿が乱立したというのに、まともな税収が入ってこない!?」

「少ないということはないのじゃ」

「確かに少なくは無い……だが宿の数と比例して、馬車の通行量と比例したら少ないだろう!」

「はぁなのじゃ……」


 ジャビール(合法ロリ)はザイードに向かってあからさまにため息を吐いてみせる。


「この町を通過する馬車の荷は、その大半がアキンドー商会・・の荷物じゃ」

「それがどうした」

「さて、この村の宿屋ギルドのギルド長は誰だったかの?」

「アキンドーだろう?」


 ジャビール(極小マドモアゼル)は再び深ーいため息を吐きだした。


「そうなのじゃ。アキンドー商会を運んでいる馬車が、アキンドーの宿に泊まるんじゃぞ? 普通に考えたら割引せんかの?」

「……ん……あ、あああああ!?」

「もちろん全額免除しているわけでもなく、一般的な割引率じゃが、宿の数や馬車の数に比例して収入が少ないのは道理なのじゃ」

「な……な! そんな馬鹿な話があるか! ど! どうしてそうなる!?」

「アキンドーへの宿屋ギルド設立を認めたのはザイード様なのじゃ」

「お! 俺のせいだというのか!?」

「これは、充分に功績とも考えられるのじゃ」


 ジャビールは面倒くさそうに説明を始める。


「今まで人の来なかった辺境に、大量の商人を誘致したとも言えるのじゃ」

「な、なるほど……」

(目的地がゴールデンドーンなのじゃから、そこまで影響はなかったじゃろうがの)


 つい口にでかかった言葉を、ジャビールは無理矢理飲み込む。


「この村の規模も、最初の状態から考えたら発展しておるのじゃ。胸を張って良いと思うがの?」

「そうか……」


 ザイードはやや納得いかないという風ではあったが、取りあえずこの件は終わりにした。


「ならば、やはり通行税を取るべきだろう」

「ザイード様、前から何度も申しておるのじゃが、それは愚策中の愚策なのじゃ」

「どうしてだ! 毎日毎日、アホほど大量の馬車が行き来しているんだぞ!? 通行税の税収だけでも相当なものになるだろう!?」

「じゃからの、この村に関を作ったところで、回り道されて終わりなのじゃ」

「それがわからん! ここはすでに宿場町と化しているんだぞ! 忌々しいことに! 難所の中間地点にある数少ない補給も出来る村に寄らないなどという選択肢があるのか!?」


 ジャビール(見た目は幼女、頭脳は天才)は本日何度目かになるか数えるのも馬鹿らしいため息をこれでもかとまき散らす。


「普通に考えればそうなのじゃ。危険な辺境では、本来野宿することすら困難。何十日も野宿したキャラバンであれば、休みたいと思うのが道理じゃろうの」

「だろう!? ならば通行税くらい払ってでも、寄りたいと思うだろう!」

「うむ。そこで問題がいくつか発生するのじゃ」

「問題だと?」

「そうじゃ。普通、通行税と言えば、現金か現物の何割かじゃろ」

「そうだな」

「今、商人どもが馬車に山盛り運んでいる荷物の大半が、火山灰と石灰なのじゃぞ?」

「ぬ?」

「もし私がアキンドーならば、通行税は全て現物で払えと厳命するじゃろ」

「そうなるとどうなる?」

「ゴールデンドーン以外では、誰も金を払って買い取ってくれぬ火山灰と石灰が、大量に村に積み上がる事になるの」

「……」


 どうやらようやくザイードは事態を把握してきたらしい。


「あやつから、錬金硬化岩の作り方は聞いておるから、活用出来なくも無いがの」

「ならば、それを売れば良いでは無いか」

「無理なのじゃ。それにはある程度の錬金術師が必要になるのじゃ。ただでさえ貴重な錬金術師の紋章持ちをかき集めるのは難しいだけでなく、下手にこの村で錬金硬化岩を作成しても、固まってしまうだけなのじゃ」

「なんだと?」

「現状ではの、錬金硬化岩を使う場所に錬金術師を置き、そこに材料を運び入れ、現地で作成する他ないのじゃ」

「ならばジャビールがこの村で使えば……」

「私は研究を好きにやらせてもらえるという条件で、ザイード様に仕えておるのじゃ。もちろんこういった相談にはのるがの」

「ぐ……」


 ザイードはジャビールとの契約を思い出し、言葉を飲み込むしかなかった。


「そんな訳で、私は研究に戻らせてもらうのじゃ。あやつからのレポートを精査しなければならんのじゃ」

「待て! それではどうやって税収を上げればいい!?」

「それを考えるのが、領主の役目なのじゃ。もう少し考えがまとまったら、また相談に乗ってやるのじゃ」


 さらに何かを言いかけるザイードを無視して、ジャビール(変身錬金幼女)はその場を立ち去っていくのだった。


「まったく……ザイード様ももう少し成長できんものかの」


 開放された安堵のため息を吐きながら、ジャビール(ロリばばあ幼女)はふと、どこでもない空を見上げた。


「なんだかさっきから、妙にバカにされている気がするのじゃ……」


 気のせいです。


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